Episode 5 -- 天保学園の未来

5-1

「仲間は必要でも、どうやって集める気だい? 桜木の孤立ぶりは、職員室でも話題だ」


 鮎川先生は他人事のふうでけらけらと笑っている。

 テスト後なので先生が忙しくても仕方がないとはいえ、調理部が活動を終え、わたしと桜木先輩の話が一段落したところで彼はようやく現れた。すべての話が終わるタイミング、あるいは、わたしが桜木先輩に発破をかけるのを待っていたのだろうか。

 彼の問いには、一旦答えないことにする。その前に、「孤立」と評されて口を尖らせる桜木先輩に確認しなければならない。

「鮎川先生には、どれくらいのことを?」

 歩く校則違反たる桜木先輩と、職員室にデスクのある鮎川先生とでは、本来対立しうる立場にある。それでも、いままで仲の良い様子を見せてきた。もし、きょう確認されたことの中に先生の知らない事実――特に、江森さんが嘘を吐いて男子制服の着用を申請したこと――があった場合、今後の協力関係は期待できない。

 ところが、わたしの警戒は杞憂だったらしい。

「全部知っているよ」

 鮎川先生はニコニコしている。

「江森と桜木は僕にも相談を持ち掛けてきたからね。桜木が調理部に入るとき、女子しかいないという理由で入部してもいいから、手を抜かずに活動するよう言ったのも僕だ。事情はよく知っているよ。知ったうえで、この態度なのさ。もちろん、ほかの先生に言いふらしてはいない」

 先輩の表情を窺うと、わたしに頷いてみせた。特に異論を挟みたい様子ではない。

 彼の言っていたこととも矛盾しないのだし、職員室に訳をわかっている人がいるのは心強い。その安心感が桜木先輩の行動を鈍らせていたのかもしれないが、先生自身は、わたしたちが行動を起こすことに興味を抱いている。

 そもそも先生を頼らずには、事は動かせそうにない。鮎川先生の職員室での発言力には限界はあるにしても、手を借りるなら彼以外考えられない。いつかわたしの作戦は先生にも伝えられたのだろうから、この場で披露しても構わないだろう。

「それで、味方を増やすための案があるのか?」

 先輩に問われ、わたしは切り出す。

 ちょっとばかり、彼の回りくどい語り口を意識しつつ。

「これから仲間を増やすには、まず先輩が知られないといけません。現状では、先生の言う通り『孤立』している状況です。なんたって偏見でばかり見られていますからね」

 認知されるだけでいいのなら、先輩は多くの人に知られている。彼を知らないのは、わたしのように、噂に疎く消極的な下級生くらいではないか。ただし、奇抜な服装ゆえに「悪目立ち」しているだけであって、彼の主張まで含めて「知られている」状況とは言い難い。

 とはいえ、一朝一夕に偏見を打ち破れるはずもない。これから彼が誤解なきようスピーチをしたところで、誰も耳を貸さないだろう。「それは偏見だ」といちいち訂正していこうものなら、「面倒なヤツ」というレッテル貼りが悪化するに違いない。

 さて、その程度の問題ならすでに桜木先輩と鮎川先生もわかっている。ふと首を突っ込んだわたしでも気がつくくらいだ、当事者たちが気づいていないようでは困る。

「なら、何をして知ってもらうんだい?」鮎川先生がわたしを試すように問う。「いまのままでは、話は聞いてもらえない。粘り強く伝えるには手遅れだ。相手と対話可能になるには――」

 言葉を切って、先生は桜木先輩のリボンに目を向ける。

 リボンを外して他の生徒と同じ恰好になれ、ということだ。

「外しませんよ」

 視線に敏感に反応した先輩がリボンを右手で押さえる。髭面の家庭科教師は「だよね」と苦笑する。

 先生の立場ももっともだし、わたしも考えた。アウトローの意見を聞いてもらえないのなら、一度ルールに従ってしまい、発言権を得る手がある。外見を整えて馴染もうと努力すれば、周囲の視線はいくらかマシなものになるだろうし、何より教員の協力も得やすくなる。間違いなく「正攻法」である。

 しかし、桜木先輩が嫌がることはわたしにも想像できた。「正攻法」が最も効率的な手法とは限らない。江森さんが留学から帰る来年度までに、彼が発言権を得られるだろうか。

 まして、挑む相手は天保学園である。伝統で硬化した組織を内部から変えようとすると、結局のところ異端扱いされかねない。

「わたしも先輩にリボンを止めさせる気はありません。周りに『諦めた』と期待されるのも苦しいと思うので」

 ふん、と彼は鼻で笑う。

 笑われるようなアイデアではないと、思っていたのだけれど。


「インターネットを使いましょう」



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