3-2

 窪寺駅構内のハンバーガーショップ。

 あまり長居したいとは思わない狭いテーブルと足の細い椅子に陣取り、わたしは飲み物だけでなくフライドポテトまでおごってもらっていた。先月ガチャで爆死したことを反省し、今月は昼食代をケチっていない。そのためお腹は減っていないのだが、形だけ「おやつ」をつまんでみる。コーヒーは、猫舌なので少し横に置いておく。

 何円払ってもらったのだろう、とわたしが気もそぞろでいてもお構いなしに、榊先輩はひとりで「久々に会えた」「会えて嬉しい」などと立て板に水だ。

「それで、どうしてわたしを」

 呼び止めたんですか?

 榊先輩は、ハトが豆鉄砲を食ったような顔で問いに応じる。

「そりゃ、友達を見つけたら呼び止めるでしょ」

 わたしと思考回路が違いすぎる。

「あたしは嬉しいねぇ」榊先輩の回答は終わっておらず、口を閉ざさない。「誰しも一度会って話したなら、すれ違うだけの他人ではいられなくなる。天保の生徒が行きかう駅で葉山ちゃんに気がついたとき、友達なんだなぁ、とね」

 不意打ちにどきりとすることを言われる。

 出会ってしまったら、もはや他人ではない――ちゃらんぽらんなように見えて、彼女なりの哲学があるということか。

「友達かどうかはともかく」彼女の言葉に気圧されて芽生えた、不思議な焦りが彼女に言い返そうとしていた。「先輩は受験生ですよね? 大丈夫ですか、こんなところで油を売っていて」

 先月、彼女は塾に通っているようなことを言っていた。大学への推薦まで優遇される天保の生徒は、進学先に特別な意思がなければ真剣に受験勉強しないほうが普通だ。

 訊かれた当人はというと、訊かれたかったというふうに口角を緩ませる。

「これは痛いところを……と、言ってみたいけれど、平気なんだよね。内部進学の推薦は確実にもらえる成績だし、先月の模試で国公立もA判定をもらっているから」

 コッコーリツ、エーハンテイ。

 彼女のような人がいるから天保は恐ろしい。ちゃらんぽらんなのに。

「さて、早いこと本題に入ろうか」

「あっハイ……え、本題?」

「うん、またお願いをしたくてね。恵都に」

 桜木先輩に?

 わたしは別に、彼の代理人でもマネージャーでもないのだけれど。会う予定はないし、そもそも榊先輩自身で彼に伝えればいい話だ。その旨伝えてみると、彼女は唸った。

「いや、それがそう簡単でなくてね。依頼人というか、あたしがこの件で助けたいと思っている人がちょっと問題で。葉山ちゃんが興味を持った体で訊いてほしいんだよね」

 彼女が大きな丸い目を三日月形にするさまを見せられてしまうと、桜木先輩の事情を考えてしまう。生徒会長とさえ険悪で、部活では孤立しているくらいだから、彼と不仲の生徒がたった数人とは思えない。事情を知らないところに、刺激すべきでない関係性もあるのだろう。

 となると、わたしは榊先輩が持ち込んだ話ではないふうを装って、桜木先輩に相談を持ち掛けなくてはならないのか。

「あの、それ、やっぱりわたしでないとダメですか?」

「お礼を要求しているのかな? ポテトもコーヒーももらっておいて」

 ぎくりとして、コーヒーに伸ばしかけていた手を引っ込める。榊先輩は悪戯っぽく笑った。彼女は何も、ファストフードで以てわたしに言うことを聞かせるつもりではなかったらしい。

「葉山ちゃんがそう思うのももっともだよ。元部長とはいえ『調理部を助けるつもりで』とはわがままが過ぎるかもしれない。葉山ちゃんにもっとメリットがあっていい。いまの条件だと、恵都に会う口実ができるくらいだし」

「……別に欲しがっていません」

「まあ、そう言わずに。とりあえず、借りということで頼むよ。わたしにできることなら、いつか借りを返すから」

 言質は取れたから、これくらいで手を打とう。返済方法は、依頼によってわたしがどれだけ苦労したかで決めさせてもらえばいい。

 何をすればいいのか問われて、榊先輩は嘆息しながら腕を組んだ。


「騒動の渦中にある野球部エースの真意を明らかにしてほしいんだ」




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