第3話 女体を確認する

「やはり、少しぐらい裸を見せても減らないと思うのだが」

「やだ」

「どうせ、家に帰ってから、あとでじっくり見るつもりだろ? このむっつりスケベめ」

「誰がむっつりスケベだっ。こっちはむしろ怖くて見たくないんだからっ」


 これは照れ隠しでも何でもなく、明日夏の本心だ。

 指先をちょっと切ったくらいても、その傷口を目視できないタイプなのだ。これほどの変化が自分の身体に起こって、それを確認するなんて怖すぎる。


「そうか。なら一緒に確認すればどうだ?」

「やだ。一樹の目、なんかいやらしいし」


 明日夏はさっと胸元を隠した。膨らみが出来たことで胸元に隙間が出来てしまったのだ。さっきから、隣にいる一樹の視線が妙に気になる。

 そもそも悪友の幼馴染とはいえ、普通はチンコを見せ合ったりはしない。つまりそういうことだ。


 けれど一番の理由は、もしかすると嫉妬かもしれない。

 子供の頃から同じように馬鹿やってきた一樹が、先に女の子の裸を見てしまうことが気に入らなかったのだ。明日夏も同時に見れるけれど、自分自身の身体はノーカンっぽいし。


「秘密主義、ヨクナイ」

「なぜカタコトっ? ていうかそれを町の女の子に言ってみたら?」

「くぅっ。このぉ、パラダイスの独占はずるいぞっ」

「人の身体を勝手にパラダイスにするなぁっ!」


 さすがに明日夏も切れてきた。

 学校の駅から地元の駅まで電車に乗って移動する間、ずっとこのようなやりとりが続いているのだ。さすがに疲れてきた。

 ものすごく好意的に考えれば――正真正銘の女の子になってしまったので、女装して電車に乗るという背徳感は無くなったのが、せめてもの救いだ。

 ちなみに、女の子になったことによって、髪の毛も肩にかかる程度に伸びていたので、邪魔なウイッグは外している。手で触ってみた感じ、髪質も変わっているのか、男のときよりも軽くてさらさらした印象だった。


「いや、だって。女体の神秘だぞ? 一緒に熱く語ってきたじゃないかっ」

「熱く語ってきたのは認める。でも見られる立場にもなってほしい」

「むぅぅ。分かった。まぁこのことは後でゆっくり話すとして……で、お前、これからどうするんだ?」

「うーん。そうだよねぇ……」

 地元の駅に着いたので、あとは家に帰るだけなのだが、問題はこの格好でどうするかということだ。


 明日夏がうーんとうなっていると、駅前を歩いていたジャンパースカート姿の女子中学生が、こちらに気づいたかのように近づいてきた。

「あ、入間さん」

「おっ、彩芽ちゃん」


 女子中学生に話しかけられ、一樹が気楽に返事する。

 一方で明日夏は、さっと顔を青ざめさせた。

 声と雰囲気で、声をかけてきた女子が誰か分かったのだ。明日夏の妹で、中学三年生の彩芽だ。

 この姿を妹に見られるわけにはいかないと、明日夏は一樹の後ろにそっと隠れる。まぁ、町行く人をほぼ完璧にだまして来たのだ。仮にこの姿を見られたとしてもいきなり、制服を着た少女=自分の兄である明日夏、という流れにはならないだろうけど。


