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 由菜は高等部から入学した、とても可愛らしい子。

 由菜に言わせれば、私は「天保で最初の友達」だったらしくて、そう言ってくれた由菜は私にとっても大切な友達。仲良くなるのにきっかけも何もなくて、強いて言えば選択した音楽の授業が一緒だったくらい。そういう友達のほうが案外、重要だったりするの。わかる?

「カワイイ」が口癖で、ファッションも小物も、そういうものの話題には事欠かない子だった。天保を選んだ理由に、制服を可愛いと思ったことも話していたよ。

 本人の容姿も、アイドルみたいに完璧だった。そうでなければ、お人形。理想的な要素を寄せ集めた作り物とでも思わなければ、その差は受け容れがたかった。ボーイッシュな可愛さがまた、敵わないと感じさせたね。写真を見たなら、わかるでしょ?

 そういう話題とルックスのおかげで、由菜は男女ともに人気だったね。男女分け隔てなく、友達は多かった。図抜けて明るいせいもあって、自分のことまで「カワイイ」と言っていたのには、周りもちょっと驚き気味だったけれど。

 何? 意外そうな顔だね?

 あのね、配慮を受けて、誰かに助けられるような子が、いつだって弱々しくてウジウジしているとは限らないの。それこそ偏見でしょ?

 それに、入学当時はそうではなかった。

 普通に女子制服を着ていたもの。

 ……また意外そうな顔をして。

 いま振り返って考えれば、私としても意外だよ。学校は校則を変えて、事情があれば女子が男子制服を着ることを認めている。でも、由菜は、入学前の時点で男子制服を着たいという意志をはっきり示していなかった。言い出せなかったんだと思う、理解されないと思って。

 女子制服についてどう言っていたかって?

「カワイイ」と言って気に入っていたよ。これも意外? だとしたら、勉強不足なんじゃないかと思うけれど。まあ、いいか。由菜の感覚が独特だったのは事実だし、そのせいで騒ぎが大きくなったのも確かだから。

 で、由菜の様子が変わりはじめたのは、五月ごろ。

 そのころからだんだんと、本来の明るさがなくなっていった。

 五月と言えば、フィールドトリップも済んでクラスメイトと打ち解けるころ。由菜ほど明るいタイプの子なら、その時期にはますます友達を増やしているはずだった。それなのに、私とばかり話すようになった。それどころか、遅刻が増えて、学校を休むことさえままあった――体調不良を理由にはしていたけれど、それにしてはちょっと妙だった。

 心配していろいろ聞いてみたよ。あまり話してはくれなかったね。話しにくいことなのだろうな、とは想像していた。

 当然、私が何も知れなかったわけではない。時々、ぽつりと愚痴を言うことならあった。


 スカートが嫌だ、制服が嫌だって。


 最初にそれを聞いたときは「気に入っていたのに変だな」としか思わなかった。

 由菜の不平はどんどん増えていって、遅刻や欠席も多くなっていった。学校に来ても、保健室や職員室で先生と話しこむことも。ここまでくれば何かを悩んでいると気がついたのだけれど、友達だからこそ話にくいこともあったみたい。詳しいことは、やっぱり教えてくれなかった。

 明確な変化があったのは、二学期。

 始業式の日に由菜は休んでいた。その代わり、始業式のあとに開かれた学年集会で、先生から由菜についての話があった。名前も挙げず、具体的な状況を話したわけではなかったけれど、「心の問題で、男子制服を着たいと話す女子がいる」と説明された。だから、偏見を持たないように、とも。


 翌日から、由菜が男子制服を着て登校してきた。


 そりゃ、みんな戸惑ったよ。学年集会でさらっと説明されただけだもの。しかも、「カワイイ」が口癖の、誰よりも女の子らしい由菜なんだから。どう迎えていいかわからなかった。呼び方もわからなくなるくらい。

 当の由菜は、元気そうだった。以前の明るさを、少しだけ取り戻したみたいで。

 戻ってきた由菜と、困惑する同級生――ギャップがあった。見ているのも辛い有様。色々な醜いものが噴き出した感じ。なんたって、見た目が変わったんだから。誰もが放っておかなかった。考えが未熟だと、からかうのにちょうどいい相手に見えただろうし、珍しいものには触りたくなるものなんだと思う。

「おしゃれのつもり」

「女のくせに」

「女のオカマ」

「気持ち悪い」

「非常識」

「中二病」

「異常」

「変態」

 陰に陽に、ひどく汚い言葉が聞こえてきた。

 私もよく巻きこまれたよ。「ふたりは付き合っているの?」「江森さんは町田さんが好きなの?」なんて堂々と訊いてきた人がしょっちゅう。明らかに興味本位で、笑いながら訊いてくる人もいれば、至って真剣に、知っておいて当然という態度の人もいた。

 いじめ?

 ああ、うん。そう呼ぶべきだったかもね。

 無神経な物言いをする生徒を見れば、先生たちはちゃんと叱っていた。でも、由菜や私にはフォローのひとつもしなかった。生徒を注意する物言いも、由菜のことを「そういう人もいる」なんて言い方するの。まさに、腫れ物に触れるような扱い。そもそも、どうやってフォローすればいいか知らなかったのかもしれない。

 由菜に味方はいなかった。最初から敵か、味方のツラをした敵か。無関心を装っても腹の奥では敵だっただろうし、そもそも味方でない時点で敵と同じ。そういう敵と味方の関係には、仲裁してくれる人はそもそも存在しない。


 だから、友達として心に誓ったよ。

 私は由菜の味方でいないといけないって。

 私だけは由菜の味方でいないといけないって。

 元気に振る舞っていても、心の奥では傷ついているだろうから。


 由菜の心の性別が女でなく男だったと割り切ってみたら、いろいろと気がついたよ。

 クラスに慣れたころに元気を失くしたのは、女友達と感覚が合わないと気がつく時期でもあったから。もしかすると、フィールドトリップで同じ班だった子と相性が悪かったのかも。

 私に事情を話してくれなかったのは、私が由菜を女の子だと信じて疑っていなかったことに、由菜も気がついていたから。まして、あの子にとっては異性にデリケートな悩みを打ち明けることになる。

 クラスメイトから陰口を叩かれても、男子制服を着てけろりとしていたのは、ひょっとすると由菜はそういうことをすでにたくさん経験していたから。あの子はきっと、味方がいない状況に慣れてしまっている。

 そう思うと、申し訳なかったよ。由菜が無理をして、女子制服を「カワイイ」と言って着ていたとしたら? 男の心を隠したいのが本心で、「カワイイ」はカモフラージュみたいなものだったとも考えられる。私たちが褒めていた「カワイイ」外見が、本当は強いコンプレックスだった可能性も、否定できない。

 それだけに、したい恰好をできて気分が晴れたなら、嬉しかった。本当に望ましい解決だったのかはわからないけれど、由菜が元気なのが一番だから。どんな恰好でも、どんな性別でも、由菜は由菜。友達が悩みなく過ごせるなら嬉しいでしょう?

 だから、由菜の言葉には驚かされた。

 あの子は、男子制服を着ても不満が完全になくなったわけではなかった。


 男子制服はカワイくない、と言い出した。





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