第28話 アロン砦、守備隊
アロン砦の
「ワーウルフです! 凄い数だ! 土煙からの判断ですが、商人が言っていたように五百匹近くの大集団の可能性があります!」
「どの方面から来ている! どれくらいでここに到着する!」
「クラーレン市方面からです! 先頭の集団が到着するまで三十分程と思われます」
「大隊長に伝令! およそ五百匹のワーウルフをクラーレン市方面にて視認。この砦に到着するまで三十分!」
中隊長の
若い騎士が兵舎に駆け込むのを見届けると、中隊長が周囲の騎士たちへ続けて指示をだす。
「他の者は防衛の準備を進めろ! 門の内側に石を積み上げろ! 石が足りなければ兵舎を壊しても構わん! 門の防備を固めろ!」
そこまで指示をだした中隊長を一瞬の躊躇いが襲う。だがそれを振り払うように、先程大隊長から知らされた決定事項を一際大きな声で口にする。
「迫る目標を『ワーウルフの集団暴走』と断定した! 我々は防衛に専念し、本部からの応援を待つ。間違っても打って出ようなどと考えるなよ!」
中隊長の言葉が緊張した騎士たちの耳に届く。
一個大隊。百人の騎士と砦に立ち寄った駅馬車隊や隊商とその護衛、非戦闘員を含めても二百人。そのなかには女性や子どももいる。たったそれだけの数で上位種を含んだ五百匹近いワーウルフを相手にしなければならない事実に騎士たちの表情が強ばった。
◇
天井や壁に靴音を反響させて兵舎に駆け込んできた騎士が執務室の前で止まる。
「大隊長殿、伝令です」
ノックの音に続いて若く張りのある声が聞こえた。
アロン砦の暫定指揮官であるバーナード・ノーランの短い声が室内に響く。
「入れ!」
バーナード・ノーランの声に促され、息を弾ませた若い騎士が執務室へ入ってきた。
騎士は敬礼一つし、すぐに報告事項を口にする。
「ダリオ・マイヤー殿の知らせ通り、クラーレン市方面から迫る、およそ五百匹のワーウルフの集団を視認致しました。このアロン砦に到着まで三十分程度と思われます」
そう報告した若い騎士は部屋の中央で
四十代の男がダリオ・マイヤー。ワーウルフに襲われた隊商の会長。その両側に座っている二人の男が生き残った彼の護衛だ。
若い騎士の報告に三人の顔が青ざめる。
「上位種は確認できたか?」
バーナード・ノーランが期待を込めずに問う。
「残念ながら確認できておりません」
上位種といっても見た目が違う訳ではない。
ワーウルフやコボルド、ゴブリン、オーガのように一般的には魔法を使えない種族にもかかわらず、魔法を使ったり魔力による身体強化、果ては魔法障壁が使えたりする個体を上位種と呼んでいた。
商人の報告通りなら非戦闘員を含めても二百人足らずの砦側に対して、集団暴走中のワーウルフは倍以上の五百。騎士団といってもワーウルフと単体で渡り合える者の数は多くない。単体での戦力はワーウルフに分がある。
だが組織戦となれば話は変わってくる。
身体能力にものを言わせて個々に闘うワーウルフと違い、騎士団は連携して局地的に数の優位を作りだすことに長けている。同数であればバーナード・ノーランも勝利する自信はあった。しかし、倍以上の数の差があった。さらに厄介なことに数十匹の上位種、人間でいうところの魔術師がいる。
「こちらの魔術師は五人、か……」
バーナード・ノーランは圧倒的な戦力差に
◇
「過去の『ワーウルフの集団暴走』よりも数の割に上位種が多い上、どいつもこいつも強力な攻撃魔法を使ってきます! おまけにオーガまでいやがる!」
「ちいっ! オーガなんて聞いてねぇぞ!」
応戦する騎士の何人かがが悲痛な叫び声を上げる。
ダリオ・マイヤーの情報は
砦に逃げ込んで来たときの半狂乱の様子から、『脅威を過剰に見積もっている』と判断したことを大隊長であるバーナード・ノーランは悔やんでいた。
一介の商人の情報よりも、書類上ではあるが幾つかの事例を基にした自分の判断を信じた。
群れの数は五百匹としても、上位種の数は十匹前後と仮定した。
その結果がこれだ。
「東門にオーガの増援! 防壁を攻撃していたオーガが東門に向かっています!」
ワーウルフたちが引き連れてきたオーガは三体。東門と西門のそれぞれ一体ずつ配置され、残る一体が防壁を破壊しようとしていたのだが、それが東門に向かって動きだした。
「ともかく敵の上位種を叩け。攻撃魔法を封じるんだ!」
「大隊長、東門で火の手が上がりました!」
左腕に添え木を当てただけの、急場凌ぎの手当てをした騎士が報告に来た。ワーウルフの攻撃が開始してから一時間余り、周囲を見回せば無傷でいる者を探す方が大変だ。
「消火を急げ! 絶対に門を突破されるな!」
「西門から増援の要請です」
「隊商の護衛に付いていた冒険者を向かわせろ!」
「次の攻撃魔法はまだか?」
形成を覆すことは無理でも強力な攻撃魔法で門を突破しようとしている集団を吹き飛ばせれば、あるいは上位種を少しでも排除できれば状況は変わってくる。
