第27話 盗賊たち

 ジェフリーの号令の下、彼の部下たちが乗客と同行者に出発の準備を急がせていた。


「アロン砦に向かう! 準備を急げ!」


「アロン砦の内と外からゴブリンを挟み撃ちにするぞ!」


「武器と防具はいつでも使えるようにしておけよ!」


 アロン砦で騎士団と協力してゴブリンの群れを挟撃する。生き延びる最善策としての選択だが、その難易度の高さに準備を進める人たちの顔には緊張と高揚とがない交ぜとなっていた。

 それとは裏腹に誇張された噂どころか完全な誤報が飛び交っていた。


「ねぇ、聞いた? 四百匹のゴブリンを撃退したんだってさ」


「え? あたしは全滅させたって聞いたよ」


「全滅させたの? 凄い! 誰がやったの?」


「ラムストル市を出るときにオーガを仕留めた男性だって」


「あの恐鳥を倒した?」


「神官様と一緒に盗賊も捕まえちゃったんでしょ?」


「そうそう、凄いよね」


 マーカスのヤツ、意図的に誤報を流したんじゃないだろうな。

 もしそうなら効果はあった。『ゴブリンの集団暴走』を相手にする事の難易度が分かっていない人たちの間に安堵の表情がうかがえる。


 すぐ後ろを歩いていたマーカスを振り返ると、俺の行動を予想したように明後日の方向に視線を向けていた。

 傍らには何か言いたそうなニールと今にも吹き出しそうなロザリー、居心地の悪そうな顔をしたブライアンが最後尾を付いてくる。


 マーカスとの話し合いは後回しにしよう。


 忙しく口と手を動かす人たちの間を縫って進むと、程なく盗賊たちを閉じ込めてある三台の檻馬車へと到着した。


 檻馬車の中に捕らえてある盗賊たちから敵意と憎悪をはらんだ視線が注がれる。

 姿を見ただけでこれか。


「もう少し友好的に接してくれないか? 俺も相談を持ち掛けにくいだろ?」 


「相談だ? ふざけんなよ!」


「必ず復讐してやるからな!」


 恨みつらみが喧騒となって押し寄せる中、それに取り合うような非生産的な事を避けて本題を切り出す。


「さて、もう知っているとは思うが、ゴブリンの群れがこちらへ向かっている。数はおよそ四百。上位種も十匹程度混ざっているかもしれないという、非常に厄介な集団だ」


「おい! まさか俺たちを囮にして自分たちだけ逃げようってんじゃなねぇだろうな!」


「勘弁してくれ!」


「ふざけんなよ!」


 自分たちが犯罪者である事を棚に上げた随分な言いようだ。


「お前たちを囮にして逃げる! ――」


 罵詈雑言と嘆願、悲鳴にも似た叫びや泣き声が響き、恨みと憎悪の視線は射殺さんばかりだ。とくに女性たちを閉じ込めた檻馬車から漂う悲壮感は目を背け、耳を塞ぎたくなるほどだった。 

