第25話 和佳とお泊り会
「ねぇ彩芽。女の子同士で相手の家にお泊りに行く場合って、何を持って行けばいいのかな」
「ん? そんなの自分で決めれば? お兄ちゃんだって、男の子のとき、入間さんの家によく泊まりに行っていたでしょ」
彩芽に言われて、明日夏は思い出す。
「うーん。そういえば。あのときは……どうだったっけ。何も持たずに着の身の状態で行った気がするけど。そっか、じゃそれでいいのか」
「って、良いわけないでしょっ。馬鹿ぁっ」
「ひぃぃっ」
彩芽のつっこみを受けて、明日夏は身を引いた。
☆☆☆
そもそものきっかけは、和佳と「あさひ」の他愛もない電話越しのお喋りから始まった。
「そういえば、今度の金・土曜日で、おとーさんと、おかーさん、泊まりで北海道に行くんだ。あたしも行きたかったのにー」
「へぇ。それじゃあ、和佳さんは一人でお留守番ですか」
「うん。そうなんだ。あ、そうだ。せっかくだから、あさひちゃん、泊まりに来ない? 学校の友達とは何度も行き来しているから今更だけど、あさひちゃんとはしたことないし。ねぇねぇ、いいでしょ?」
「え、えーと……」
一言、親が許してくれないから、とでも言って断れば良かったのだ。
だが明日夏はとっさのことにそこまで頭が回らなかった。
その結果、明日夏は断りきれずに、和佳の家にお泊まりに行くことになってしまった、というわけである。
「それにしてもいきなりお泊まりなんて、ずいぶん好かれているわね」
「うーん。話していて思ったんだけど、和佳って一人っ子だから、妹に憧れているみたいなんだよね。学校の友達との間でもイジられキャラみたいな立ち位置だから、「あさひ」に対して「お姉ちゃん」でいられるのが楽しいんじゃないかなぁ」
明日夏がそう推測を口にすると、彩芽が微妙な表情を浮かべた。
「……私も和佳ちゃんに対して、年下の友達って立場なんだけどなぁ」
「彩芽の場合は……妹って感じじゃないから」
「――どういう意味?」
「い、いや。しっかりしている、って意味だよ。ほら」
白い目で睨まれて、明日夏は慌ててフォローを入れた。
「というわけで、しっかり者の彩芽に是非ご教授お願いしたいのですが」
「はぁぁ。分かったわ。とりあえず相手に失礼のないよう、また逆に気を遣わせすぎないよう、レクチャーするから」
「ありがとうございますっ」
ここ秋津家でも、どっちが姉か分からない状態であった。
☆☆☆
「あっ。あさひちゃん、おーい」
ぶんぶん手を振る制服姿の和佳の姿を確認して、明日夏は駅の改札を出た。
和佳の家は明日夏の家からすぐ近くにあるのだが、今回は東京に住む従姉妹の「あさひ」という設定なので、わざわざ隣の駅に移動して電車で駅に戻ってきたのだ。
金曜日の夕方。学校帰りという設定だが、武西高校の制服姿をじっくり見られると、ばれる恐れがあるので、家に帰って着替えてきた。ラフなパンツ姿だ。彩芽によれば、「お兄ちゃんがスカート穿いて家でくつろいでいたら、パンツが見えちゃうから」とのことだった。気をつけないと。
それで家からお泊りセットを持ち出して、また駅に戻って電車に乗って、また同じ駅に戻ってくるのだから、冷静に考えると、かなり馬鹿馬鹿しい行動である。
「こんにちは。和佳さん」
「うん。こんにちはー。なんか強引に誘っちゃって、ごめんねー」
「いえ、よろしくお願いします」
挨拶を交わして、さっそく和佳の家へと歩いて向かう。
もう何年も行っていないが、子供の頃はよく遊びに行っていたので、まだ見覚えのある道だった。
「着いたよー。ここがあたしの家。さ、どうぞ。上がってあがって」
「ど、どうも」
昔は何の意識もせずに遊びに来れていたのに、今は緊張しつつ、足を踏み入れた。
和佳が自室で制服を着替えてくる間、明日夏はリビングに案内され、ソファーに座らせられた。
一人ソファーに座りながら、まだまだ見覚えのあるリビングを見渡す。和佳の家は閑静な住宅街にある一戸建てだ。そのぶん、誰もいないと寂しいのかもしれない。
「さて、頑張らないと」
