2-6
タブレットの液晶をタップすると、ゲストアカウントでログインされたのか、脱出ゲーム用の画面が表示された。
「倉庫の彼は初鹿野といったか。機械がかなり得意なようだね」
桜木先輩がそう言うので、倉庫のほうを見やる。カーテンはいつの間にか閉じられていた。
試しにとばかり、桜木先輩がジャックのマントを引っ張ってみる。
『ああ、やめてくれないかな。痛いじゃないか』
なるほど、そういうことか。
初鹿野くんはただ閉じ込められる役を演じているだけではない。ゲームをクリアした際に景品のクッキーを手渡す係でもあるが、それ以上に重要な役割も担っている。
彼は、いわばゲームマスター。倉庫からプレイルームの子どもたちの動向を観察しつつ、それに合わせてスマートフォンか何かで指示して、ジャックに喋らせているのだ。
倉庫に配置されるスタッフは、ゲームの進行をよく知っていて、機械の操作に長けた人物である必要がある。桜木先輩の言う通り、タブレットのシステムを構築したのも彼なのだろう。
『それでは、最初の出題だよ。それぞれの問題には、写真を撮って答えてほしい。画面をよく見るといい』
ジャックの声掛けに、わたしたちはタブレットを覗きこんだ。画面の表示とともに、ジャックが問題文を読み上げる。
……に、なるもののしゃしんをとれ!
二種類の文字を結びつける定番の出題だ。今回は、アルファベットと数字か。
タブレットの画面には、問題文の下にカメラのマークがあった。それをタップするとカメラのアプリが起動する。桜木先輩が実験のつもりで適当にシャッターを切ると、画面はさらに変わって、送信するか撮りなおすかという選択画面に切り替わる。送信すると、初鹿野くんの端末に答えが送られて、答え合わせが始まるのだろう。
これだけのシステムを準備するとは、大人顔負けというものだ。彼も天保の天才に違いない。
「操作性は確認した。さっさと解答しよう。制限時間は長くないらしいからね」
問題の画面の右上では、タイマーの数字が動いていた。それによると、制限時間は一〇分を切っている。どうやら解答を開始するとタイマーが起動するらしい。一問一〇分では長いから、一〇分間に三問解け、ということだ。
さて、答えは何かな。子どものレベルに合わせた問題だから、そう難しいはずがない。とはいえ侮りすぎれば、年齢を重ねたがゆえの頭の固さに邪魔される。
……などと考えはじめようというとき、ぱしゃり、とシャッターが切られる音がした。
「答えは時計だ。考えるまでもない」
わたしと一緒に確認することもなしに、彼は送信ボタンを押した。
時計、という答えを聞けば、確かに、理由を問うまでもない。
アルファベットと数字を結びつける必要はなかった。時計の二本の針が作る形を想像することができれば、単純に答えが導かれる。「L」とは「3時」のこと、「I」とは「6時」のことなのだ。しかも、電池の抜かれた置時計は、入室時にはすでに「I」を指してヒントとなっていた。
簡単すぎる気はしてしまうが、本来解答するのは子どもだ。アルファベットを読めない子もいるだろうし、難解な解法を想定するわけにはいかない。
一〇分の制限時間でも、決して短すぎることはない。まして高校生では、一問目の解答時点で一分と要さなかった。
送信ボタンを押してから数秒して、
『すごいじゃないか、正解だよ!』
とジャックが嫌味な調子で正答を知らせてくれる。タブレットにも「正解!」と表示されて、画面は次の問題へと遷移した。
『では、二問目の問題だよ』
「ある」
・たべほうだい
・ホース
・コースター
「ない」
・のみほうだい
・じゃぐち
・なべしき
……「ある」のなかまを、このへやからみつけてしゃしんにとりなさい!
桜木先輩は、ジャックが問題文を読み終えるよりも先に、ふん、と鼻で笑った。
「一問目よりは意地が悪いし、アンフェアな気もするが、そう難しくはないね」
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