第33話 幼馴染三人組でゲーセンへ


「ぐてー。ふにゃぁ」

 お休みの日。

 明日夏はリビングでだらけきっていた。


「お兄ちゃん、邪魔。そこどいて。掃除できないでしょっ」

 ぐたぐたごろごろしていたら、彩芽に文句を言われてしまった。

「あはは……なんか、気が抜けちゃってねー」

 寝っ転がったまま、明日夏が答えた。

 この間ついに、和佳に正体がばれてしまった。

 けれど結果的に納得してくれて、今の自分を受け入れてくれた。明日夏にとって一番の問題だったことが、何ともなく終わったことにほっとしすぎて、ここ数日、ずっとだらけているのだ。


「まぁまぁいいじゃない。たまには」

「もー。お姉ちゃんはお兄ちゃんに甘すぎるのよ。だいたい、たまじゃなくて、いつもじゃない」

 なんて会話を交わしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

 はいはいはいー、と茜が玄関に向かう。

 休日だし、なんかの勧誘だろう。どっちみち自分には関係ない、と明日夏はぐたーを続けようとする。

 だが応答した茜の言葉が聞こえてきて、慌てて跳ね起きた。


「あら、和佳ちゃんじゃない。久しぶりー」

「えっ、ええっ、えーっっ?」


 慌てて玄関に顔を出すと、そこには友達の家に行くようなラフな格好をした和佳の姿があった。

「やっほー。遊びに来ちゃった♪ って明日夏ちゃん、髪の毛ぼさぼさしすぎだよっ!」

「あ、は、はいっ」

 慌てて手で整える。

 そんな様子の明日夏を見て、彩芽が大きくため息をついていた。



「へー。子供の頃の部屋と変わらないね」

「うん。でしょ」

「うん、じゃないよ! 今は女の子なんだから、もっとかわいくしないと」

「えー。でもいつか戻れるんだし。たぶん」

「でも今は可愛い女の子なんだから、しっかりしないと」

「えぇー」

 明日夏はうめいた。

 和佳とこうやって昔のように素で話せるようになったのは良いことなんだけど、やっぱり茜や彩芽がひとり増えたような感じだ。

 この調子だと、この間この部屋に一樹が来て、しかも同じ部屋で眠ったなんて言ったら、どうなるか。ほかにも女になってからも、一樹とは男感覚で馬鹿していたし。

「よぉ。明日夏、遊びに来たぜぃ」

「って、諸悪の根源が来たーっ」

 明日夏は頭を抱えた。



「うーむ。なるほどな。確かに女っぽくないよな」

 和佳から説明を聞いて、一樹が大きくうなずいた。

 明日夏の必至の目配せが利いたのか、そもそも言う気がないのかは分からないけれど、あのお泊りのことは特に言及しなかった。

「だったら、ぬいぐるみでも飾っておけばいいんじゃないか」

「あ、いいかも。それだけでもずいぶん雰囲気変わるよっ」

「えー。でも買うのもったいないし」

 安定の明日夏である。

 だが、そんな明日夏の反応に慣れた様子で、一樹が笑って告げた。

「はっはっは。だったらいい方法があるぜ」

 そう言って、一樹は自信満々に立ち上がった。



  ☆☆☆



「おー。って、いつものゲーセンじゃない」

 一樹に連れられやってきたのは、駅前にあるゲームセンターだった。学校帰り・休日などに、よく利用している店だ。

 ただ一樹が向かったのは二階ではなく、一階にある子供連れが多く見えるスペース。クレーンゲームゾーンだ。

「そっか。ここでぬいぐるみをゲットしようってこと?」

「ああ。ここなら遊びながらぬいぐるみもゲットできて、しかも上手く行けば安値で手に入る。一石二鳥だろ」

「なるほどねぇ。でもどうせクレーンゲームの景品を飾るんだったら、ぼくはこっちのロボットのフィギュアの方が格好良くって良いけどなぁ」

「明日夏ちゃん、目的もくてき」

 和佳に背中を突っつかれた。

 そうだった、と明日夏は反省する。

 だが逆に和佳の方も、何かに気づいたかのように言った。


「あ、でも。腐女子っぽい子のお家に行くと、少年漫画の男の子たちのフィギュアが結構並んでいるんだよね。うん。だったら、明日夏ちゃん的にもいいかも」

「……ごめんなさい。普通に可愛いぬいぐるみで良いです」

 明日夏は素直にそう答えた。


 というわけで両替をしてきて、さっそくクレーンゲームに挑戦する。

 狙うは丸い鳥なのかペンギンなのか分からない生物のぬいぐるみだ。

「よし。こっちはこれくらいで……こっちはこのあたり! よしっ。――って、ああ。駄目だぁ」

 ねらい通りの位置にクレーンを降ろしたのに、アームの力が弱すぎて、ぜんぜん持ち上げられなかった。

「これ無理じゃないの?」

「よしっ。なら俺に任せろ!」

 一樹がそう言うと大量に両替してきた五百円玉を握りしめて、ゲームを始めた。だがあえなく失敗。

「ほら、やっぱり」

「はっはっは。でもちょっと浮かせて手前に持ってくることはできたぞ。だいたいこういうのは繰り返しで取るものなのさ」

「ふぅん」

 一樹が、再びクレーンを操作する。あ、落ちた。

 これでもう400円。定価でぬいぐるみを買った方が安かったかも。

 と思ったけど、どうせ金を使っているのは一樹だから、ま、いっか良いか、と思う明日夏であった。

 とはいえただ他人がしているゲームを見ていても退屈である。

 和佳も同じように思ったのか、明日夏に向けて言った。


「ねぇねぇ、一緒にプリクラ撮ろうよ」

「えっ。プ、プリクラ? だ、大丈夫かな……」