せっかくのお泊まりなのに、正体をばれずにお泊まり会を終えるというミッションばかりに気を遣い、純粋に楽しめそうにないのが、少し残念な明日夏であった。
☆☆☆
「ねぇねぇ、夕ご飯なんだけど、出前のピザにしない?」
「ピザですか?」
明日夏はきょとんと聞き返した。
私服に着替えてきた和佳と、リビングでジュースとお菓子をいただきながらお喋りをして、そろそろ食事時という時間である。
勝手に和佳の手料理を期待していた明日夏は、出鼻をくじかれた感じだ。
けれど和佳はその反応を気にした様子もなく、笑顔で続ける。
「えへへ。ピザって、あまり食べないから楽しみ」
そうだった。放任主義で今は海外で好き勝手している明日夏の両親と違って、和佳のお母さんはしっかり者の専業主婦だ。毎日ちゃんとした食事を作ってくれているはず。もちろんそれは素晴らしいことなのだろうけど、和佳としては、逆に出前や外食の経験が少なくなるため、そういうのに憧れているのだろう。
あと単純にピザが好きなのかも。明日夏として、何度か和佳とピザを食べた思い出はある。
和佳が新聞広告に入っていそうなクーポン付きのメニュー表を持ってきた。
「ねぇねぇ何頼む? この四つの味を楽しめるのが面白そうだよねっ」
「そうですね。ピザと言ったら、照りマヨとモッツァレラははずせないから、あとは……」
明日夏はメニューを見ながら呟いていると、ふと向かいの和佳がじっと明日夏に視線を向けているのに気づいた。
どうしたんだろうと、明日夏が疑問に思った途端、和佳が叫んだ。
「あっ、そうだっ!」
「ど、どうしたんですか」
「あさひちゃんのチョイス、どこかで聞いた気がするなぁって思っていたら、秋津くんと一緒なんだ」
「あ、そうかな。いとこ同士だと似るのかもしれませんね……。定番の組み合わせですし……」
あはは、と何とか明日夏は誤魔化した。
すっかりくつろいでしまっていたけれど、油断は禁物だ。
ピザを食べ終えた後は、そのままリビングでDVDを見たりゲームをしたりして時間はあっという間に過ぎていった。
「あ、お風呂が沸いたみたいだよ」
奥から、明日夏の家でもお馴染みの「お風呂が沸きました」という機械的な女性の声が響いた。
和佳は軽く腰を浮かせると、いたずらっぽく笑って言った。
「お風呂、一緒に入る?」
「は、入りませんっ!」
ここは譲れない。断固拒否。そりゃ一緒に入って、和佳の裸を見たくないのかと言ったら嘘になるが、女子として和佳の裸を見るのは、やっぱり反則だ。それをしたら本当の女子になってしまう。さすがにその一線を越えるつもりはなかった。
「あはは。冗談だって。でも残念だなー。一緒に入ったら楽しそうだったのにー」
和佳はそう言いながら、浴室を案内してくれた。お客様なのでお先にどうぞ、ということらしい。
というわけで明日夏は一人、浴室前の更衣室で服を脱いでいく。
ああ、ここで和佳も裸になって着替えるんだなーなんて思ってしまい、明日夏は慌ててその変な妄想を振り切った。これでは一樹の変態と同類になってしまう。
ぱぱっと服を脱いで、逃げるように明日夏は浴室に飛び込んだ。
ちなみに、「やっぱり一緒に入ろう」と和佳が乱入してくるのをほんのちょっとばかりは期待してしまっていたことは、秘密である。
「ふぅぅ」
冷たい麦茶をリビングで一人飲みながら、明日夏は息を吐いた。
お風呂上がりである。入れ替わるようにしても、今は和佳が入っている。
明日夏が身につけているのは、薄いピンク色のパジャマだ。最近はシャツだけで寝ることが多くなったけれど、さすがに彩芽に文句言われたので持ってきたものだ。面倒だったけれど、和佳に「可愛い」とほめられてまんざらでもなかった。
「うー。ちょっと入りすぎたかな……」
脱衣所ではドキドキしていたけれど、裸になってしまえば、今の自分は和佳と同じ女だと実感した。だから逆に、同じ女性として恥ずかしくないよう、丁寧に洗いすぎた結果、長風呂になってしまった。
普段は気にしなくても、やはり見せる相手がいると違うものだ。
