1-7
疑問は解消されていない。
「時間がかかる」とは、桜木先輩が先刻――元部長が来室する直前――に「ただ」と言いかけて途切れてしまった言葉の続きだろう。つまり、彼女の闖入があろうとなかろうと、彼はわたしに説明する気がなかったということだ。
彼とわたしは赤の他人なのだから、彼が語る義理もなければ、わたしが知ろうとする意味もない。天才の巣窟であり、それゆえに一般的な感覚を逸脱した人間がごろついている天保高校では、ありふれた話のひとつとさえ考えられる。ましてわたしは、さっさと帰りたいのだ。偶然出会った奇天烈な人々とつるんでいる暇はない。
それでも、引っかかってしまう。
見た目にも奇抜だから? 先生も指摘しないところに裏がありそうだから? 部長以外に部員のいない調理部に得も言われぬ不気味さがあるから?
気になる箇所を挙げればキリがないけれど、にわかに気になってしまった言葉がある。
「このくらいまで理解してもらうには時間がかかる」
不思議な言葉だ。
長い話はしたくない、という建前で詳しく語らないのなら何のことはなかった。そういう言い訳であれば、わたしもしょっちゅう使う常套手段だったのだが。
「
鮎川先生の言葉で、わたしの思考は中断される。気になるところだが、そう、わたしが知りたくなる積極的な動機は本来存在しない。そんなことよりも、メンテナンスの終わったゲームにログインするほうが重要だ。
調理部関係の三人が奥のテーブルに座ろうと向かうのに逆らって、わたしは鞄に手を掛ける。
「あの、部のお話ならわたしはここで……」
今度こそ体よく離脱できると思った。
しかし。
「いや、その必要はないよ」わたしの提案を、榊先輩がぴしゃりと却下する。「部員でなくても、人数がいるならそのほうがいいかもしれないんだ」
ということは、わたしも話を聞かないと帰れないということか。ああ、スタミナを消化しきれないかもしれない。スマホをいじりながら話を聞いたらまずいだろうか。どうにか隙を見つけてプレイを試みよう。
改めて用件を桜木先輩が問うと、榊先輩は口を尖らせた。
「いやさ、それがね、引き継ぎを忘れていたことを思い出しちゃって」
「引き継ぎ? 調理部の活動ということですか?」
うん、と頷く榊先輩に、桜木先輩は少しばかり顔をしかめた。
「引き継ぎが妙に少ないとは思っていました。そそっかしい先輩のことだから、ひょっとして忘れていることや、省いたこともありそうだな、と」
それから、彼は背もたれに身体を預けて腕を組む。
「部の活動ならこなしたいと思います。でも、部員が僕だけになってしまった以上、できるかどうか。人数がいるほうがいい、と言っていましたよね?」
要するに、榊先輩は後輩に適当な引き継ぎしかしていなかったのだろう。桜木先輩もその可能性をある程度予想していたが、調理部の仲間があまりにも少ないので、後出しで知らされた仕事をこなせるか心配なのだ。
それにしても、二年生の桜木先輩が調理部の活動で知らないことがあるのはどうしてだろう? 一年生のころに概ね経験していたはずだ。そもそも調理部の活動にそこまで幅があるとは思えない。
「確かにそうだけど」榊先輩は言葉を選ぶ。「人がいたほうが楽には違いないけれど、人が足りなくなる心配は要らないよ。二、三人でいいんだ。何というか、仕事といってもせいぜい手伝いだし?」
先回りして依頼内容に気がついたのは、鮎川先生だった。
「ああ、ハロウィンのだね」
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