「で、その後ろに隠れているのが、お兄ちゃん?」

「って、何で知ってるんだよ!」


 あっさりとばれる方もアレだが、あっさりとそれを肯定してしまう明日夏も大概であった。


「そりゃあもちろん、学校の休み時間に入間さんからメッセージもらったし」

「お前のせいかぁぁっ!」

 明日夏は一樹に詰め寄った。

 二人は幼なじみの関係であるため、その妹も一樹にとっては幼なじみで、小さい頃からよく遊んでいた間柄なのだ。

「えー別にいいじゃない。似合ってるよ。去年のミスコンの写真も見たけど、やっぱりお兄ちゃん、女装の才能あるかもね」


 彩芽がいたずらっぽく、にこりと笑う。サイドテールがぴょこっと揺れた。

 さらりと気にしていることを言われショックを受けたが、同時に明日夏は、妹が勘違いしていることに気づいた。

 一樹が彩芽にこのことを伝えたのは、学校にいるとき。共学への準備段階として、明日夏が女装役になったという事実だけのはず。

 つまり、ついさっき起こった身体の変化のことは、まだ知らないのだ。

 一樹もそれに気づいたようで、こそっと耳元で言ってきた。


「おい。いい機会だし、本当に女子になったことも、言ってしまえばいいんじゃないか」

「うう。それは……」

 よりによって、実の妹にそれを打ち明けるのは屈辱的だ。

 だが解決策が今のところ無い現状では、しばらくこの姿で過ごすしかない。学校では「女装」として通すとしても、家の中ではそうはいかない。

 女子の先輩としてもアドバイスはほしいところだし。

「ん、どうしたの?」

 二人の様子に気づいたのか、彩芽がきょとんと尋ねてくる。

 明日夏はしばらく考えて、覚悟を決めた。

「えーと。そのことなんだけど。実は……女装じゃなくって、本当に女の子になっちゃったんだ」

「……はぁぁっ?」



  ☆☆☆



 明日夏の家は駅前から徒歩圏内のマンションの一室である。

 現在は、OLの姉である茜と、中学生の妹の彩芽と三人で暮らし。両親は仕事の関係で、世界中を飛び回っており、今はヨーロッパのどこか国で暮らしている。だが海外赴任の割には給料が少なめで、姉の収入に頼っている部分も多い。だからこそ女装の際校長から学費の話も出て、引き受けたわけだけれど。


「さてと、とりあえず脱いで」

「いきなりっ?」

 リビングに荷物を置くなり、彩芽は明日夏に向かって言った。姉は会社勤めなのでまだ帰ってきていない。


「だって、あの話がホントかウソか確認できないでしょ」

 うっ、と明日夏はたじろいで一二歩下がる。このままだと、マジで脱がされかねない雰囲気だった。


 初めて裸を見せる相手は、肉親の妹がいいか、幼なじみの男子がいいのか。

 明日夏が出した結論は――どっちもやだ、であった。

 なのでそれをごまかすため、わざと可愛らしい声を上げて叫んでみた。


「ご、ごめんなさいっ。実はあたしが明日夏さんというのは真っ赤な嘘なんですぅぅ。似ているだけで、本当は全くの別人の、普通の女の子なんですぅぅ」


 彩芽の反応はなかった。

 しばらくして、はぁ、と大きくため息をつかれた。


「……もう少し早くそれを言っていれば誤魔化せたかもしれないけれど。ふつうに家に上がって冷蔵庫開けて、いつものように当たり前に麦茶飲んでいる時点で、説得力ないわよ」

「確かにっ」

 明日夏は少々天然が入っている。

 その反応に「そう言うところもね」と彩芽につっこみを入れられてしまった。


「別にもう今更でしょ。今日一日女の子だったってことは、学校でトイレだってすませているんでしょ」

「いや……そのときはまだ男の子だったんだけど。ってそうか。トイレもしなくちゃいけないのか……」

 彩芽に言われて、明日夏はさらに女子としての現実を突きつけられてしまった。

「そういうわけだから。ほら、早く。一人で脱ぐのが恥ずかしいのなら、あたしも一緒に脱ごうっか?」

「い、いや。いいからっ!」

 どこまで本気か分からない彩芽の言葉を遮って、明日夏は諦めてソファーから立ち上がった。

 どのみち、しばらくこの身体と付き合っていかなくてはいけないのだ。だったら、一人でこっそりと見るよりは、誰かに付き合ってもらった方がよい。やっぱり一樹は論外だけど。