なんて感じで明日夏がたそがれながらくつろいでいると、和佳の声がした。ずいぶん早いなと思いつつ、顔をそちらにやると、そこにはバスタオルを巻いただけの姿の、和佳が。
「って、の、和佳――さんっ??」
「あはは。ごめん、ごめん。早く冷たい物を飲みたい気分だったから」
そう言いながら、冷蔵庫を開けて麦茶を手に取る。
女の子同士だと、こういうのは普通なのだろうか。そういえば姉の茜も似たようなものだし、これが普通かもしれない。
けれど姉では何とも思わない格好が和佳だとこうも違って感じられるのかと、ドキドキした顔を押さえる明日夏であった。
「それじゃ、あさひちゃんはあたしのベッドを使ってね。あたしもお布団用意したから」
「はい。ありがとうございます」
二人は和佳の部屋へと移動した。
記憶にある小学校時代の部屋とそれほど変わらない(つまり子供っぽい)ところが、和佳らしいと思った。とはいえ、彩芽の部屋もそうだけれど、女の子の部屋というのは、どこがどうというわけでもないけれど、男子と違うものだ。明日夏の部屋はもちろん男のときのままだけど、変える必要はないだろう。
さて。これでようやく眠ってしまえば今日一日は何とかやり過ごせることができる……と思っていたけれど、やはりそううまくはいかない。
いわゆる、夜中のパジャマトークである。
布団に潜り込みながら、あれこれ会話が始まる。それにしても和佳の家に来てからずっと話しっぱなしだけれど、よく話題が尽きないものだと感心する。
その話題も徐々に、女の子同士のパジャマトークにありがちな……つまり恋バナへとなってきた。
「それで一樹くんとはどうなの?」
「えっと、だからそういう関係ではないんですってば」
やっぱり来た――と思いつつ、明日夏はそこは否定する。そういう設定にするだけでも嫌だし、キスとかそれ以上はとか聞かれるのも勘弁だし。
だから明日夏は話題を変えるため、逆にこちらから質問した。ついでに思い切って攻めてみた。
「そういう和佳さんはどうなんですか。たとえば――明日夏くんとか」
「え、秋津くん?」
きょとんと、その名前が出てくるのが意外そうな反応に明日夏はがっかりしつつも、さらに攻めてみた。
「明日夏くんと話したとき気づいたんですけど、明日夏くん、和佳さんのことが気になるみたいな様子でしたよ?」
「んー。どうだろう。あんまりわかんないや」
和佳が笑う。
「そうですよねー」
何となく想像していたけど予想通りの答えだった。
けど意外とショックは感じなかった。
たぶん和佳といるからか、今は「あさひ」になりきっているため、「男の明日夏」をどこか他人事のようにとらえてしまっているのだろう。
実際、和佳と女の子同士として会話するのは楽しい。男と女として変に意識するよりも、ずっとこっちのほうが楽しいのでは、と思ってしまうくらいである。
もともと小さい頃は男女を意識しないで楽しんで遊んでいた。
それを明日夏が思春期になってから一方的に和佳を意識して、勝手に関係を難しくしているだけなのかもしれない。
「そろそろ寝よっか」
「はい」
「じゃあ、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
――とまぁ、難しい話はさておき。
普通に女の子として無事和佳と接することができた。
最初のうちは、正体がばれないようにと緊張していたけれど、途中からはそれを忘れておしゃべりを楽しんでいた。
いつか元に戻るときまでは、しばらくこのままでもいいかなと思う明日夏であった。
すっかり女の子にも慣れしてきたし。
ちなみに――
「あ。おはよー、あさひちゃん」
「お、おはようございますぅっ!!」
朝、目覚めると、すぐ隣に下着姿で平然とクローゼットを漁っている和佳を目撃してしまい、明日夏は思いっきり動揺してしまった。
やっぱり女の子に慣れるのは、まだまだのようだった。
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