第14話 明日夏くんのいとこの、あ、あさひですっ

 だいぶ女の子であることに慣れてきてしまった、とある日の休日の午後。

 明日夏は一人で、駅前をぶらりとしていた。


 もちろん普通に女の子の格好である。身に着けているのは、紺に白の水玉模様の襟付きワンピースだ。いつか一樹と買い物に行ったとき、茜や彩芽と合流した後に、さすがにあの一着だけじゃと、茜が買ってくれたものだ。やや子供っぽいデザインにも見えなくもないが、大人びたいわけでもないので、その点はあまり気にしていない。

 最初のうちは私服で外出すると、女装している不安感があったけれど、それも慣れてきた。身体と見た目は女の子であるという自覚が出てきたからだろうか。女物の服でも普通に外を歩けるようになった。

 むしろ服が少なく、似たような服を着まわしているのに飽きたので、良さげな服がないかと見に来てしまったくらいだ。


「……とはいえ、自然に女性服が売っていそうな店に行こうとしているのは、複雑だよなぁ……」

 ぽつりと明日夏はつぶやいた。

 和佳と球場デートした日以来、男装は諦めた。だが男としてのプライドもしっかり残っているため複雑な心境なのだ。

 それはそうと、和佳とはあの日以来直接顔を合わせていない。元々毎日顔を合わせるような間柄ではないけれど。この姿で会うわけにもいかないし。

 なんて考えているときだった。不意に目の前の女の子が明日夏に声をかけてきたのだ。


「あれ、秋津くん?」

「あっ、和佳……」

 言いかけて、明日夏は慌てて口を押えた。

 噂をすればなんとやら。目の前の女の子は、まさかの和佳だったのだ。

 柔らかそうな緑色のパーカーに、ディアードの白のミニスカート姿で、茶色のブーツとスカートの間に挟まれた素足がまぶしい。肩掛けバックによって発生したパイスラも目に毒だ。

「あ。やっぱり秋津くん……だよね? でも、あれ、えっと?」

 当然ながら、明日夏の姿を見た和佳は混乱している。当たり前だ。男の子だったはずの幼馴染が、可愛らしいワンピース姿なのだから。

 明日夏が女の子になってしまったことを知っているわけないし、女子生徒役として男子校に通っていることも秘密にしているのだ。

 だから反射的に、明日夏は言ってしまった。


「ち、違いますっ。ぼ……わたしは、明日夏くんのいとこの、そう、あ……あさひですっ」

「あ、そうなんだ。へぇ。秋津くんにいとこがいたんだ。そっくりだねー」

 拍子抜けするくらい、和佳はあっさりと信じてくれた。

 でも、明らかな女の子を明日夏と認識するよりは、不自然ないとこがいた方が、まだ現実的かもしれない。

「あたしは野方和佳。あれ、でもさっき、あたしの名前を……」

「はい。明日夏くんの幼馴染ですよね。写真を見せてくれたので知っていました。可愛い子って言ってましたよ」

 明日夏はあえて、つっこんだ攻めをみせた。

「へぇ。秋津くんがそんなこと言ってたんだー」

 けど和佳は特に動揺することもなく、のほほんと受け答えた。

 その反応に、明日夏はちょっとがっかりした。


「あさひちゃんは、これから秋津くんのところへ?」

「い、いえ。ちょっとふらっと服を買いに……」

 まず無いだろうけど、もし和佳が一緒に家まで着いてきたら、二人一役をやる自信はない。だから適当にごまかしてその場から離れようとする。

 けれどそんな明日夏に向け、和佳から意外な提案が出された。

「あ、だったら一緒に付き合ってもいいかな? 沙耶ちゃん……あ、一緒に遊びに行く約束してた友達なんだけど、彼女が急に来れなくなっちゃって、あたし一人でどうしようかーって、考えていたところなんだ」


「えっと……」

 外でたまたま出会った初対面の人といきなり買い物に付き合ったりするのは、普通のことなんだろうか。この距離感の近さは、和佳の魅力でもあるけれど、逆に近すぎて不安にもなる。

