Epilogue

6-1

 桜の季節には早いけれど、天候には恵まれた。

 陽光は穏やかで暖かく、外に立っていても上着が要らないくらいだ。清々しい青空がきょうという日を祝っている――などと感じるのは、自分のことでもないのに少し浮かれすぎだろうか。

 卒業式。グラウンドが解放されて、式後の三年生と在校生たちとの交流スペースが用意されている。式はまだ終わったばかりで、グラウンドの入り口付近に人だかりが見えているものの、目当ての三年生と会えるまでは時間がかかりそうだ。

 すると、三年生に会う前に知り合いを見つける。

「あ、町田先輩」

 その気はなかったのに、ついつい呼び止めてしまう。ある先輩の言葉を借りるなら、一度知り合ったならすれ違うだけの他人ではいられないのだ。

「葉山さん……私、まだやることがあるのだけれど」

 苦々しい表情を作ってそう不満をこぼす割には、わたしを見つけて歩み寄って来てくれる。

 わたしと向き合うと、胸倉を掴もうかという剣幕で、わたしの襟元を指さした。

「大切な卒業式の日までネクタイで学校に来るなんて、どういう了見?」

「移行期間ですから、別に違反ではありませんよ」

 彼女は何も、校則違反らしき異装――厳密には、違反ですらない――を咎めたいのではないことくらい、わかっている。わかっていて言っていることを、彼女もわかっている。皮肉というのは、そういうある種の親しい関係があってこそ面白くなるものだ。

「桜木とばかりつるんでいるから、似てきたのね」

「まあ、あの天才肌に似ていると言われるなら悪い気はしませんが」

「冗談は止して」

 指摘の通り、わたしと彼はそっくりだ。生徒会長を怒らせることに長けている。

「でも、先輩たちもいつまでも嫌いあっていたって仕方ないですよ」彼女を苛立たせてしまったついでに、遠慮なしに諫言させてもらう。どうせ嫌われているなら、遠慮してはもったいない。「校則は変わることになったし、江森さんは退学するかもしれないとなったら、いがみ合う理由もなくなると思うのですが」

「嫌っているわけでもないし、あいつの主張に反対しているわけではないから」腕を組み、意味もなく周囲を見回しながら、先輩は眉を八の字にする。「校則は確かに変わるべきだった。私は、桜木の無謀なやり方が気に入らなかっただけ。問題が解決したというのなら、私は桜木に敵意はない。あとは、桜木が態度を改めるべきなの」

 なるほど、そうきたか。

 町田先輩がこの調子では、卒業するまで仲直りはあり得ないだろう。桜木先輩以前に、わたしとの和解も望めないようだから。

「先輩って、わたしと似ていますね」

「はあ、私が葉山さんと? 寝言は寝て言ってよ。もう行くから」

 忙しい、忙しいとぶつぶつ呟きながら、彼女は人混みの中に消えていった。その苛立った歩みときたら、芝生を激しく踏みつける音が聞こえてくるようだった。

「……あ」

 しまった、「以前のわたし」と伝えるところだった。

 まあ、どちらにしても彼女には上手く伝わらなかったかな。



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