4-6

 由菜を貶したいわけではないのだけれど、男子制服を着られたことで変なふうに気が大きくなってしまったみたい。


 ある日、男子制服にリボンを付けて登校してきた。


 クラスメイトは唖然としていたよ。心は男の子だと知らされていたはずなのに、リボンを好むなんて思わなかったから。男とも女ともつかない服装に、心底驚いた。

 どうしたのか訊いてみたら、由菜は屈託なく笑って言った。


「だって、ネクタイだとカワイくない」

「天保に入学したのは、制服のリボンがカワイかったから」

「若くてカワイイうちにカワイイ恰好をしたいと思うのは、当然の権利でしょ?」


 意味不明、が正直な感想。

 だってあんた、心は男でしょ? ――叱ってやりたかったけれど、口には出せなかった。由菜は自分の心をずっと隠してきたのだから、私がそんなことを言おうなんて、何様のつもりなの?

 知らないよ、とだけ言っておいた。それしか言いようがない。

 朝礼後、由菜は職員室に呼び出された。授業が始まっても返してもらえないほど、こっぴどく怒られたらしい。たぶん、特別に男子制服を着ているのにどういうつもりか詰問されたのだと思う。男子制服と女子制服は明確に区切られているのだから、それをあべこべに着てしまっては、特別な配慮なんて関係なくただの校則違反だもの。学校側は裏切られたことになるから、のっぴきならなかったのだろうね。

 その日は、すぐに早退した。

 でも、由菜は諦めなかった。

 次の日もリボンを付けて登校した。

 同じように先生から厳しく指導されて、泣き腫らした顔で教室に戻ってきた。由菜が言うには、「男なら男の制服を着ろ、女なら女の制服を着ろ」と言われたらしい。そういうルールなのだから当然だと諭しても、由菜は首を横に振った。


 そこまできたら、ただのワガママだと思わない?


 ルールを守ることが難しいから、特別に違う恰好を許された。それなのに、その恰好が気に入らないからと言って、さらにルールに違反する。与えられた解決策を、たかが好みの問題で蹴飛ばした時点で、あの子に正義はない。友達としても、由菜の意見を支持するより説得して直させるほうが正しいと思った。

 私は、由菜の味方でありたいとは思っていたよ? その決心は揺るがない。でも、それは由菜の主張がおかしいときまで味方できるという意味ではない。由菜は自分がワガママを通そうとするたびに先生に指導されて、泣くほどに傷つくこともあった。どうして、自分から悪いほうを選んでしまうの? 由菜が由菜らしく、明るい由菜でいるためには、ワガママを諦めるほうが明らかに健全だった。

 だから、私は変わらず由菜の味方のつもりでいた。

 着られるものをちゃんと着よう、私は諭し続けた。

 本人には、何も響いていなかったみたいだけれど。

 そういうことがどれくらい続いたのかな?

 最終的には、由菜の粘り勝ちだった。先生の指導は次第に、毎日は続かなくなった。時々呼びだされることはあったけれど、由菜は男子制服にリボンを付け続けた。


 ああ、当然気がついているでしょ?

 当時の由菜の恰好は、いまの桜木と同じ服装だよ。


 あいつが由菜と近づいたのもそのころだったはず。リボンを付ける前くらい。最初は「珍しい相手と話しているな」と感じる程度だったのに、だんだん、私より桜木と一緒にいる時間のほうが長くなっていった。

 桜木がどんな奴だったか?

 勘違いしないでね、その当時、変な恰好はしていなかった。

 校則の通りに、真面目過ぎるくらいに、きっちりと着こなしていた。

 桜木はクラスメイトの中でも目立たない奴だった。顔は良いくせに、共通の話題がなかったみたい。どこかスカした感じの性格で、腹の底で他人を舐めているようなところがあって、同級生のウケは悪かった。由菜を除いて。

 こんな言い方をすると由菜が可哀そうだけれど、クラスで浮いた存在同士、共鳴するところがあったのかもしれない。

 何も、私が桜木に友達を取られた気分になって嫉妬しているわけではないの。

 あいつは、由菜を唆したに違いない。

 そりゃそうでしょ。異装をやめるよう言っていた私から離れて、桜木と過ごすことを選んだのだから、由菜がワガママを通そうとするのは桜木に唆されたせいだよ。唆された、というのが違うなら、甘やかされたのね。

 由菜の留学が決まったのは、二学期の後半。成績は良かったけれど、制服を着崩す面では不良生徒の由菜が留学すると決まって、驚いた生徒もいたんじゃないかな。留学の話は、異装をはじめるより前、一学期のうちから話が進んでいたらしい。あと、留学関連の話をするときは、ちゃんと男子制服を揃えて着ていたそうだよ。

 三学期になると、由菜は完全に浮いた存在になった。

 私も、もうほとんど話さなくなったね。三学期は何かと生徒会が忙しいから、そのせいでもある。もちろん、由菜のためにできることはしたいと思っていた。態度を変えなかったのは、由菜と桜木のほう。

 由菜の遅刻や欠席は、去年のうちでも一番ひどくなったんじゃないかな。聞いた話では、出席日数がギリギリで、テストの成績が良くなければ留年も避けられないほどだったらしい。


 二年に進級すると、由菜は一日も学校に来なくなった。

 学校に来なくても留学の手続きは進んで、夏休み中に出発した。


 代わっておかしな行動を始めたのが桜木。

 リボンを付けて登校したり、男子部員のいない調理部に強引に入部したりした。最初は由菜と同じような配慮が必要なのかと思われたけれど、ほんの一週間やそこらで違ったとわかった。生徒会への投書も同時に始まっていたから、あいつの目的が校則の変更なんて無謀なものだと明らかになった。

 桜木は心も身体も男、あいつのリボンはただの校則違反。

 本人は「抗議の意思だ」と言って譲らないけれどね。

 当然、桜木だって何度も呼びだしを食って指導されているよ。それでも、由菜がそうだったように、諦めずにずっとリボンを付けていたから、しつこく咎められることもなくなった。それは、学校で孤立するということでもある。

 はっきり言って、私はあいつがどういうつもりか理解できない。

 あいつは由菜が苦しんだと思っているけれど、由菜は自分のせいで苦労したに過ぎない。由菜のワガママを応援して、無謀にも校則を変えようと主張している。巻き込まれる側のことなんか、ちっとも考えていない。

 あいつのやっていることは、由菜のためにならない。由菜のことを正しく理解していないうえに、不可能なことに対して意味もなく抗議している。由菜のワガママを叶える校則変更なんて、そもそも大義がない。桜木のやっていることは全部無駄、それどころか、大勢に迷惑をかけるだけ。由菜はもちろん、葉山さんだって迷惑を被るひとりでしょ?

 だから、私はあいつを許せない。

 生徒会役員としても。

 天保の生徒としても。

 由菜の友達としても。




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