2-9

 ウサギを茶会の席に着かせ、解答として写真を送信する。

 制限時間も二分を切った。今度こそ正解でないと、高校生が小学生向けの脱出ゲームに失敗してしまうだろう。最終問題は、想定外に高度な問題であったが。

 ところが、今度も正解の発表が遅い。

「さすがにおかしい気がするな」

 そう言うと、桜木先輩は倉庫の窓をノックした。閉ざされたカーテンの向こうから、初鹿野くんが返事をすることはない。出題者に直接問うのは、ルール違反ということか。

「本当に不正解なのでしょうか? ウサギで正解だと思うのですが」

「……じゃあ、試してみるか」

 彼はタブレットをテーブルに置くと、いきなりジャックの胸倉を掴んだ。ぐっと引き寄せられたマネキンは、倒れないまでもぐっと傾いて、ともすれば台から落ちそうなバランスで桜木先輩の右手に支えられている。

 しかし、ジャックは何も言葉を発さない。

「ふうん」彼はカボチャ男の姿勢を正した。「いま、倉庫は無人か」

 はっとして、わたしは倉庫の扉のノブを回してみる。がちゃがちゃと音を立てるだけで、ドアは開かない。さらにノックしてみても返事はなし。

 倉庫内に人がいないのは確実なようだ。倉庫の窓からプレイルームの様子を見ていたなら、先輩がジャックに掴みかかった時点で『痛いじゃないか』とジャックに発言させなければならない。それがないということは、暴力行為を見ていなかったということ。正解の知らせがないのも、そのせいだ。

 事情はわからないが、これではゲームを続行できない。

「とりあえず、部屋を出ましょうか」

 彼も同意して、ゲーム開始時に入ってきた遊戯室のドアへと踵を返したときだった。

 背後で『正解だよ!』とジャックが叫ぶ。

 びくりと肩を震わせると、さらなる声がわたしたちを驚かせた。

「ごめん、予定より早く子どもが戻ってきそうなの!」

 切羽詰まった様子でそう叫んだのは、わたしたちがたったいま出ようとしたドアを開いた町田先輩であった。



 外はすっかり暗くなった。地域住民からお菓子をせしめて帰ってきた子どもたちは、公民館に準備されていた出し物も遊びつくしてしまったらしい。畳敷きの大部屋に戻って来て友達同士で談笑したり、時分時になって惜しみながらも帰宅したり。

 出し物に協力するでもなく、大部屋で控えていたわたしたちも、手持無沙汰になってきた。最初はまだ忙しかった。騒がしく、言うことを聞かない子どもたちを静かにさせるとか、適切に案内するとかいう仕事は、楽ではない。この手のことは、桜木先輩のほうがこなれていた。

 まもなくイベントがお開きになれば、脱出ゲームなどの出し物を撤収する生徒会に先んじて、わたしと桜木先輩は帰宅することになる。もう何時間もアプリを起動していない、スタミナが溢れていなければいいのだけれど。

 子どもたちは、脱出ゲームを何の問題もなくクリアしているようだった。先刻までは、高校生でさえ時間内の脱出が危うかったというのに。

 というのも、桜木先輩が出題ミスを指摘したおかげだ。出題が干支の知識を要する高難度のものであり、しかも回答が二通り考えられる三番目の問題は、さすがに難があるだろう、と。被験者として忌憚のない意見を述べた。

 指摘をされるや否や、総責任者たる町田先輩は、

「え、どうして! 椅子の上にはウサギがいたはずなのに」

 と驚いてから、

「セッティングのときに、ウシとウサギを聞き間違えたのかな? 誰が設置したんだっけ? ……憶えていないなら、もしかすると栞里さんが間違えたのかも。とにかく、正しい状態に直さないとね」

 とのことだった。

 胡散臭い、と言わんばかりに唇を結んだ桜木先輩の表情は、横目に見ただけでも網膜に焼き付いている。

 町田先輩が言うように、本来ウサギが椅子の上にいたのなら、桜木先輩が抗議した点は問題にならない。十二支をもとに考えるか、室内での配置で考えるかはともかく、「イヌの上にいるウサギ」から正答に至れることには違いないのだから。二通りの考え方があっていいのかは、課題として残るかもしれないが。

 さらに、問題はもうひとつ残されている。

 子どもたちがもうすぐ戻ってくる、と焦っていた町田先輩は聞き入れてくれなかったが、ゲームを終了して部屋を出たあと、桜木先輩は彼女に対してしきりに要望していた。


「倉庫の中を見せてくれ」


 と。



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