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 桜木先輩の言葉に唖然としていた。

 彼はわたしのこれからの行動を言い当てていた。アプリゲームのメンテナンスが六時に終わり、推しキャラのイベントが始まる。特に初日のランキング報酬は絶対に逃せない。課金をしてでもきょうのうちに完走し、周回で他ユーザと差をつけてしまいたかった。

 でも、どうして彼はそれを見抜けたのか。わたしの行動はわたしの頭の中にしかなく、ゲームの情報だってスマホの中にしかない。鞄にストラップを付けているから、彼はそれを見てわたしがゲーマーであると見抜いたのだろうけれど、それ以上は知られるはずがない。

「どうして……?」

 うっかりそう漏らしてから、しまったと思う。ゲームのために帰るのか、という彼の指摘が図星だと知らせているようなものである。

 案の定、彼は笑っていた。

「まあ、座ってよ。疑問には後で、皿洗いをしながらちゃんと答えるから」

 座りたくなかった。わたしの行動をどう見抜いたのか問答するくらいなら、さっさと帰ってアプリを起動したかった。できれば帰りの車内でも。コンビニに寄ってギフトカードを購入する時間も欲しい。

 しかし、ちらりと窺った鮎川先生と目が合ってしまう。

「葉山、桜木は誤魔化せないよ」

 にこやかな表情に屈して、わたしは腰を下ろした。

 時間は惜しいけれど、片づけをしないで逃げるわけにはいかないようだ。



 先輩が洗ったカップの水滴を布巾で拭きながら、問うてみた。

「それで、どうしてゲームをしたがっているとわかったんですか?」

 彼の視線は皿洗いのため下に向けられているが、口許ではにやにやと笑っていることが見てとれた。

「アニメのキャラか何かのストラップを、鞄に付けているだろう? ついでに、分厚いレンズの眼鏡をかけている。そこから第一の発見、葉山はどうやら、なかなかのゲーマーらしい」

 隠していたわけではない、感づかれても無理はない。でも、それだけだとしたら、彼は見抜きすぎている。わたしが急ぐ理由と、ゲーマーであることは別問題である。

「第二の発見は、定期券。乗車区間を見るに、乗車時間はだいたい二〇分。徒歩の所要時間まではわからないけれど、天保と窪寺くぼでら駅間の時間も考えれば、少なくとも三〇分は通学に時間をかけるだろう。とすると、葉山の用事は六時ごろ」

 カップの次に、ケーキを載せていた皿が手渡される。まだ調理器具を洗いはじめていないので、すべて洗いきるまでにまだ時間がかかりそうだ。さっと手早く水滴を拭う。

「葉山さん、丁寧にね。学校の備品だから」

 鮎川先生に横槍を入れられて、どきり。

 課金額を増やしてガチャで特攻キャラを引き当てれば、一時間遅れでイベントに参戦しても間に合うだろうか?

 それでね、と桜木先輩が話を元に戻す。

「六時に用事があるという第二の発見と、第一の発見を結びつける。ゲーム関連で六時から用事がある、しかもぴったりの時間に間に合いたいとすれば、スマホのソーシャルゲームだろう。その時間にメンテナンスが終了して、新しいガチャとイベントが始まるんじゃないかい?」

 悔しいくらいに言い当てられている。反撃をできないものか。

「そうは言っても、考えが短絡的じゃないですか? 家族で外食するのかもしれないし、歯医者の予約があるのかもしれない」

「葉山の言うとおりだね。それらの予定でないと言えるとすれば、ここに寄り道したことだろうか。他人と約束する類のことなら、余裕を持って行動しそうなものだ。直感の話になってしまうけれど、葉山は勉強こそからっきしでも、真面目なタイプだと思う」

 補習に行っていたこともバレていたのか!

 そうか、家庭科室に顔を出したタイミングからわかっていたのだろう。五時ごろの中途半端な時間、多くの生徒は帰ってしまったか部活に参加しているかだ。そのどちらにも該当せず、特別棟を歩き回る生徒は限られる。

「もっと妥当な理由もあるよ」

「何ですか?」


「『お腹が空いていた』と言っていた」


 わたしがケーキを食べていたときの発言だ。

 話に関係があるのなら仕方ないが、蒸し返してほしくなかった。顔が熱くなる。そもそも、わたしの空腹から何がわかるというのか。

「詳しく理由を聞かないの? 訊くことは大切だ」

 イケメンを台無しにする、腹の立つ煽りだ。

「どうしてですか?」

「失礼ながら、葉山は細身だから僕のように大食いとは思えない。そんな女子生徒が夕方に空腹を訴えるのだから、昼食は量が足りなかったか、食べられていないかだと思った。そうだとすれば、弁当を持って通学していないとわかる」

 確かに、お母さんが弁当を持たせていれば、決まった量が食べられるはずだ。事実、わたしの家は両親が共働きで朝は忙しく、娘も寝起きに弱いため、誰も弁当を作らない。

「さて、昼食代を受け取っている葉山だが、きょうは満足にお昼を食べていないらしい。とすると、お金をケチっている可能性がある。浮いた昼食代と小遣いを足し合わせて買いたいものとは何か? 高校生の経済力ではなかなか高額のものだ……それは葉山の趣味からして」

「課金アイテムだろう、と」

「そういうこと」

 自慢げな笑顔で、次は泡立て器を差し出された。わたしはケーキを食べただけで、部員ですらないのだから、調理器具まで洗う義理はないはずなのに。働かざる者食うべからず、ということか。

 それにしても、思わぬところから私生活を見抜かれてしまった。口は災いのもと。というか、女の子の発言から行動を見抜こうだなんて、桜木先輩はひょっとしてかなりスケベな人なのではなかろうか。カッコイイ顔に免じて許されると思って、わたしのような冴えない女子にまでちょっかいをかけるとは。

 ただ、鮎川先生の信頼は得ているようだし、先生の認める観察眼があるなら優等生なのだろう。料理の腕も、ナンパ目的で磨かれたものではないはずだ。桜木恵都、不思議な人である。

「ところで」

 最後に焼き型を拭いて棚に戻そうしていると、彼は突然、わたしに手の平を向けてきた。

「そろそろ返してくれないか?」

「あっハイ。……何を?」


「僕のリボン、いつまで付けているんだい?」



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