第34話 期末テスト大作戦
七月になったとある日の放課後。
明日夏は教員の控え室に呼ばれていた。
「悪いな。呼び出して」
「いえ。で、どうしたんですか?」
呼び出したのは、明日夏のクラスの担任の中井だった。
いわゆる放任型の教師で、やりたい放題なクラスの馬鹿どもからは余計な干渉をされないため、評判は悪くない。ただそういうタイプだけに、生徒を呼び出して個人的に話をする、ということは珍しい。
「そろそろ期末テストが迫っているが」
「あ、そうですね」
「なんか他人事だな」
「えへへ。実際に他人事なんですよ、これが」
明日夏がにんまりと笑った。
明日夏の成績は決して良くはない。だからこそ、女子生徒役を引き受ける際、校長と取引をして、単位の最低保障をすでにゲット済みなのだ。そのため赤点も怖くないので、明日夏は余裕である。
もちろん、このことは中井も知っているはず。
だが目の前にいる当人は何故か小さく息を吐くと、あきれた口調で明日夏へと告げた。
「あー。確かに単位はやることになっているが。得点を満点にしろとは言われてないから、赤点ぎりぎりになってるぞ。だから内申点は限りなく低くなっているな」
「えっ、それってつまり……?」
「まぁ、大学入試に多少は影響あるんじゃないか?」
「えぇーっ!」
明日夏は天を仰ぐようにしてうめいた。
大学に進学するかどうかは分からないけれど、これはよろしくない。
「えーと。そこを何とか出来ませんか?」
まじめに勉強しようと思うのではなく、真っ先に取引を持ちかけるあたりが明日夏クオリティである。
するとその言葉を待っていたかのように、中井がにやりと意地悪く笑った。
「んー、そこでだな。ひとつ取引といかないか?」
「取引? えっちなのは駄目ですよ」
「誰が男相手にそんなのを要求するか」
中井はあきれた口調で否定する。さすがに教師だからか年上だからか、クラスの馬鹿どもよりはまともだ。
だが中井の要求も教師としては、限りなく低いものだった。
「実はウチのクラスのこの前の中間テストの平均点が、歴代でもかなり低い数値で、このままじゃ宜しくないって上から言われているんだよ。けど俺が言っても、あいつら聞きやしないし。で、秋津の方から言って奴らを勉強させてくれないか?」
「えー、なんでぼくが?」
「俺の言うより、秋津が言った方が効果的だろ。で、その結果、平均点が20点以上上がって、かつ二組に勝てたら、内申のことも含めた評価をつけられるが……」
「分かりました。やります!」
明日夏は即答した。
こうして明日夏はまんまと中井に乗せられ、クラスの試験勉強を鼓舞する役割を担うのであった。
☆☆☆
「……というわけで」
翌日。さっそく明日夏は、英治に相談していた。
ノリと勢いで引き受けてしまったけれど、どうすればいいのか見当が付かなかったのだ。それにこういう相談なら、一樹より成績的に秀才な英治の方がまともだろう。
「なるほど。そういうわけですか。ただ私としては、クラスの成績が悪い方が、相対的に私の評価が上がって、むしろ好都合なのですが」
「えーっ。そこを何とかっ」
いくら明日夏がクラスの女王様でも、奴らは勉強しろといって勉強するような存在ではない。理由を聞かれ、「ぼくの内申のため」なんて口に出来ないし。
だがその難題に対し、英治は事も無げに言った。
「仕方ありませんね。簡単ですよ。要はアメとムチですよ」
「えーと、ムチはともかく、アメって……?」
「そうですね。例えば――」
英治があげた案は、明日夏にとってあまり好ましくないものだったけれど、結局それしか頭に思い浮かばなかった。
「今度の期末テストで成績が一番良かった人に、ぼくとの一日デート券をプレゼントっ!」
――というわけで。
朝のホームルーム終了後、明日夏は教壇に立って、クラスメイトたちに向かって宣言した。
「うぉぉぉぉっっ!」
教室が震えた。
好ましくはないけれど、これが効果的なのは自覚している。なので明日夏は、手っ取り早く自分を売った。
だが衝撃の宣言を受けても、一樹は冷静なままだ。
「ふっ。俺は毎日デーとしているようなものだから、別に関係ないな」
一樹が余裕を持って答えた。
