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 さて、困った。

 やってみることで合意したものの、何から着手すべきか。

 課題ははっきりしている。何を始めるにしても、まず、情報科学部部長の初鹿野くんをその気にさせなくてはならない。彼の許可と協力を得られないことには、ポータルサイト構想はスタート地点にも立てないことになる。

 初鹿野くんから提示された宿題は、現行のブログのアクセス数を増やすこと。各部活動が構想に賛同してくれるよう、「村」に魅力を持たせなくてはならないのだ。

「何をすればいいんでしょうね……」

「ああ、意外と思いつかないものだね」

 閑散としたラウンジで膝を突き合わせ、案を捻りだそうとする。メモ用紙には、ボツになった書き込みが並んでいる。「レシピ」「漫画」「年表」「クイズ」――どの案も、注目を集めるには不足しているか、そもそも実現が絵空事だろうと諦めざるを得ないものばかりだ。

 ブログ自体、大手プロバイダが提供しているサービスに過ぎないので、記事を投稿する以外に目立った機能がない。そこにアップロードできるファイルやテキストには限りがあり、よほど目を引くものでないと、いち記事として埋もれてしまう。また、ファイルを作成するわたしたちの技術にも限界がある。

「やはり卒業生が最も関心を寄せるものを考えないと」

「でも、卒業生には会報が届いたり、同窓会があったりするわけですよね。かといって、そういう場面で手に入らない情報を提供しようとなると、わたしたちにはそれほど面白いネタはないと思います」

「葉山の言うとおりだよ。生徒の生の声には価値があるかもしれないが、それ以上ではないのが痛い。未熟な記事と思われたら逆効果だしね」

 ふたりで腕を組んで、ううん。

 こんなとき、ひょいと榊先輩が現れてくれたら助かったかもしれない。

 とても声が大きく、空気を読まず、無邪気な子どもとすべてを悟った大人とが混沌と混じりあった榊栞里なら、良くも悪くも状況を変えてくれるアドバイスを届けてくれただろう。

 しかし、彼女はいま大学受験の最中。三学期の高校三年生は自由登校なので、学校には来ていないと思われる。さすがに、この期に及んで彼女に頼るのは難しい。

 目の前で天井を仰ぐ桜木先輩も、似たようなことを考えているのかもしれない。

 そういえば、彼女はどうして桜木先輩に理解を寄せ、後見人のような立場を取っているのだろうか。調理部の元部長かつ元生徒会役員という地位からすれば、厄介な後輩男子を疎ましく思っていても仕方がないような気がする。しかし、決してそのようなことはなく、彼女は彼を好意的に捉えている。

 暗黙の承認もまた信頼関係と言えるが、ふたりの絆はそればかりではない。

 調理部に波風立てる桜木先輩を、三年生たちは「バカな後輩」と片づけていたと榊先輩は言っていた。でも、たったそれだけの認識で、彼の一番の理解者になれるだろうか。

 榊先輩は、桜木先輩の推理力を高く買っていた。友人関係などで面倒があると、彼に解決を頼るとのことだった。おそらく、桜木先輩が調理部で孤立する前から。わたしが出くわしたこともある。そう、斉木さんが野球部で騒動を起こしたときのように。

「……先輩」

「うん?」

 上を向いたまま視線だけこちらに向ける。

「野球なんてどうでしょう?」

 榊先輩がいたら、などという現実逃避じみた考えも、決して無意味ではなかった。

 思い出したのは、野球部の騒動。調理部部長が解決した、野球部エースの造反の騒ぎではない。その発端となった隠し球の是非をめぐる論争のほうだ。高校生同士が正々堂々スポーツで勝負を争うとき、頭脳プレーは卑怯なのかが争われた。

 この論争に明確な答えが示されることはないだろう。しかし、これによって天保高校の野球がいかに世間の注目を集めるかが明らかになった。何十回も甲子園出場を経験した強豪校であり、長い歴史で育まれたブランドや輩出した卒業生たちの視線が、たった数十人の天保高校野球部に集まっていたのだ。

 つまり、天保高校の野球は人を集められる。

「天保の野球部の試合データをまとめれば、気になってみる人も増えると思うんです。似たようなサイトがあるかもしれませんが、そこは在校生の利を活かして何とかできるかも。あと、文化部ポータルサイトに必要かは別問題で……」

 先輩が食いつかない。気に入ってもらえなかっただろうか。

 人気のスポーツ、名門天保高校を売りにできるとはいえ、畑違いだ。文化部ポータルサイトを作るためとはいえ、媚びすぎているとも取られかねない。

「いや、いいんじゃないか?」

「え?」

「野球は統計のスポーツと言われることもある。複雑な計算式を要する指標も最近は流行しているらしい。ということは、データを集計し分析するシステムを情報科学部に作らせれば、いいところまで行けるかもしれない」

「それじゃあ……!」

 彼は身を乗りだし、リボンを揺らしながら大きく頷いた。

「やってみよう。それがいま思いつく限りの最善手だ」




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