 そんな彼らに向けて友好的な笑みを浮かべる。


「――と言うのも手段としてはありだろう。だが、俺は犯罪者にも優しい男だ。待遇改善のチャンスをやろう」


 盗賊たちが次々と疑惑や不満を口にし、首領だったハゲが鉄格子を両手でつかんで吠える。


「待遇改善だあ? どうせ俺たちを騙すつもりなんだろがっ!」


「酷い言われようだな。首領、お前たち全員の怪我を治すようにベレスフォード神官に頼んだのは俺だぞ」


「うるせーっ! お前は信用できねぇ! 俺の勘がお前は危険だって告げているんだよ!」


 盗賊の首領というのは直感も大切なようだ。

 傍らで笑いを堪えていたニールが俺にしか聞こえない程の小声でささやく。


「直感が鋭そうですね。是非とも前線に連れて行きたい人材だと思いませんか?」


 ニールのセリフを聞き流して首領との話し合いを続ける。


「簡単に捕まるようなお前さんの勘を信じるよりも俺の言葉を信じた方が幸せになれるぞ、多分」


「その『多分』ってのが信用出来ねぇんだよっ!」


「盗賊の首領をやっていた割には細かいな、お前」


 盗賊の首領が口を開こうとする矢先、左手の方からシビルとヒルダが走ってくるのが見えた。続いて二人の声が耳に届く。


「マックス叔父さん、お帰りなさい。凄い活躍だったって聞きましたよ!」


「叔父様、お帰りなさい。無事に戻って良かった」


 シビルが左腕にしがみつき、ヒルダが引きはがしに掛かった。


「どうした、首領? 急に静かになったな?」


 ハゲの首領だけじゃない。檻の中に閉じ込めてある盗賊たちの様子がおかしい。皆、一様に無口になり怯えたように視線が定まらない。


「ほら、シビル。叔父様の邪魔をしないの」


 シビルを引きはがすことに成功したヒルダがシビルを連れて距離をとった。それを見計らったようにロザリーが耳打ちをする。


「旦那、実は留守の間に――」


 ロザリーの視線がシビルに向けられた。


「――シビルちゃん、彼女の事をからかった盗賊に大やけどを負わせちゃったんですよ」


「盗賊は無事なのか?」


「四人ともベレスフォード神官が光魔法で治療しました。傷は元通りですが、焼かれた四人だけじゃなく他の盗賊たちも怯えちゃって、盗賊全員がシビルちゃんの顔色をうかがっています」


 ロザリーの視線がファーリー姉妹と揉めた商人や他の何人かの乗客の上を走った。

 怯えているのは盗賊だけじゃないようだな。

 

 争い事を嫌うヒルダが困ったような表情を浮かべ、取り押さえられているシビルの表情が明るくなった。

 ヒルダがシビルに母親の死の真相を隠しておく理由がよく分かる。


「分かった。シビルにはそれとなく注意をしておく。気を使わせて済まなかった――」


 さて、いい加減本題に入るか。

 ロザリーから首領へと視線を戻す。


「――お前たちには、俺たちと一緒にゴブリンの迎撃をしてもらう」


「冗談じゃねえ! これっぽっちの人数で四百匹からの暴走したゴブリンを相手に出来るかよ!」


「生き延びるためには、やるんだ」


「正気じゃねぇ! ゴブリン一匹の戦力と俺たち一人の戦力が同じくらいだ。数の上でも圧倒的にこっちが不利じゃねぇか! その上、上位種がいるってんなら、ますます勝ち目はねぇ」


「俺たちだけじゃない、アロン砦にいる騎士団も一緒に戦う。砦の内と外から挟撃する――」


 アロン砦の騎士団がどれだけ居るかは分からない。無事であるかすら不明だ。


「――それにこの駅馬車隊の護衛や乗客も捨てたモノじゃないぞ。ここには軍隊経験者もいる。古参の冒険者もいる。強力な魔術師もいる」


「暴走したゴブリン百匹を一人で殲滅せんめつしちまうような魔術師もいますからね」


 マーカスがニヤニヤと笑みを浮かべてそう言うと、ロザリーが自分の右肩で俺の左腕を突く。


「頼りにしていますよ、旦那」


「心の支えにしてくれ」


 隣で流し目を向けているロザリーとファーリー姉妹と視線を合わせないように盗賊の首領を見つめる。

 すると俺の心境を察したニールがからかうような口調で、


「いやいや、前面に出て活躍してください。遠慮は要りませんよ、今度は可愛らしい姪御さんたちに雄姿を見せてあげましょうよ」


「コンスタンスなんざ、小娘が演劇に出て来る役者の話をするみたいにはしゃいでいましたよ」


 マーカスが追い打ちを掛けた。


「マックス叔父さん、次は私も戦う! 絶対に力になれるから連れて行って!」


「シビル! 我がままを言わないの!」


 ヒルダがシビルを羽交い絞めにして更に俺から引き離すと、首領が静かに口を開く。


「逃げるべきだ」


「逃げる? お前たちを置いてか? ――」


 黙り込む首領に向けてさらに続ける。


「――お前たちを連れて逃げるとなれば、当然足も遅くなるし他の乗客たちから不満が出る」


「だからって見殺しにするのかよ! あんまりじゃねぇか!」


「ゴブリンの迎撃に協力すれば見逃してやる」


「信用出来ねぇ。だいたい、てめえぇにそんな権限があるのかよ」


「少なくともお前たちを引き渡すときに、こちらを襲った罪だけでなく生き延びるためにゴブリンの迎撃を手伝った功績も一緒に伝える。今回のケースなら十分に無罪放免となるはずだ。どうする?」