 けどそう考えると、もしここで自分が断ったら、変な男にナンパされたりでもしてホイホイと誘いに乗ってしまうかもしれない。

 そう考えた末に、明日夏はうなずいた。

「は、はい。ぜひ……」

「やったー」

 自分のことがバレる可能性もあるけれど、この笑顔が見られたんならまぁいいかと思う明日夏であった。



  ☆☆☆



「あさひちゃんのワンピ。可愛いよねー。ネイビーがすごく映えてるよっ」

「そ、そうかな……」

 一瞬、ネイビーって何ってなったけど、紺色のことだと気づく。こういう些細な点で、本物の現役女子高生との女子力の違いを感じさせられる。

 並んで女性服売り場に入りながら、和佳が聞いてきた。

「それで、今日はどんな服を見に来たの?」

「えっと……とりあえずワンピース以外なら……」

 こちらは女子力ゼロの返答である。

「そっか。んー。確かに可愛いけど、ちょっとおとなしく見えちゃっているかなぁ。よし。それじゃちょっと攻めてみようか」

「えっと……」

 どうやら和佳は明日夏(あさひ)をコーデする気満々のようである。明日夏から予算を聞き出すと、まずはトップスの売り場へと向かう。明日夏も自分で探すよりはいいかと、和佳について行った。

 しばらく二人であれこれ見ながら、和佳が不意に気軽な口調で聞いてきた。


「そういえば、あさひちゃんのバストサイズってどれくらい?」

「えっ――」

 男の場合、ちんこのサイズなんて聞いて来たら、ホモ決定。だけど、女の子の場合は、こう気軽に聞いてくるものなんだろうか。

「その……Bの65、だけど……」

 明日夏は戸惑いつつも素直に答えた。

 以前茜に測ってもらった数字の受け売りである。これが何を意味するのか、明日夏にはいまいちよく分かっていないが。

 和佳は一瞬きょとんとした様子をみせて、戸惑った口調で言った。


「あー。ごめん。ブラのサイズを聞いたつもりじゃなかったんだけど……。えーと、でもB65ってことは、78くらいかな。だったらやっぱりSサイズかなぁ」

「あっ――」

 明日夏は外れた回答に、全身が真っ赤になって熱くなるのを感じた。相手が和佳とはいえブラのサイズを知られてしまったのも、地味に恥ずかしい。

「でもあさひちゃんって、華奢な体つきしているから、全然小さく見えないし、十分可愛いよねー。えへへ。ちなみにあたしはC70だよ。やった、勝ったぁ」

 そんな明日夏を気遣ってか、和佳が明るいノリのまま冗談っぽく言った。

 ――明日夏は、こくこくとうなずくのが精いっぱいだった。

 まさか和佳のバストサイズを聞けてしまうなんて――このときだけは本気で、あの神様(?)に感謝した。

「あ、ごめん。気を悪くしちゃった?」

「……ううん。全然……むしろ神様ありがとうって感じ……」

「ふぇ?」

「い、いや、こっちの話で……」

 思わず正直な声が漏れてしまい、明日夏は適当に誤魔化した。

 幸い和佳は気にした様子もなく、Sサイズの服の中から適当なのを一枚手に取って、明日夏に見せた。


「ねぇ、それじゃ、これなんかどう?」

「え、これって……ほとんど下着じゃ……」

 和佳が手に持つそれは、ほとんどタンクトップのようなつくりのうえ、生地が薄い。

「うん。キャミソールだよ。大丈夫。これだけじゃ気になるから、アウターにシャツジャケットを合わせてみるから。ほら、こんな感じでどう?」

「あ、いいかも」

 和佳が二つの服を手に持ったまま合わせて見せる。クリーム色のシャツは柔らかそうな印象で、明るい緑によく合っていた。

 そういえば明日夏として野球場に一緒に出掛けたとき、和佳が似たようなコーデをしていたことを思い出す。――お揃い。良い響きだ。

「ボトムスは……ちょっと攻めて、これでどう? シフォンのミニだよー」

「えーと……」

 シフォンってお菓子じゃなかったっけ? と思いつつも和佳が手に取ったスカートに目をやる。薄いブルーの控えめな花柄のひらひらした生地の上に、透けるほど薄い生地が重ねられている。このひらひらが重ねられているのがシフォンっていうのだろうか。

