Episode 2 -- 生徒会長の腹案
2-1
窓の外が暗い調理室で、榊先輩は自らが持ち込んだ仕事について説明を始めていた。
「子どもに配るお菓子を作ってもらいたくて」
曰く、イベントで配布するお菓子を、例年、天保高校調理部が提供しているそうだ。そのイベントというのが、今月末、市民の有志の団体が子ども向けに開くハロウィンの催しである。天保高校としては、地域への貢献という意味も込めて、生徒会が中心となって出し物に協力しているという。
聞いただけで面倒そうな話だ。生徒会が関わるあたり、「そういう人」たちが参加する類のものである。しかも、三〇人くらいは参加するという子どもたちに向けて、お菓子を作らなくてはならないなんて。
関わりたくないな、と思いつつ左手でポケットを探る。アプリを起動し、スタミナを消化すべく操作する。単純作業ならノールックでも慣れたものだ。
「イベントへの協力ですか」桜木先輩は腕を組む。彼の不安は、先に言った通り人手不足である。「それ自体はやぶさかではないのですが、できるかどうか」
「実現可能性の話ではないでしょ」迷う先輩をよそに、榊先輩のペースは崩れない。「生徒会がいるのが嫌なだけで」
左の手元の液晶とともに桜木先輩の表情を窺うと、まさに図星という顔。
これには彼に共感する。住む世界の違う人間と関わるのは疲れることだ。
方便を使ってでも避けたい気持ちも仕方がない。
「頼むからさ、参加してよ。向こうも調理部がひとりなのは知っていて、
榊先輩の口調には懇願する調子とともに、愚痴っぽさも混ざりだした。彼女が手を焼いているらしい美雨とは、記憶が誤りでなければ、五月に選出された新しい生徒会長だ。
「校外のイベントに参加するための準備や申請は間に合いますかね?」
食い下がって難色を示す桜木先輩は、鮎川先生に問うた。
しかし、顧問の教師はイベントへの参加に乗り気であった。
「余裕で間に合う。課外活動の届け出も承認も、そう時間はかからない」
舌打ちでもしたいというふうに、調理部部長は口を尖らせた。
これ以上難色を示しても、見苦しいだけだろう。
「ところで、葉山ちゃんだっけ? 他人事だと思ってない?」
「え」
ぎくりとして顔を上げると、榊先輩の視線がわたしの手元を向いていた。画面をオフにして、机の下でスマホをポケットへと帰らせる。
彼女はねっとりとした視線でわたしを舐めまわすと、一瞬、いやらしい表情を浮かべてから、ふと気になって問う素振りで質問した。
「アニメとか漫画とか好き?」
「ええと……詳しくないです」
「よかった、大好きなんだね」
デリカシーのない人だ!
わたしの声なき抗議が届こうはずもない。先輩は調子よく続ける。
「そういうことならね、葉山ちゃんにも手伝ってほしいんだ。生徒会の出し物について、コンセプトやデザインについて最終チェックして意見してくれる人を探していたの。身内の評価だけで子どもの相手をすると、思わぬ失敗があるかもわからないから」
世界観のアドバイザーになってほしい、ということか。
そういうことでお願いされて悪く思えない性である。そんな自分が憎い。
ただ、面倒なものは面倒なのだ。授業が午前中で終わる土曜日は、高校生にとって貴重な自由と趣味の時間である。できることなら時間を持て余していたい。
「でも、今月末の土曜日ですよね。もしかすると予定が――」
「あのね」
身を乗りだしてきた榊先輩が、口許に手を添える。
「参加すると代表の人から図書券がもらえるんだ。学校的にはNGなんだけど、額が少ないし生徒も有志の参加だからって黙認されているみたい」
図書券!
素晴らしい対価だ!
図書券とはつまり、現金と違ってガチャに沈まない資産である。たとえ少額であったとしても、漫画を手に入れるための安全な資金として魅力的。図書券とはすなわち、わたしにとって不動産である。あれ、なんか違う?
「……参加します」
たぶん、休憩時間くらいはもらえる。ゲームをする時間の心配はないだろう。それに、課外活動として認められるはずだから、もし当日に補習の予定が入っても公欠にして誤魔化すことができる。
仕方がない、シフォンケーキのお礼も兼ねて手伝ってみよう。
そのついでに図書券がもらえるのなら、おまけにしては上等だ。
「恵都も、やってくれるよね?」
榊先輩の念押しに、桜木先輩は降参するようなジェスチャーで応えた。
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