Episode 4 -- 帰宅部一年の見解

4-1

「こう言っちゃ悪いけれど、思ったより熱心なんだねぇ」


 角度のついた西日が窓から差し込んでいる。このごろ、日が傾くのがとみに早くなった。背中から浴びる光はすっかり弱くなり、窓越しににじり寄ってくる冷気のほうが存在感を主張する。

 窓際の個人学習ブース。蛍光灯を点灯して、榊先輩は静かな図書室で勉強道具を広げていた。

「すみません、勉強の邪魔をしてしまって」

「おっと、そうやって嫌味と解釈しちゃいけないよ。あたしの受験対策なんて、葉山ちゃんの興味に比べたらちっぽけな価値しか持たない。きょうはこうして偶然に図書室で鉢合わせたけれど、あたしは普段図書室で勉強しないんだ。だから、ここを選んで勉強している時点で、さほど捗っていないってわけ」

 ここ数日、わたしは図書室に通っていた。「校則を変える」ための桜木先輩の活動についてもっとよく知るべく、調べたいことがあったのだ。この日、図書室に通うようになって初めて先輩を発見し、声をかけたのだった。

 先輩の言っている通りならわたしは邪魔に違いないのだけれど、気にするな、という含意に嘘はないと見える。喋りすぎる癖が彼女にそう言わせているだけなのだろう。

「それで、訊いてもいいですか?」

 肩を竦める彼女。「また喋りすぎた」と笑って舌を出す。あざとい仕草だ。

「桜木先輩の入部理由を訊きたいです」

「なるほど、外堀から埋める作戦だね。恵都のリボンについて教えられないあたしでも、ギリギリ答えうるところを責めてくる。まったく、葉山ちゃんもたくましい」

 ここのところ、上級生からあまり嬉しくない言葉でよく褒められる。

 とはいえ、質問を喜んでもらえるなら訊いた甲斐がある。自分の知っている情報を付け加えて、問いを具体的にする。

「家庭科準備室の前に、調理部の活動中の写真が貼ってありますよね。先日それを見たら、女子部員ばかりだと気がついたんです。桜木先輩以外に、男子生徒がいませんでした」

 桜木先輩の魂胆を知るにはその周囲を知ることも大切だ。生徒会長町田美雨との関係も気にはなるが、特に親しい榊先輩と、彼女が部長を務めた調理部の部員を軽視すべきではない。いまは彼ひとりが部員でも、その前には部員がいたはずなのだ。

 先輩は、うんうん、と大げさに頷いている。建前上言葉には出せなくとも、腹の中にはアピールしたいことがある、ということだろうか。

 単刀直入に問う。


「桜木先輩は、調理部に女子部員しかいないから、調理部に入部したのですか?」

「うん、そうだよ」


 間髪入れずに榊先輩が答えたものだから、拍子抜けしてしまった。

「じゃあ、調理部がいま、部員不足なのは……」

「恵都を気味悪がったからだよ」

 これもまた、呆気なく答えてしまう。

「男子がいないから、なんて珍妙な理由で入部して、男のくせにリボンをしていて、先生に叱られても外そうとしない。ふざけて入ったなら真面目にやらないだろうし、無視すればいい。そういう男子なら時々やってくる……ところが予想外、恵都は極めて真剣に活動した」

 彼のエプロン姿と、手際よく調理するさまが思い浮かぶ。

 確かに、入部の経緯とギャップが大きい。

「あたしたち三年生なら『バカな後輩』としか思わないけれど、同級生や一年生にしてみたら、ね」

 なるほど、異質な人物と長時間ともに過ごし、仲間と見做されることを恐れたか。校内の噂が彼の評判を落としているから、なおさらだ。自分が当事者ならそう思うだろうし、事実、出会ってすぐのころにはそう思った。

 納得して頷いていると、先輩は、ニコニコと次の質問を促していた。

 何かと貸し借りを気にする先輩だが、約束を破らないと割り切ったことならば、桜木先輩のことでわたしを助けるのを厭わない。ただし、それは判断が大雑把なことを意味しない。約束を確実に守る代わりに、約束の及ぶ範囲にもシビアなのだ。

 その証拠に、

「ということは、彼が助けたいと思っている人物は、調理部と関係があったということですか? それとも、校則を変えるためのパフォーマンスとして、先輩は男子のいない調理部に入部したのですか?」

 と、核心に迫ろうとすれば、

「どちらの問いも答えにくいなぁ」

 と却下する。訊いたことすべてに答えてくれるわけではない。

 彼女がわたしの思う通りに話してくれないことはすでに諦めている。ふたりの後輩のいずれに対してもフェアな態度は、調理部元部長の器を証明するものだ。

 それよりも、彼女が答えてくれない質問の範囲がわかったのは幸いである。彼女が「答えられない」と回答してくれたふたつの問いは、ただ思いついたままに問うたものではない。わたしなりに狙いがあった。

 前者、桜木先輩が支援したいと思っている「誰か」の情報。榊先輩は「誰か」の存在については認めているから、その人物の情報は当然に必要となる。これを彼女が伏せるということは、やはり「誰か」の身上に関わる問題があるということだ。桜木先輩や榊先輩、ひいては町田先輩や槇原先生まで慎重な態度であることからも明らかである。

 後者、桜木先輩が校則変更を目指して行うパフォーマンスについて。この問いは、校則変更という目的と、彼の行動――リボンを着用する、女子部員しかいなかった調理部に入部する――とが結びつくことを前提とする。前提の真偽については明確に答えてくれない、すなわち桜木先輩や榊先輩にとって重大なポイントである、と判断できた。

「ところで」

「あっハイ」

 榊先輩に問いかけられて、はっと我に返る。

「葉山ちゃんは図書室で何を調べようとしていたの?」

「ええと、一言で言いにくいのですが……基礎的な知識を?」

「へえ、いいじゃん」

 かなりぼかして言ってみたのだが、榊先輩は知ったふうに相槌を打つ。何を調べているか、わかりきっているかのようだ。わたしが桜木先輩の計画に関心を持っていることを喜んでいるらしい、とはわかる。

 時間を取ってしまったことを改めて詫びると、彼女は再び、しかし今度は大真面目な表情で「葉山ちゃんの勉強のほうが意義深い」と冗談を言った。



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