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 部屋は薄暗い。見ると、蛍光灯に色つきのセロハンやビニールが覆うように張り付けられ、窓からの自然光も暗幕で遮られていた。お化け屋敷ほどではないが、不気味さを演出するためだ。

 光量が限られた空間には、脱出ゲームらしく、あらゆるものが置かれていた。

 中央付近に置かれた低く大きなテーブルには、おもちゃのティーセット。小さなつくりのそれでも、洋風な模様が描かれていて、ティーカップがソーサーに乗せられるなど、本格的な見た目である。並べられた座席は、幼児向けの小さな椅子でセッティングされていた。

 部屋の右手奥には本来庭に出入りできる窓があり、それを隠す暗幕の前には、動物のぬいぐるみが多数、列を作るように置かれている。椅子に座っているものもある。イヌ、ネコ、ウサギ、ヒツジ、ニワトリ、ウシ、カエル、などなどなど。

 反対側を向けば、ドアと窓がある。プレイルームの隣の部屋は倉庫で、遊具や卓球台などが収納されている。その窓には倉庫内からカーテンがかけられていて、ドアにも「出口」と張り紙されているので、どうやら倉庫までゲームを構成する空間になっているようだ。

 それ以外にも、わざとらしく配置されたものが目につく。小さな机や棚がちらほらあって、意味ありげな本や六時で止まった置時計などが無造作に収納されている。かわいらしいが名前のわからない植物が植えられた植木鉢。コンセントの抜かれた扇風機。なぜか三月のページを開く卓上カレンダー。舞台の大道具で使うような芝生のハリボテ。

 一見、コンセプトも何もないまとまりのようだが、わたしにはわかる。この部屋は、屋外の設定で作られているらしく、ティーセットが決め手となって、オマージュした作品のテーマを示唆している。

 ただ、テーマより先にゲームをクリアしなくてはならない。何せ、気になるものが散らかる遊戯室内で、何よりも目を引くデカブツが堂々と中央に位置しているのだから。

『やあ、ようこそ来てくれたね。思いのほかかわいいお客さんだ』

 突然話しはじめたのは、黒ずくめのカボチャ――もとい、ジャック・オ・ランタンの面を付け、とんがり帽子を被ったマネキンだ。マントの下で台にでも乗っているのか、背が高くその顔を見るには少し見上げるようである。面の内側でオレンジ色の明かりが点滅し、カボチャの目や口がチカチカと気味悪く輝く。

 いかにもハロウィンらしいが、ちょっと要素が混雑していないか。ましてコイツは、ただのカボチャの化け物としてこの部屋に存在しているわけではない。

『私の名前はジャック。私のお茶会へ来てくれて嬉しいよ』

 ジャックの声は、テレビで匿名の者が語るときのような、音声のモザイクがかけられている。ボイスチェンジャーでも使いつつ録音されたのだろう。

「マントに隠れるようにして、チョーカーにスピーカーが付けられているのか。録音した音声を、倉庫から無線で飛ばしているのかな?」

 桜木先輩は興味津々という風に、ジャックの首元に手を伸ばした。ごそごそとマネキンの身に付けているものを物色する。

『ちなみにみんな、きょうは何の日か知っているかな?』

 妙ちきりんな声で、気の抜ける質問をする。子どもの興味を引くためか。

『そう、ハロウィンだね』

 数秒の間を空けて、カボチャは自問自答する。高校生の挑戦者ふたりは、くすりと笑ってしまう。

『そのハロウィンの日に、私はお茶会のお菓子が欲しかったんだ。そこにちょうど、お菓子をたくさん持ったお兄さんが通りかかった。だから私は問いかけたんだ。「トリック・オア・トリート!」とね』

 すると、倉庫の窓のカーテンがざっと開かれて、中から眼鏡の男子高校生――初鹿野くんが顔を出した。切羽詰まった表情を作って、窓を叩く演技をする。くぐもった声で「助けて!」とも。

 さらによく見ると、彼の背後の机にお菓子が積み上げられている。

 わたしたちが持ってきたクッキーだ。

『ところが、「このお菓子はみんなで食べるものだ」と言って聞かなくてね。仕方がないから、私は約束通り彼を閉じ込めることにしたのさ。だって、訊いたじゃないか! 「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」とね』

 このカボチャ、割と鬼畜だ。

 とはいえ、演出という意味では納得した。子どもたちに脱出ゲームに取り組む意欲を起こさせるための、簡単なストーリーなのだ。

『私にはお菓子をくれなかった強情な彼だけれど、助けてくれた人になら、お礼にお菓子をくれるかもしれないね。もちろん、私のせっかくのイタズラだから、タダで出させはしない。彼を出してあげる条件として、キミたちには私が出す三問のクイズに正解してもらおう。そうすれば、閉じ込めた部屋の扉を開けてあげよう』

 ようやく出題か。

『さあ、私の持っているタブレットを受け取ってくれ。キミたちはそのタブレットを使って、クイズに解答するんだ。乱暴に扱ってはいけないよ』

 桜木先輩は指示通り、マネキンが腕に抱えていた端末を手に取った。




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