「それだって騎士団の胸一つだ」


 首領の言葉に盗賊たちが小さくうなずく。


「じゃあ、囮になるか?」


「俺たちだけ戦わせて、お前らが逃げる可能性だってあるだろ」


「俺たちと戦ったお前らなら分かるだろ? 逃げるのと俺たちと一緒に戦うのとどっちが生き延びる可能性が高いと思う」


「それでも、逃げる方が生き延びる可能性は高い」


「俺たちが敵に回ってもか?」


 盗賊たちに動揺が見える。無言で視線を交わす者たちが現れだした。


「聞いたぜ。ゴブリン百匹を相手にしたんだって? あんたの魔力はもう尽きてんじゃないのか?」


「ところが、戦えるだけの魔力は十分にある。それにベレスフォード神官もいれば、恐鳥を一撃焼き殺した女の子もいる――」


 首領の顔色が変わった。

 盗賊に大やけどを負わせたのは初耳だったが、盗賊たちの間で『魔女』『炎の悪魔』『短絡小娘』『我がまま娘』、と恐れられているのは知っていた。


「――仮に逃げたとしよう。戦うとなれば、追いつかれてからの迎撃になる。準備を整えてこちらから仕掛けるのとどちらの方の勝率が高いと思う?」


「訓練された軍隊だって退却戦は不利ですよ」


 ニールがそう言って周囲の人たちを見回す。盗賊たちの間で視線を交わす回数が目に見えて増えた。


「それでも無茶な戦いは避けるべきだ」


 意外と賢いな、この首領。

 アロン砦やパイロベル市に向かう明確な目的がある俺たちとは立場が違うとはいえ、捕らわれている状況でも冷静に生き延びる算段をしている。

 だが、逃がしはしない。


「騎士団に引き渡される前に逃げるつもりなんだろう?」


「そ、そんなんじゃなねぇ!」


「図星みたいですよ、旦那」


「分っかり易ーい」


 マーカスとロザリーのセリフに首領が悔しそうに歯噛みをする。


「まあいい。どのみちアロン砦までは一緒に来てもらう。砦に到着するまでゆっくりと考えるんだな――」


 首領から檻馬車に捕らわれている他の盗賊たちを見やる。


「――俺たちと一緒に戦うなら武器と防具を渡そう。戦うつもりがないなら囮だ。戦って生き延びれば無罪放免の可能性もある。囮になって生き延びれば晴れて元通り。お尋ね者として盗賊家業に戻れるぞ!」


「戦うよ! 戦わせておくれ!」


 女盗賊だけを集めた檻馬車から真っ先に声が上がった。


「あたしも戦う! ゴブリンにさらわれるのだけは嫌だよ!」


「あんたたちに協力する!」


「あたしも、あたしも戦う!」


 次々と女盗賊の声が上がり、すぐに男の盗賊たちも我先にと協力を申し出だした。


 狙い通りだ。

 ほくそ笑む俺の傍らでニールとロザリーが口元を綻ばせてささやく。


「首領の統率力を削ぐことが出来ましたね。これで盗賊団もバラバラです」


「旦那、やっぱり悪い男だったんですね」


 ニールとロザリーに続いて口を開こうとしたマーカスが、こちらに駆け寄るアランに気付いて口元を引き締める。

 マーカスの厳しい表情に息を呑んだアランが、緊張した表情で一息に言う。


「マーカスさん、出発準備がほぼ整いました。後は皆さんだけです」


 さて、次は作戦だ。

 盗賊たちはアロン砦に到着するまでにこちらの提案を飲むだろう。厄介そうなのは悪徳商人とシビルに絡んだ兄弟商人、男爵の次男とその護衛たちか。


 彼らの説得にはベレスフォード神官の力を借りるとしよう。

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