6-2
「葉山ちゃん!」
町田先輩と別れてしばらく呆けていると、ようやく目当ての人物と顔を合わせることができた。
「榊先輩。何やら大変そうですね」
顔の広い彼女は、方々からプレゼントを受け取ったらしく、箱やら花やらが一杯に詰まった紙袋を両手に持っていた。もしも天保の制服がブレザーでなく学ランだったなら、彼女のボタンはひとつ残らず持ち去られていたことだろう。
彼女と会ったなら、一番に伝えたいことがあった。
「卒業おめでとうございます。そして、合格おめでとうございます」
「お、ありがとね! 言った通りだったでしょ、相手が国立大学だろうと余裕だって」
自慢げに歯を見せて笑う。とても明るくて、晴れやかだ。ちゃらんぽらんな彼女のことだから、てっきり口先だけ余裕ぶっているものと思っていたけれど、しっかり一発で合格してしまった。四年も通っていると忘れかけてしまうが、天保はやはり天才の巣窟だ。
表情豊かな彼女は、たちまち笑顔を引っ込めると、拗ねたように唇を尖らせる。
「ああ、もう一年高校にいたかったな。校則が変わって学校がどうなるのか、見てみたかった」
「留年しますか?」
「あたしのライフプラン的には、それくらい何ともないんだろうけどねぇ」
情報科学部のブログ、そのコメント欄に告発文を投稿する作戦は、結果から言って成功だった。職員室がわたしの投稿に気がつくまで数日を要したものだから、一部の卒業生にわたしたちの主張が届いたらしい。泡を食ったように学校は校則改正の方針に舵を切り、現在は正式な変更までの移行期間となっている。改正後のルールが前倒しで認められているのだ。
具体的には、制服の選択の幅が広がった。女子が男子制服のスラックスやネクタイを着用することが認められた。まだ協議中だというが、男子がリボンを選択することもおおむね認められる方針だという。さすがに、男女の制服のアイテムを思い通りにカスタマイズできるような、最も自由なルールにまでは変えられなかった。それでも、段階的にそのような制度を目指すのだという。
移行期間のいま、わたしがネクタイを着用しても、桜木先輩がリボンを着用しても、お咎めなしだ。町田先輩のように、まだまだ気に入らない生徒や先生もいるようだけれど。
「それにしても、ふたりが校則を変えてくれてよかった」
榊先輩は穏やかに微笑んだ。
「あたしは見た目にはわからないから特に何もなかったけれど、事が違うほうに転んでいれば、あたしも一括りにされていたかもしれない。由菜ちゃんとはまた違った場面で悩むことはあったよ」
「はい」
「でも今後、少なくとも服装については、悩まずに済む後輩が増えるってことだよね。あたしはそれだけでも充分嬉しいよ」
それだから、彼女は桜木先輩の良き協力者であることができたのだ。「事が違うほうに転んでいれば」という何気ない言葉選びが、とてつもなく重い意味を持っている。
ふう、と一息つくと、彼女はまたにっと口角を吊り上げ、無邪気な笑みを浮かべた。
「そういえば、葉山ちゃんにはまだ借りを作ったままだったね」
「え?」
「ほら、葉山ちゃんが恵都のことを教えてくれって頼んできても、あたしは答えなかった」
「ええと……ああ」
もう四か月も前のことではないか。
あのとき、斉木さんの騒動を桜木先輩に伝え、解決に導いた見返りに、彼女から桜木先輩のことを聞こうとしたのだ。それが不履行に終わっていたから、わたしはまだ債権者の立場にいるのだ。
「あたし、何すればいい?」
「急には思いつきませんよ」
「じゃあ、とりあえずこういうことで」
ぱたん、と手放した紙袋が芝生の上で倒れる。
次の瞬間、彼女の顔がわたしの顔のすぐ横に迫った。腕が首に回されたかと思うと、どん、と身体がぶつかってくる。彼女は想像したよりも小さくて、線が細く、軽い。でも、寄りかかられる重みが心地よかった。
「先輩。これだと、先輩のほうが得をしている気がします」
「ああ、言われてみればそうかも。だったら、いつかまた別の機会に借りを返すよ」
ぐっとわたしの身体が引き寄せられる。
「だから、そのうち大学に会いに来てね」
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