他にも、彼女(二次元)がいたりと、一日デート券に興味がないクラスメイトがいないわけでもない。
だがそれも折り込み済み。
明日夏はそんな彼らに向けて、挑発的に告げた。
「言っとくけど、クラス全体の平均点が上がるってことは、赤点ラインも上がるってことだよ。いつも25点だったのが、40点以上になったら困る人もでるかもねー」
「うっ。確かに」
「そういうわけだから、みんな頑張ってねっ」
明日夏は極上の笑みをクラスメイトに向けるのであった。
効果はてきめんだった。みんなが慣れない勉強をまじめにしている。はっきりいって、異様な光景だった。
だがその一方で、いくら勉強してもどうにもならないような、頭の出来の悪い奴らもいるわけで。
「やっぱり無理だ。もうカンニングしかない!」
「そうだ、良いこと思いついたぞ。明日夏をおとりに使おう。ごく自然にパンチラを見せれば、監督の教師の目を欺けられる」
「いや、ならばいっそのこと。スカートの裏地に答えを記入するというのは?」
「おお、天才か。おまえは」
「――ただの、大馬鹿だぁぁっっ!」
高田や馬場のやりとりに、明日夏がたまらずツッコミを入れた。
「でも考えて見ろよ。いくら勉強を頑張ったところで、一日デート券を手に入れられるのは、トップの一人だけなんだぜ」
確かに、馬鹿がいきなりトップになれるほど現実は甘くない。
するとそんな会話を聞いていた一樹が、別の案を提案してきた。
「だったら、順位という相対評価だけではなく、点数による絶対評価によるご褒美があってもいいんじゃないか?」
「おおぉ。すげぇ一樹。やっぱりおまえは天才だ!」
盛り上がる高田と馬場。
明日夏は大きくため息をついた。
「……その天才の方向性を考えて欲しかったけどねー。言っておくけど、お触り系・パンツ見せる系は厳禁だからね」
何点以上取ったら、おっぱいを触って良い、とか論外だ。自分でも着替えと身体洗うときしか触れないよう、気をつけているのに。
「おう。任せろ。そのあたりは上手くやるぜ」
「大丈夫かなぁ」
不安になりつつ、明日夏は素直に自分の勉強に戻った。
クラスの平均点を上げるためには、明日夏自身の点も影響されるわけなので、最低限の勉強はすることにしたのだ。
「報酬を出すとしたら70点以上くらいからか。下から考えていくとして、軽いものはなんだ」
「明日夏に誉められるってだけでも、かなり嬉しいよな」
「そうだな。だが俺としてはむしろ罵倒された方がご褒美だ」
「ならば、お褒めの言葉と罵倒の言葉は、選択方式と言うことで」
「頭をなでなでも追加でいいよな? 逆お触りなら構わないだろう」
「待て。逆お触りがOKということは、つまり指定の場所を触って貰えると言うことで……ひらめいたっ」
「――ひらめくなぁっ!」
ときおり聞こえてくる不穏な言葉に、ついに明日夏はぶち切れた。
とまぁそんなこんなで、当の明日夏を交えつつご褒美の相談をしながら、試験日へと向かうのであった。
☆☆☆
いろいろありつつも、無事期末テストは終了した。
採点が終わった答案が次々と返されていく。やはりみんな高得点が多く、そのたびに頭をなでなでしたり、罵倒したり蹴り飛ばしたり、手作りお弁当を用意したりと、明日夏は自身の試験勉強より大変だった。
そしてすべての教科の採点が終了し、平均点が算出された。
「さて、平均20点アップチャレンジだが……」
中井がそう前置きして、叫んだ。
「見事、達成だぁぁーっ」
「おぉぉぉおぉっ!」
こうして、平均点は大いに上がった。
「ちなみに総合一位は、江古田だった」
「おー」
妥当なところだろう。たまにお馬鹿な思考をするが、基本的には生徒会長・クラス委員を務める秀才だし。メガネだし。
「というわけで、当日はよろしくお願いしますね、明日夏くん」
「え、何を?」
きょとんとする明日夏に、英治はあきれた様子で告げた。
「何って、あなた自身が言っていたではないですか。一日デート券と」
「あ」
点数ご褒美ばかりに気を取られて、そっちをすっかり忘れていた。
まぁ英治相手なら面倒なことにはならないだろうけど。
それなりに不安になる明日夏であった。
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