「これをハイウエストで穿いてみて……足が出ちゃうから、ニーソ―と組み合わせたら可愛いかも」

「う、うん」

 一樹にミニスカートを提案されたら、問答無用で突っ返しているけれど、和佳のおススメだったら、無下に断ることはできない。

 パンチラが見たいだけの一樹と違って、和佳は純粋に可愛いと思って選んでくれたのだろうし。

 明日夏は言われるがままに、和佳が選んだ服を手に取って試着室へと向かった。


「わぁぁ。いいよっ。すごく似合うよっ」

「う、うん……」

 試着室のカーテンを開けた明日夏は、外で待っていた和佳に手を取るような勢いで、褒めたたえられてしまった。

 お店の人に聞いたら、肌の上から着てもOKということだったので、キャミソールにシャツジャケット、そしてスカートを穿いてみた。ソックスの試着はNGだった足が寂しいけれど、それを除けば意外なほど似合っていた。

 さっきまで着ていたワンピースと違い、活発な印象を醸し出していて、元々動き回るのが好きな明日夏にとっても、自分らしくていいと思った。

 シャツジャケットのおかげで露出もほとんど気にならないし、自分で言うのもなんだけど、本当に似合っていて可愛かった。

 和佳が早速店員さんを呼びに行き、このまま購入することになり、ついでに購入したソックスも更衣室で着替えさせてもらった。

「おお……これが噂の、絶対領域……」

 明日夏は鏡に映るおのれの太ももを見て思わず馬鹿なことを呟いてしまった。まぁそれはさておき、これで足元の不安も解消されるのであった。



「ごめんね。なんか突っ走っちゃって」

「ううん。楽しかったです」

 服一式を買った後は、資金もなくなってしまったので小物類を買わずに眺めながらあっという間に時間が過ぎて行ってしまった。

 明日夏のいとこである「あさひ」は東京に住んでいるという設定にしたため、電車に乗って帰る(フリ)をするため駅に向かっていた。とりあえず適当なところまで行って帰ってくればいいだろう。

 駅前で見送りに来てくれていた和佳がふと思い出したように言った。

「あ、そうだ。あさひちゃん、連絡先、まだ交換してなかったよね」

「あ」

 和佳の言葉に、明日夏は間の抜けた声を上げてしまった。

「ん、どうしたの」

「ごめんなさい。その、携帯、持ってき忘れちゃったみたい」

 もちろん嘘だ。

 だが今持っているのは「明日夏」の携帯。その連絡先で交換したら一発でばれてしまう。さすがに和佳の携帯にも明日夏の連絡先は登録されているだろうし。

「そうなんだ。えっと、じゃあこれがあたしの番号だから、家についてから、ここに連絡してね」

「はい」

 こうして和佳の連絡先を手渡された。

 憧れの女の子の連絡先を手に入れるというイベントなんだけれど、もともと幼馴染として、和佳の連絡先は知っているため、どことなく複雑な心境になっていた。


「ん、どうしたの?」

「ううん。何でもないです。家に帰ったら連絡しますね。それじゃ」

「うん。またねー」

 こうして和佳と別れて、意味もなく電車に乗りながら、明日夏は大きく息を吐いた。

 ばれずにやり過ごせて、ほっとして力が抜けてしまった。


 何だかんだで、充実した時間だった。

 和佳と服や小物を見て回るのは楽しかった。普段見られないような和佳の姿も見られたし。けれどそれは、明日夏が本来知るはずのない、和佳のプライベートをのぞき込んでしまったともいえるわけで。少し罪悪感を覚えていた。

 それに、女の子として楽しんでしまったという印象で、良かったと言えば良かったんだけど……やっぱり元男としては微妙な心境な明日夏であった。











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