 明日夏は戸惑った。

 ゲームセンターにおいてプリクラコーナーは、女性下着売場並に、男が入るには敷居が高い、女子学生の空間である。

 当然、明日夏は今までそこに足を踏み入れたことはない。


「え? だって今の明日夏ちゃんは女の子だし」

「あ、そっか」

「そもそも、つい最近も来ていたみたいなこと言っていたけど、今までゲームセンターに来て、今まで何してたの?」

「えーと、レースやら格ゲーやら……?」

「もー、女の子度が足りないよっ」

 和佳にぷんすか怒られてしまった。

 そのままぱっと腕を掴まれ、強引に引きずられるように、プリクラが並んでいる空間へと連れ込まれてしまった。


「ほら、平気でしょ?」

「うう……まぁそうなんだけど」

 当然だけど、周りから「男が来た」って感じで注目されることはなかった。

 和佳はさっさと明日夏を連れて、近くの台に入る。

 初めて見るプリクラの機械に興味津々な明日夏をよそに、和佳がぱぱぱっと操作をしている。

 かと思ったら、急にきゅぅっと明日夏に密着して身体をくっつけてきた。

「ちょ、和佳、ち、近いって」

「ほらほら、撮るよー。もっと寄って」

「ほっぺ、ほっぺがくっついてるぅぅぅ」

 パシャリ。

「あーあ。明日夏ちゃん、変顔になっちゃった」

「……はぁはぁ」

 和佳に引っ張られてブース移動した明日夏は胸を押さえながら、大きく息を吐いていた。和佳にとっては女の子同士なのかもしれないけれど、心が男の明日夏にとっては、異性(しかも想いを寄せている)との過度な接近により、心臓が止まりそうになっていた。

「でも大丈夫。いろいろ加工入れられちゃうから」

「えっ、おぉっ」

 和佳が画面にタッチしていくたびに、撮られた明日夏の顔が、どんどん変わっていく。こんな最新機能が存在するなんて、プリクラ初体験の明日夏にとって衝撃だった。女子ばっかりずるい。

「はい。出来たぁー」

「え、これって……」

 ちょくちょく加工された結果、そこに写っているのは、どことなく男っぽくなった明日夏だった。もともと今も男性のときと顔立ちはそれほど変わっていないので、それを男に寄せたらそのまま、男だったときの明日夏の顔だった。

 そんな明日夏と頬をくっつき合わせている写真に、さすがの和佳も少し意識したのか顔を赤らめる。

「あはは。ちょっと恥ずかしいね。どうする? これ」

「もらう! もちろんっ」

 明日夏は即答した。

 とは言っても、明日夏は何をどうすればいいのか分からないので、印刷までの工程も全部和佳任せである。


「……ねぇ、やっぱり迷惑だったかな?」

 することがなく、ぼーっと突っ立っているだけの明日夏に向け、和佳が画面を見たまま不意に言った。

「え? 何が」

「当たり前だけど、明日夏ちゃ……明日夏くんって男の子だったんだもんね。だから女の子同士のノリでプリクラに付き合わせちゃったり、こうやってくっついたら迷惑なのかなぁって」


「い、いや。そんなことないよっ」

 ――男だと仮定した場合、くっつかれるのは、むしろご褒美だし。

 もちろんそんなことは言えないので、そこは口にしなかったけど。


「よかった。でもやっぱり、男の子が良かったって思ってる?」

「うーん。どうなんだろう」

 明日夏は小さく首を傾げつつ、素直な気持ちを口にする。

「そりゃ、最初のころは、男に戻りたいって気持ちが強かったよ。けど、最近は慣れてきた感じかなぁ」

 以前なら「男に戻りたい」と即答できた問いかけに、そう答えてしまうあたり、明日夏の中でも変化してきたのかもしれない。

「今日だって、女の子になったってことは一樹以外には秘密にしているせいで友達とこうやって女の子として遊べたことがなかったから、すごく楽しいよ。だから、女の子も悪くないなぁって」

「そっか。じゃあ今度は、女の子として可愛く撮ろうよ」

「うん」

「せっかくだから、キスの写真とか撮ってみる?」

「キ、キスっっ?」

 明日夏は顔を真っ赤に染め上げ、ずずずっと後ずさった。

「あの……もしかして和佳って……実は女同士が好きな人だったりする人……?」

 女子高にそういうの多いって聞くし、女子としてあさひのときからずっと距離感が近いし。

 和佳は肯定も否定もせず、ただ悪戯っぽく笑って答えた。

「えへ。どうかなぁ? あ、そういえば、明日夏ちゃんのおっぱいは、まだ揉んでなかったよねぇ」

「って、ちょっと。「は」ってどういうことっ?」

 なんてやり取りをしていると、ちょうどいいタイミングで一樹が姿を見せた。

 疑惑は疑惑のままになってしまったが、このまま和佳に迫られるよりはマシだった。


「おーい。どうだ。取れたぞ」

 ぬいぐるみを持って、こっちへとやってくる一樹。女子の巣窟に男子一人で普通に足を踏み入れられるのは、感心してしまう。

 ぽんとぬいぐるみを渡され、明日夏は両手でそれを受け取った。

「わぁぁ。可愛いよ。似合う似合う!」

「うむ。大きなぬいぐるみを抱き抱える美少女、良いな」

 そんな明日夏を見て和佳と一樹がはしゃぐ。


「……ま、それほど悪くはないかな」

 久しぶりにこうやって幼なじみ三人で遊べた明日夏は、満足気にぬいぐるみをぎゅぅっと胸に抱きつつ、軽く微笑んだ。




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