5-5

「おお、葉山の企画だったとは……」


 ビール腹の数学教師は目を丸くして、わたしの汚い字が並ぶノートに食らいついていた。

 職員室には、日直の日誌を槇原先生に返そうと訪れただけだった。それなのに、黄色い冊子を先生に手渡した瞬間、「そういえば調理部に参加していたよね?」と問われ、駒場先生の元へと連れてこられた。調理部に参加した日がうっかり補習の日と重なっていて、サボりを叱られるのかと思ったが、そうではなかった。

 わたしが情報科学部に提供した、十数年分の野球部の試合データをまとめたノート――これを持ちだして、やたらと褒めちぎるのだ。

「いや、うちの部員が野球部の成績なんて持ってくるから、何事かと思って。言われた通りブログにアップしたら、じわじわとアクセスが伸びていって、少し前では信じられないくらい毎日アクセスが伸びるんだ。驚いたよ」

 槇原先生も加わる。

「駒場先生、ずっと誰の提案か気にしていたの。部員は調理部だって言うんだけれど、桜木くんは『違う』って言うからね。もしかして葉山さんじゃないかって」

 なるほど、そういう経緯か。

 情報科学部、初鹿野くんは、わたしと桜木先輩がまとめたデータを提示し、「データ解析は情報科学部の得意分野」という口説き文句で説得した。それで乗り気になった彼らは、実際にデータをブログにアップし、アクセス増加を勝ち取る。このとき、手柄はすべて彼らのものとなった――調理部は下請けに過ぎない。

 それでも、顧問の駒場先生は、野球部のデータをまとめようと言い出す部員などいないと直感した。それで槇原先生を巻きこみつつ調べてみたところ、わたしに行きついた。部員たちと性質の似たわたしの提案だとは夢にも思うまい、さぞ驚いたことだろう。

「これでアクセスを増やして、これから文化部ポータルサイトにしたいっていうのも、葉山のアイデアか?」

「あっハイ」

 奴ら、ポータルサイト構想まで自分たちの手柄にしようとしていたのか。

 最初は消極的だったくせに、本性は意外と欲深いらしい。一か月も血と汗を滲ませて収集したデータの手柄を譲ってやったではないか。そこまでは甘んじて受け容れても、企画そのものをくすねられては腑に落ちない。ゲームや漫画の時間を返上し、貴重な放課後の時間にコンピュータ室や図書室で情報収集していたのに。

 とはいえ、怒っている場合ではない。

「ポータルサイト、やっぱりダメですか? あくまで情報科学部のブログですし、ほかの文化部が乗り気になるかどうか。学校としても、インターネットのハードルが高いですよね……」

 すると、数学教師と古文教師が顔を見合わせる。

 ふっと口角を緩めたように見えたか。

「何を言っているんだ。こんなに面白そうな企画、やるに決まっているだろう」

「私も将棋部の子に話したんだけど、オリジナルの詰将棋をアップしたいって息巻いているの。文芸同好会も小説をアップしたいって言っていたよ」

 ということは?

 ということは!

「じゃあ、わたしたちも記事を投稿できるんですか?」

「もちろんとも。ポータルサイトに寄稿する第一号になればいい。原稿ができたら持って来いよ」

 表情に出ないように、と思っても、口角が緩んでしまう。

 初鹿野くんが説得できないとか、データ集めに苦労したとか、些細な困難はいくつかあった。しかし、いま振り返ればどれも大変なことではなかった。むしろ、とんとん拍子で事は運んだのだ。順調すぎると言ってもいい。

 残るステップは、機を見て告発の文章をアップしてしまうだけ。駒場先生や槇原先生の協力もあるのだから、ポータルサイトが軌道に乗るまでにそれほど時間はかからないはずだ。わたしたちの魂胆が知られてしまう可能性さえ、気を付ければいい。

「それじゃあ、さっそくログイン用のIDとパスワードを……」

「IDとパスワード?」

 ハトが豆鉄砲を食った。

 驚きたいのはわたしのほう――いや、そうではない。先生は「原稿ができたら持って来い」と言った。つまり、記事のアップロードは先生が権限を握っているということか?

「情報科学部のブログにアップするなら、原稿と写真のファイルを俺に持ってきてくれ。ブログのアカウントは俺が管理しているんだ」

 ぽかんとする、とは、いまのわたしのことをいうのだろうか。


「何のチェックもなし、というのは学校の立場で言えば難しい。済まないが、もとよりそういう仕組みでやっている」



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