 軽く息を吐いて気合いを入れ、まずはカーディガンを脱ぐ。次にスカートに手をかけて、足から降ろす。

「へぇ。ちゃんと女の子の下着はいているのねー」

「断じてぼくの趣味じゃないからねっ。校長に無理矢理穿かされただけだから」

 そのときは股間のアレのせいで不格好だったが、今ではすっきりしていて似合ってしまっている。良かったような悲しいような。


 さて問題は次である。ブラを付けていないので、服の下はおっぱいだ。

「下と上、どっちを先に脱いだ方がいいかな?」

「どっちでもいいんじゃない?」

「じゃあ間をとって靴下から……」

 明日夏が玉虫色の選択をすると、急に彩芽が切れた。

「何言ってるのよ。裸ソックスは基本でしょ!」

「知るかっ!」

 つっこみを入れて、そのままソックスを脱ぐ。

 その勢いのまま、パンツをすり下ろし、下を見ないようにしてセーラー服のボタンも全部はずして脱ぎ捨てた。

 これで見事にすっぽんぽんである。


「ど、どう……?」

「へぇぇ。本当に女の子なんだね……」

 彩芽が感心した様子でつぶやく。

「そ、そうだね……」

 明日夏もおそるおそる見下ろして自分の身体を見た。

 女の子らしく膨らんだ乳房。グラビアではぎりぎりまで隠されていて、見ることの出来ない禁断の乳首もはっきり目に映って、さすがにちょっとぐらいは感動した。……生まれて初めて見る生おっぱいが自分のはどうかと思ったが。

 下の方も、やはり女の子になっていた。

 もっともこちらの部分はおっぱい以上に未知の部分のため、これが正しい物なのかは分からない。ただ見慣れたちんこは消えて、つるりとやや膨らんだ肌と割れ目が見て取れた。

「生えてないのはお兄ちゃんの趣味?」

「違う!」

 そこは否定しておいた。

 けどさっと見た感じでは、股間だけでなく足や腋にも、毛が生えている様子はない。女の子の手入れって面倒そうだなぁって思っていたので、その点は気が楽になった。

 おっぱいの大きさはBカップくらいだろうか。男のときとは違って、乳首もツンとしていて、色も綺麗に見えた。

 そぉっと恐る恐る指先でぷにっと突っついてみる。男のときには感じたことのない新感覚の柔らかさだった。高速道路で走っている車から手を出す感覚がおっぱいを触っているときに似ているという、条件が厳しい都市伝説があるくらい未知の感覚なのだ。さすがにこれは感動してしまった。

 一方で触っている指はともかく、触られているおっぱいの感覚は、特にどうもなかった。別に気持ちよくもなんともない。ほっとしたようながっかりしたような……それとも揉み方が足りないのかな。

 ……なんてことを考えてしまい、明日夏は我に返って急に恥ずかしくなった。


「ね、ねぇ。もう服を着ていいかな?」

 手で胸を隠しながら聞く。さりげなくその下でおっぱいをぷにぷに押しているのは、内緒だ。

「着るって、その制服?」

「いや、いつも家で着ている服だけど」

「それって、今までお兄ちゃんが着ていた男の人の服でしょ」

「うん」


 身長はほとんど変わっていない。おっぱいは膨らんだけれど、逆に肩幅は男子の時より華奢になった感じだし、相殺されて大丈夫だろう。たぶん。大は小を兼ねるって言うし。

 そんな明日夏の思いは、あっさりと彩芽にダメ出しされてしまった。


「ダメよ。その体型だときっとに似合わないし可愛くないわよ」

「……別に、可愛くなくていいんだけど」

「何言ってるの。せっかく可愛いのにもったいないじゃない。もともと女顔だったけれど、体型だけじゃなくて、顔つきもさらに女の子っぽくなっているわよ。肉親のあたしが見て、可愛い、って思うくらいなんだから」

「そ、そうなの……?」

 そういえば、まだ鏡で自分の顔を確認していない。一樹や彩芽が普通に自分と認識しているので、それほど変わってはいないんだろうけど。

「だから、あたしのを貸してあげる。それにそれだけおっぱいが膨らんでいるのなら、ブラだって付けないと。ちょうどあたしと同じくらいのサイズだし、試してみようよ」

「ええぇぇっ」

 明日夏はあからさまに嫌そうな顔をする。

 制服は見た目を女の子にするために必要だとしても、外から見えない部分にも女物を身につけるのはさすがに抵抗がある。パンツ穿かされたけれど。


「それとも、ずっとそのまま、裸でいる?」

「……それはやだ」

 結局明日夏は、裸のまま強引に彩芽の部屋へと連れていかれるのであった。




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