2-8

 ぬいぐるみを調べるために時間を食ってしまい、タイムアップまでは五分を切っていた。

「葉山の言う通り、考えるべきは暗号だね。数字の大小が大きなヒントだ」

 そう言って先輩が拾い上げたのは、卓上カレンダー。

「問題文中の数字で最も大きいのは『12』で、注記の中に『30』より小さい旨が記されている。これらの数字からカレンダーを思いつくのは、そう難しくないよね」

 なるほど、ちょうど月日の最大値と一致するところからヒントを得たのか。

 カレンダーは和風の庭園の写真をあしらった、場違いにも渋いデザインのものだった。調べてみると、すぐに怪しいものが見つかった。もともと開かれていた三月のページから一枚めくり、四月のページを見ると、庭園の写真の上に白い紙が貼りつけられていて、大きく「え」と書かれていた。

 ぱたぱたとめくってすべての月を確認する。


 一月、み。

 二月、の。

 三月には細工がされていない。

 四月、え。

 五月、へ。

 六月、ぬ。

 七月、く。

 八月、ち。

 九月、う。

 一〇月、ま。

 一一月、い。

 一二月、せ。


 これを問題文にあった「(11) (7) (6) (2) (8) (9) (12) (4)」に対応させると、


 い、く、ぬ、の、ち、う、せ、え。


 となる。

「意味の分からない一文にも見えるけれど、『三〇を超えるな』という注記を見ればいい。これは要するに、『三一日のある月』を除け、ということだろう」

 該当する月は、一月、三月、五月、七月、八月、一〇月、一二月。問題文からこの月の平仮名を取り除くならば、わかりやすい文章が取りだされる。


 いぬのうえ。


「イヌの上――ぬいぐるみの配置は入室時と変えていないよね。なら、きっとそこだ」

 これで三問目も解決だ!

 再度ぬいぐるみの集められた一角に赴き、「イヌの上」に何があるかを確認する。ちょうど、ぬいぐるみの隊列の中には、ひとつだけ椅子が置かれている。その椅子の足元にトイプードルを模したぬいぐるみがあるのだから、わかりやすいものだ。

「……あれ?」

「どうした、葉山?」

「いえ、何でもありません」

 考え過ぎだろうか? わたしが直感した動物と、違う動物がいる。

 いや、わたしの直感は、この空間が正しくテーマ通りに作られていた場合の正解だ。それほど作りこまれていなかったのなら、たったいま発見した動物で間違いないのだろう。これは、天保の天才といえども高校生が作った問題だ。

 わたしは、ウシを連れてきて椅子に座らせた。

「よし、撮影して送信しよう。これで脱出成功だ」

 先輩はそれまでの二問でしてきたように、腰掛けたウシを写真に収め、送信ボタンをタップした。

 正解なら、ジャックが喋りだす。

「……おかしいな」

「何も起こりませんね」

 間合いが長すぎる。写真は正しく送信されたようだから、初鹿野くんはすでに写真を受け取っているはずだ。写真の判断に手間取ることもなかろう。

 業を煮やした桜木先輩は、待機画面から前の段階に遷移して、撮影しなおした解答を送信した。構図が悪いのではないかと、見えやすく工夫したり、ウシの姿勢を変えたりしながら。

 でも、時間が無駄に過ぎただけだった。

「もしかして、不正解なのでしょうか?」

 腰に手を置いた桜木先輩は、不満げに眉を顰めている。わたしの問いに対しては、彼が自身の考えを言うのではなくて、問いを返してきた。

「そうやって訊くということは、葉山は不正解だと思っているのかい?」

 以前、彼はこう言っていた――「他人に訊きたいことは、自分が訊かれたいことでもある」今度もその考えに基づいて、わたしに尋ねたらしい。

 いまは、確かにそうだと思う。


「はい。たぶん、ウサギが答えだと思うのですが」


 ウサギ。

 この部屋にいてもいいはずの、もうひとりの登場人物。

 屋外で開かれたお茶会。六時で停止した時計。どこか常軌を逸したふうの、帽子を被った主人。オマージュにしては現代のハロウィンに寄せすぎて、原型を留めていないところもある。それでもこれだけヒントがあれば、誰もが思いつく名作がある――正確には、その名作の一場面がある。

「ウサギか……わからないでもない」

 わたしの考えを聞いて、彼も納得しかけているようだった。息を吐いて、腕を組む。腕の動きに合わせて襟が膨らんで、それに押されたリボンが傾いた。

 ウサギのぬいぐるみは、イヌの近くにはなくて、ネコの隣にある。イヌの上、という暗号の結果と、ウサギという推測される模範解答とをこじつける術はないものか。

「……もしや」

 彼は再度卓上カレンダーを拾い上げる。それから、大きく息を吐いた。

「こんなもの、子どもに解かせる問題ではないだろう!」

 和風のテイストのカレンダー。その表記も和風のもので、特徴的なのは日付ごとに記された五行十干十二支。一二の動物が七日間に配されている。動物が一巡するサイクルも、一週間の七日のサイクルも一定に決まっているから、各動物のカレンダー上の位置関係も常に同じ。そこで見ると確かに、わたしの予想は的中していた。


 イヌの上にウサギがある。



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