第8話 休日のお買い物2
明日夏が下着売り場から出ると、さっそく待ち構えていた一樹がやって来た。
「おお。ちゃんと買えたようだな」
「言っとくけど、見せないからねっ」
「構わん。そこは想像でしっかりと補うからな」
「……それはそれでやだなぁ」
「よし。それじゃいよいよ服を選ぶか。待ち時間に、明日夏に似合いそうな服をチェックしておいたぞ」
そう言って、一樹がスマホの画像を明日夏に見せた。
下着売り場はさすがに退散したけれど、女性服売り場は一人で回っていたようである。意外と「漢」だ。呆れ半分、感心半分に、明日夏はスマホに撮影された服に目を通した。
「まずはタイトスカートだな。スカートの魅力を残しつつ、身体のラインを強調するという、一石二鳥の最強アイテムだ」
「んー。なんかきつくて動きづらそうじゃない?」
「ならば、こちらはどうだ? ロングスカートだ。おしとやかな女の子っぽさを強調。パンチラの可能性は低くなるが、そもそも見えそうで見えないのがパンツの魅力。風に舞うたび、ほんの微かな可能性にドキドキの一品だ」
「んー。これも足に絡んで動きにくそうかなぁ」
「なるほど。ならばやはり定番のミニスカートだな! これなら動き放題だ。ついでにパンチラしてくれてもいいんだぞ?」
「やだ」
明日夏は即答した。
「むぅ。ならば何がいいんだ?」
「んー。そうだなぁ。あ、ワンピースとかいいかな」
「おおっ。定番アイテムだな。さすが明日夏、男心をくすぐってくるぜっ!」
「単に上と下がセットだから選ぶのが楽でいいなぁってだけだけど」
ずぼらな明日夏らしい理由だが、一樹との意見も合ってしまった。
こうして二人はワンピースを中心に、服を漁りに行くのであった。
☆☆☆
「ううう……。やっぱこれ、気になるんだけど……」
「何を言ってる? 似合ってるぞ」
「ううぅ。それはそうかもしれないけど、自分自身のことだから微妙というか……。それに、やっぱりスース―するし」
明日夏は自分の服装を見下ろして、恥ずかしげに顔を俯かせた。
身に着けているのは、白とグレーであしらわれたチェックのワンピースである。胸元にリボンが付いており、縁取りにも小さなフリルが施されている。
明日夏も一樹も、女性服の知識量やイメージはそれほど変わらず、ワンピースと言ったら「ノースリーブのひらひらしたやつ」という一致した認識で選んだ結果がこれであった。
一樹がうるさかったので、明日夏は他の服と試着して比較することなく、「もうこれでいいや」と即決。その後いちおう試着室で着替えてみたら、ノースリーブなので五月にはまだ寒いし、胸元が緩めなので恐れ多くも谷間がちょっと見えちゃっているし、と散々だったのだが、一樹がそのまま店員さんを連れてきて、このままこれを買います、と勝手に言ってしまったため、そのままこれを着ることになってしまったのだ。
その後、購入したパステルカラーの長袖カーディガンをひっかけて、肩を隠すことは出来たが、胸元はそのままだ。ちなみに、その他部屋着などを購入したため、もう一着のワンピースを買う軍資金が無くなってしまった、というオチ付きだ。
元着てきた服は、邪魔なので一樹に預けてしまったせいで、返してくれないし。
「すーすーって、制服のスカートでもう慣れただろう」
「うん。そうなんだけど、ワンピースはまたちょっと違う感じというか……。それに私服でこういう服を着るのは初めてだし」
学校では、女装しているという意識で過ごしているし、家で着ている服は自分のものだったり彩芽のものだったりするが、基本的にフェイミンな感じの物ではないので、休日の外で、こういう女の子の服装をするのには、まだ気恥ずかしさがあった。
しかも鏡で見ると、これが似合っていて普通に可愛い女の子に見えてしまうから、余計複雑な気持ちだった。
「大丈夫だって。ちゃんと似合ってるぞ。よし! そろそろメシにして、せっかくだし、そのあともいろいろまわってみようぜ」
「食べたら、とっとと帰るからね」
プイっと言いつつも、食事をする気は満々な明日夏であった。
というわけで、衣服店を出てすぐそばにある、駅前のハンバーガーチェーン店で昼食を摂ることになった。
休日のお昼時ということもあって、それなりに賑わっている。逆にこれくらいごちゃごちゃしている方が目立たなくて済むかもしれないと、明日夏は少し気を楽にした。とはいえ、この格好で一樹と一緒にいると、まさか周りから恋人同士に見られたりしないだろうか。
そんな不安を紛らわせようと、明日夏はハンバーガーにかぶりつく。
「そういえば、明日夏。食べる量、減ったか?」
「うん。減った。嬉しいような悲しいような、だけど」
小さめのハンバーガー一個でもう十分になってしまい、Sサイズのポテトをぱくつきながら、明日夏はうなずいた。
家でも茜から「女の子なんだから少なめに」って言われているけど、体型維持の目的が無くても、自然と食欲は少なくなっていた。もっとも、甘い物はやっぱり別腹だけど。
なんてことを話していると、不意に一樹が店の入り口に目を向けて言った。
「なぁ。あれ、和佳 (のどか)じゃないか?」
「えっ?」
一樹の言葉に、明日夏は驚いて視線を向けた。
近所にある女子高、星山女子の制服に身を包んだ女子高生の三人組がおしゃべりしながら、ごみを捨てトレイを戻しているところだった。
