調理部部長のリボン

大和麻也

Prologue

0-1

 稲穂を象った校章が、学校の伝統と誇りを示すシンボルである。

 厳密には、それは大学が掲げているのであって、附属校高等部の制服の胸に刻まれるときには、デザインの下部にHigh Schoolと加えられる。校章のついたグレーのブレザーならすでに三年間着用してきたのだが、ご丁寧にもJ.H.Schoolと胸に付されているため、進級時にわざわざ一式を買い替えなくてはならない。

 デパートの最上階、制服を委託販売する店にいる。

 採寸を終えて試着室を出ると、店内には見慣れた校章がいくつもあったことに気づいた。三年前に同じ店で稲穂のそれを見つけても、それはマネキンやラックにかけられた見本のうち、わずか一角にすぎなかった。ところが、いまはその数が増している。買い求める人が増えたわけでもなく、販売数が増えたわけでもない。

 制服そのものが増えたのだ。

 どれにするか迷うね、というお母さんの言葉に、わたしはむっつりと答えた。

「普通でいいよ、グレーので」

 去年から高等部では制服の種類が追加されて、用意された中から自由に選べるようになった。ブレザーは従来の明るいグレーのものに加え、濃紺のものが着られる。男子のスラックスと女子のスカートも同様に二種類となり、グレーにチェック柄か、紺の無地にできる。ワイシャツも、学校指定を含めて薄い色なら白色以外のものが着られるらしい。

 こうした変更は、伝統ある私立学校では珍しいという。特に、稲穂のシンボルが輝く名門、天保てんぽう大学が擁する附属校ということを踏まえたら、異例中の異例である。背景があるとすれば、少子化による生徒の奪い合いが激しくなったからだと噂されている。

 せっかくなら迷えばいい、と、お母さんはわたしの意見を斥ける。そういうことに興味のある人なら迷い甲斐があるかもしれないけれど、あいにく、わたしはそういう類のことをよく知らないし興味もない。

「買い替えなんて面倒なだけ。中等部と同じのを着られればいいのに」

 わたしが意見を曲げるつもりがないとわかって、お母さんは従来通りのグレーを指定して、申込書に記入を始めた。

 しばらくして、お母さんの手が止まる。リボンをどうするか問われた。そういえば、リボンやネクタイも選択制になったのだった。女子のリボンは、飾りの大きなものか、細いタイにするかを決めなくてはならない。ストライプかドットかを決めるだけの男子は楽なのに。

 少しだけ迷った。紺地にスクールカラーの緑のラインなのは、どちらを選んでも変わらない。新しく加えられたタイのほうが大人しい印象で、自分には選びやすい。しかし、新しい形であるだけに、それを着用している高校生が何人いるかよくわからない。

「……いままで通りでいい」



 デパートから直通している最寄り駅のビルに入ると、天保の生徒の気配が漂いはじめる。わたしと同じく制服を新調する目的の生徒もいれば、部活動のために学校へ行き来する生徒もちらほら見つかる。自分が制服を着ていないときに限って、街の中をうろつく制服が浮き上がって見えるものだ。

 天保の人間とは目を合わせたくない。お母さんを置いてすたすたと歩き、さっさと改札を通過してしまいたい。ポケットに手を突っ込むと、定期入れを取りこぼして改札前の床に転がしてしまう。立ち止まるわたしを追い抜いて、何人もの人が改札を通過していく。

 身を屈ませ、口を尖らせたい心地でパスケースを拾い上げると、自分のすぐ横をグレーのチェックが通りすぎた。

 ――天保の制服だ。

 さっと顔を伏せてしまいたい気持ちもあったが、相手はわたしを気にも留めなかった。前を向いたまま、早足に改札をくぐる。当然だろう、すれ違ったスラックス姿は、高等部の生徒のようだった。制服すら着ていない中等部の女子に気づくわけがないのだ。

 違和感。

 いまの高校生、何かが変だ。


「あの人……女の子?」



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