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 葉山ちゃんがうっかり口を滑らせないよう、依頼人のことも話しておこうか。そうすれば、どうしてあたしが野球部――言ってしまえば他所の部活に首を突っ込む話を持ってきたのか、わかりやすくなる。

 あたしに相談を持ってきたのは、調理部の二年生の後輩でね。調理部は知っての通り部員が足りない状況だけれど、以前は部員がいた。要するに、みんな辞めたんだ。そんな子にまつわる相談を、調理部の先輩のあたしが恵都にしてしまったら、恵都の気持ちは穏やかでないだろうね。当然、依頼人の子のほうも。葉山ちゃんもその気で。

 ああ、あたしのやっていることは褒められたことではないよね。真面目な葉山ちゃんが嫌な顔をするのもわかる。でも、そういうことは恵都に何度かお願いしたことがあってね。あたしは普段から友達に相談をされるんだけど、あたしには手に負えないこともあって、困ったときには恵都にも話していたの。あたしよりあいつのほうが人の感情によく気がつくし、正義感も強い。要は、そういう立場に慣れているんだ。頭の回転も速いから、良いアドバイスをくれたものだよ。

 おっと、話が逸れすぎたかもしれない。悪い癖だね。

 依頼人も調理部だって話をしたけれど、相談内容が野球部なのは……まあ、想像はつくよね。依頼人と件のエースが付き合っているんだ。葉山ちゃん、嫌な顔しないの。

 で、いよいよ野球部でどんな問題があったのか話す段だね。ただし、前提の確認がいくつか必要かな。

 まず、今年の野球部が秋大会でどうだったのかは、野球に興味がなくても知っているよね。準決勝敗退、三年生が抜けたチームとしては、よく頑張ったよ。でも、問題は準決勝ではなくて、準々決勝にある。これも大騒ぎしているから、騒動の存在自体はわかっているはず。

 その騒動の原因になったのが野球部の「隠し球」だよ。準々決勝の試合を、「隠し球」で決めてしまったから、世間が支持と不支持とに分かれて大騒ぎしているね。

「隠し球」が何かって? ああ、ごめん、あたしもルールがよくわからないんだ。今回の話があたしの手に負えないと思ったのは、主にそういう理由だよ。恵都ならわかるでしょ、たぶん。

 さて、今回の主人公の名前を斉木さいきくんという。

 聞いた話では将来有望な選手で、三年生が引退する前の夏の大会でもピッチャーの一番手を務めていたんだって。プロや大学のスカウトが試合に来ていたという噂もある。実力はもちろん、チームメイト想いの人格者ともっぱら評判だよ。


 そんな彼がどういうわけか、コーチと不仲になってしまったらしい。

 理由は、準決勝の試合会場に姿を見せなかった、という疑いのせいだって。


 彼が部活、まして試合をサボるような人間でないことは確かだよ。恋人である依頼人の話だけでなくて、あたしの知り合いの野球部員とも話したもの。しかも、準決勝前日までの練習には問題なく参加していたというから、この問題は不可解なんだよ。

 ここまで斉木くんを誉めておいて何だけど、彼はむしろ休みの多い部員だったんだ。

 というのも、彼のお母さんが去年、急に体調を崩していてね。今年も、秋口から長めの入院中だって。ああ、容体は安定していて、今月中の退院を目標にしているんだって。毎週末外出許可をもらえるくらいで、息子の試合を球場で見るのが楽しみだったらしい。体調不良で引き返したり中止したりすることもあったそうだけれど、それでも次の週には同じように許可をもらえていたんだから、かなり良くなっているよね。

 ともあれ、お母さんが体調不良で、お父さんも平日は家に帰れないくらい忙しい人なんだ。だから、お見舞いや家の仕事をするために、一人っ子の斉木くんが部活を休まざるをえない日が多いらしい。

 じゃあ、準決勝の日もそうだったんじゃないかって?

 それがそうでもない。

 前の週の準々決勝、お母さんは許可をもらって試合を観に行くため外出していたんだ。つまり、元気だったし病院にもいなかった。お父さんもお母さんと一緒にいられたから、斉木くんは問題なく出場して、「隠し球」もあって試合に勝った。

 で、一週間後の準決勝もその日とほとんど同じ条件が揃っていた。エースが試合を休む積極的な理由は、少なくとも家族の問題には見当たらない。それなのに、彼は家のことを理由にして準決勝に来なかった。家族に対しては、風邪を引いて熱を出したから家で寝ている、と嘘を吐いていた。

 そして、負けた。

 そろそろ話が見えてきたかな? コーチの言い分によれば、斉木くんは準決勝をサボったというわけだ。この疑いのせいで、彼は弱い立場にある。

 悪いことに、疑惑を裏付けるように、彼は準決勝で出場する予定がなかった。投げ過ぎは身体に悪いからね、お休みをもらう予定だったそうだ。でも、予定は予定。試合展開が芳しくなかったときに備えて、チームに同行して当然だよね。出場しない予定だからって会場にも行かなかったら、コーチの逆鱗に触れても仕方がない。

 繰り返すと、斉木くんがそういう人格だという評判は聞かれない。

 だから依頼人は心配しているんだ。あらぬ疑いで練習に参加できないなら、かわいそうだと。しかも、彼は「隠し球」の騒動で不安な立場にある――なんたって、チーム全体を巻きこんで卑怯者か否かを問われている最中だもの。

 顧問の先生は、部活を休ませるほどではない、との見解らしい。それなのに、斉木くんが面談で正直に話そうとしないから話が前に進まない。家のことがあるから、コーチと気まずいから、チームメイトに合わせる顔がないから、なんていろいろと言い訳はしているそうだけれど、どれも嘘っぽい。依頼人が聞いてもそう思うんだってさ。

 そろそろ、あたしの見解を話してまとめようか。

 斉木くんの言動には、「隠し球」騒動のせいでメンタルが不安定だから、では片付かないウラがあるように思う。

 準々決勝の日、何かあったんだ。




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