その中の一人、ふわっとしたボブカットを揺らして楽しそうにおしゃべりしている女の子には見覚えがあった。
明日夏たちの幼なじみで、幼稚園から小中と一緒だった、野方和佳である。
そして明日夏が密かに意識している女性でもある。
ちなみに一樹はそれに気づいているが、当の和佳は明日夏を全く意識していないようである。
「声をかけてみようか?」
「ちょ、ちょっと。ダメだって!」
「おーい。のどかー」
「あれ? 一樹くんじゃない」
和佳が気づいて、顔を輝かせた。
一方明日夏はさすがにこの姿では顔を合わせられないので席を立って、トイレに向かうように、その場から離れた。
それでもやっぱり気になるので、トイレには入らず、物陰からそっと聞き耳を立てる。
「久しぶりー。最近会ってなかったよねぇ。背、伸びた?」
「そうか? 測ってないから分からないけど」
「ねーねー。和佳、その人誰? もしかして彼氏?」
「ふぇっ? 違うよ。友達だよ。幼なじみなんだ」
「えー。本当にぃ?」
「そうそう。幼稚園の頃からの。そういえば小学校のとき、和佳が近所の公園で……」
「ちょ、ちょっと待って! それって、あの話っ? いやぁだめっ、それは墓場まで持っていくんだからーっ」
「えー、何それ、面白そうっ」
意外にも女子高生に囲まれながらも、一樹の話は盛り上がっているようだ。
明日夏の色仕掛け(してないけど)には動揺しまくりそうなのに、本物の女子高生集団を相手にして普通にしていられるのは、なぜだろう。
なんて明日夏が物陰で思っていたら、和佳の友達の一人が和佳に向かって言った。
「ねぇねぇ、のどっち。彼をアレ誘ってみたら? 相手いないんでしょ」
「え、でも……」
「ん、アレって?」
「あのね。実は明日行われる野球のチケットが懸賞で当たったの。ただこれ、男女ペア限定で、どうしようかなって思っていて……」
和佳が困った表情を見せている。
それはつまり、男女ペアで出かけられる特定の相手がいない、ということだ。
明日夏は物陰で、こっそりとガッツポーズをしてみせた。
「あー。なるほど。でも俺、明日用事があるんだよなぁ」
「そうなんだ。急だもんね。ごめんね」
「いやいいって。それより、だったら明日夏を誘ってみたらどうだ? あいつなら暇してそうだぞ」
「秋津くん? そっか、秋津くんもいたよね」
(えっ?)
何かおまけみたいな言いようだが、悪気があるわけではない――と思う。
ちなみに、秋津くんと名字で呼んでいるのは、小さい頃「あすか」という女の子っぽい名前を嫌っていた明日夏に対し、気を使ってくれた名残である。今ではすっかり慣れたけれど、和佳は律義に守ってくれているようだ。
決して、一樹と比較して距離が遠いというわけではないはず――だと思う。
(……って、そんなことよりっ。今のぼくに振られても……)
明日夏は物陰で戸惑ってしまったが、和佳には渡りに船っぽかった。
「うん。じゃあ、早速連絡してみるよ。それじゃ、彼女さんによろしくね」
「へ?」
「さっきまで一緒にいた子。顔はちらりとしか見えなかったけど、可愛かったよね。てっきり、彼女さんなのかなぁって。だから一樹くんを誘うのはどうかなぁって思ったんだけど」
和佳の視線がちらりと、明日夏が隠れている方に向いた。
明日夏は慌てて顔をひっこめたけれど、その姿もしっかりと見られてしまったようで、軽く手を振られ、にっこりと微笑みかけられてしまった。
もしかすると、彼氏(一樹)と仲良く話している和佳に、警戒して嫉妬している彼女さんのように思われてしまったのかもしれない。
明日夏はショックを受けてがっくりと肩を落とした。
和佳らが店を出て行ったのを確認して明日夏が席に戻ると、一樹が上機嫌に笑って出迎えた。
「はっはっは。聞いてたか? 彼女、だってよ」
「もーっ、絶対、楽しんでいるでしょっ?」
「あはは。まぁな。でも明日夏にとっても、悪い話じゃないだろ」
「う、それは……」
確かに和佳と二人きりで野球観戦。和佳と自分、男女二人が休日に出かければ、これはもうデートと言っても過言でないはずだ!
もちろん自分は男なので、今日の一樹とのこれはデートでもなんでもない。
なんて話していると、ぴろーん、と明日夏のスマホにメッセージが届いた。見てみると、さっそく和佳からのお誘いだった。
「で、どうするんだ?」
「そんなの、決まってるでしょ」
明日夏の返事はもちろんOKだ。
だが冷静に考えて、どうするべきか頭を抱えてしまう。
そんな明日夏の耳に、聞き慣れた声が響くのであった。
「事情は全部聞いてたわ! ここはお姉ちゃんに任せてっ!」
「茜姉っ。って、な、なんでここにいるのっ?」
「それはもちろん、今日のお買い物から今まで、全部見てたからよ~」
「なっ――」
えっへんと胸を張る茜を前にして、明日夏は絶句してしまう。
その横から、申し訳なさそうに彩芽も顔を出した。
「お姉ちゃんが、自分でコーデするより、一樹さんとのやりとりを影で見ていた方が楽しそうだから、って……」
「あぁ……そういうこと……」
茜との買い物をあっさり回避できたのは、それが理由だったようだ。
だが、一樹とのやり取りや服のあれこれなどを全部見られて、明日夏は泣きたくなった。
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