2-4
「来なくてもよかったとは、ご挨拶だな」
互いに不信感を隠そうともせず、二年生のふたりが斜め上の挨拶を交わす。
生徒会長の視線の先を見れば、彼女が調理部部長を快く思っていない理由は明らかだった。身長が同じくらいのふたりが向かい合うと、町田先輩がやや下に目を向けているとわかる。
立場上、トラブルの元凶になりうる恰好の人間には、自然と悪感情を抱くのだろう。
「人手不足にも見えるが。顧問の先生は?」
桜木先輩が状況を問うと、町田先輩は幾分か表情を和らげた。やるべきことがあって利害が一致していれば、わざわざ喧嘩をしたいわけではないと見える。根深い仲違いではないようで、わたしは勝手に安堵する。
「各々都合があって、役員は四人しか来られていないの。いまこの建物にいるのは、私と
ちょうど、すぐ隣の倉庫のドアから眼鏡の男子生徒が姿を見せた。脱出ゲームの準備が終わって、会長たちの様子を見に来たのだろう。紹介されたと気づいて、「どうも」と遠慮がちに会釈した。
「残りのふたりは子どもたちと一緒に仮装して、外出しているの。協力してくれる家を回って『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』って。先生もそっちに同行しているから、あと小一時間くらいは留守番」
「なるほど、状況はわかった」
わたしと桜木先輩の役割は、お菓子を作る以外は端役だと聞いている。大部屋に控えて子どもたちの話し相手になるとか、トイレの場所を案内するとか。それくらいの仕事なので、生徒会役員と確認する事項は多くない。
「それにしても、四人だって? 栞里先輩を数えていないよな?」
「それはねぇ、もう帰らなきゃならないからだよ」
ばん、と大きな音とともに背後のドアが開かれて、町田先輩は不意に背中を扉で叩かれる。「痛い」と言わせる間も与えず、三たび、榊先輩が飛びだしてきた。
「元役員のよしみで連絡役とか設営の手伝いとかを買って出たけれど、あたしはあくまで三年生、引退した身だからね。この場は後輩たちに任せて、これから塾へお勉強に行くことにするよ。じゃあね、バイバイ」
一方的にそう伝えると、彼女は手を振りつつ踵を返して去っていった。町田先輩は背中をさすりながら、独言をこぼす――「まったく、忙しない先輩だこと」
数秒間、呆気にとられる。
榊先輩の気配が遠くなって我に返ると、「それで」と町田先輩が話を再開する。
「栞里さんから聞いたと思うけれど、しばらく仕事がないうちに、私たちの出し物の最終チェックに協力してもらいたいの。まあ、正直確認の必要はないと思うのだけれど、万が一にも不具合を見落としていたら悪いから」
親指を立てて、背後のプレイルームを指さす。
脱出ゲーム――架空の密室にプレイヤーが入れられ、そこに仕掛けられたクイズやギミックを解明していくことで脱出を目指すゲーム。この手のゲームならネット上にもごろついているし、最近は「リアル」と銘打って、実際に密室を作ってしまう遊び方も流行している。今回はその後者ということだ。小学生くらいの子どもにも楽しかろう。
密室空間が演出されるので、何らかのテーマに沿った部屋が作られることも多い。わたしと桜木先輩の役割は、出題の如何とともにそのコンセプトについて、体験して評価することだ。
「わかった、やらせてもらうよ」
桜木先輩の返事を聞くと、生徒会長はわたしにもアイコンタクトで返答を求めた。
「あっハイ。やります」
「じゃあ、どうぞ」
町田先輩は、ドアを開いてわたしたちに入るよう促した。
「僕と葉山だけで入るのか?」
「そう。私は部屋の外でタイムキーパー。本番でもそうするから、これも練習」
なるほど、子どもたちの入退室を管理する役割なのか。
立ち位置がドアに近かったわたしから先に、薄暗い遊戯室へ歩み入る。続いて桜木先輩も足を踏み入れようというとき、生徒会長が彼を呼び止める。
「桜木、ついでにもうひとつ協力してくれない?」
「何をしろと?」
「私の前ではリボン外して」
「イヤだね」
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