わずかな望みを託して次の魔法を練っている魔術師たちに視線を向けた。
「水魔法と風魔法を使える者なら行けます」
「火魔法を使える者はまだ回復しないのか?」
決定力のある火魔法を操る魔術師の回復までの時間を問う。
「ウォーレン、後どれくらいで行ける?」
「後十分ください。そうしたら特大の火球をお見舞いしてやります」
頭から血を流した若い騎士がニヤリと笑った。
「東門に亀裂!」
「持ち堪えろ!」
悲鳴にも似た報告に中隊長が怒鳴り返す。
「水魔法と風魔法で構わん、東門を攻撃中のオーガと上位種を狙い撃て!」
「内側に積み上げた岩や石がありますが、敵の上位種が多く東門への攻撃魔法が絶えません。いまの状況ではいつ突破されてもおかしくありません!」
「兵舎を破壊して瓦礫を作れ! 東門の内側にもっと積み上げるんだ!」
騎士たちの叫び声が交錯するなか、中隊長が声を張り上げる。
「十分間! 十分間、耐えろ! ウォーレンが特大の火球をぶっ放してくれるぞ!」
「数匹のワーウルフが東門の崩れた隙間から侵入して来ました!」
「ダメだ、突破される!」
そう叫んだ騎士の眼前で東門が防壁ごと崩れ落ちる。立ち上る土煙の向こうに丸太を抱えたオーガの姿があった。
「畜生! あのオーガか!」
「ワーウルフどもが突入してくるぞ! 備えろ!」
「門は崩れたが一度に突入できる数は知れている。逆にチャンスだと思え! 突入してきた連中を各個に叩け!」
中隊長の
突入してきたワーウルフの数は決して少数ではなかった。騎士たちと切り結ぶ仲間のワーウルフの背を乗り越えて後続がさらに侵入してくる。
「畜生、無茶苦茶だ、こいつら!」
「魔術師はまだか? 門の向こうにいる連中の足止めを頼む!」
騎士たちの焦りが悲痛な叫びとなる。
「抑えろ! これ以上侵入させるんじゃない!」
防衛の指揮を執る大隊長のバーナード・ノーランに『ワーウルフの集団暴走』を知らせた商人、ダリオ・マイヤーが掴みかかった。
「嫌だ、死にたくない! こんなところで死ぬのは嫌だ! 逃がしてくれ、頼むから逃がしてくれ!」
「どこにも逃げ場なんてありませんよ、マイヤーさん。いまは救援が来ることを信じて我々と一緒に戦ってください」
「だから私は反対したんだ。こんな危険な仕事。いくら貴族の依頼でも割に合わん」
「ともかくいまは落ち着いてください」
大隊長がマイヤーを振り払うとマイヤーはその場で頭を抱えてしゃがみ込む。
「上位種を多く作り過ぎたんだ。違う、違う、違う。テイマーたちが悪いんだ。あいつらが失敗したんだ。簡単に死にやがったからだ」
「おい! マイヤー、いま何と言った! まさかお前が故意にワーウルフの群れを大きくしたのか!」
大隊長はしゃがみ込んだマイヤーを無理やり立たせると、近くにいた若い騎士を呼び寄せる。
「この男を拘束しろ。この男と一緒にいた護衛の二人も探しだして牢屋に閉じ込めおけ」
バーナード・ノーランの指示に続いて、東門付近に馬蹄と大声が響き渡る。
「どけー! 東門で戦っている者は一旦左右に退避しろー!」
四本の
「退避! 退避! 退避しろー!」
東門の防衛指揮をしていた中隊長の号令一下、東門付近で戦っていた騎士たちが大きく左右に割れた。
破城槌が真っすぐに東門へと向かう。
騎馬に
瓦礫が弾け、何匹かのワーウルフが破城槌の下敷きとなった。
騎士や彼らと一緒に戦っている人たちから歓声が上がる。表情に希望が浮かんだ。
「二本目ー!」
混乱するワーウルフたちに向けて再び破城槌が襲いかかる。瓦礫と死体とワーウルフをまとめて弾き飛ばし、鈍い音を伴ってもう一体のオーガの頭部をとらえた。
「グガッ!」
オーガが短い苦痛の叫び声を上げてもんどりうって倒れる。
「やったか?」
「オーガが頭部を負傷した! 弓隊、負傷したオーガを狙い撃て! 目だ、目を潰せ!」
三本目の破城槌が準備を終えると、
「次だ! 破城槌が行くぞ! 道を開けろー!」
騎士の声が轟く。放たれた破城槌は、一本目の破城槌を乗り越えて侵入しようとしていたワーウルフを吹き飛ばす。
「最後だ! 四本目もすぐに行くぞ!」
馬蹄が響き渡る。土煙が舞う。地響きを上げて迫る破城槌に騎士たちの士気が上がる。
「行けーっ!」
破城槌を騎馬で引く兵士が気合と共に破城槌を放った。
四本目の破城槌が侵入しようとしていたもう一体のオーガを弾き飛ばし、崩れた東門を
「侵入口を塞いだぞ!」
歓喜の声が、沸き上がる喊声にかき消される。
「よし! 隙間から入ってこようとするヤツラを個別に叩くぞ」
破城槌と瓦礫を乗り越えて侵入しようとするワーウルフたちに弓隊の放った矢が降り注ぎ、駆け寄った騎士たちの槍が貫く。
「よし、東門は持ちなおした。西門の状況はどうだ?」
大隊長が西門の様子を見ようと振り返った瞬間、東門付近から幾つもの爆発音が轟き爆風が襲った。
爆風に吹き飛ばされた大隊長が地面に転がったまま東門へと視線を向ける。何匹ものワーウルフと幾人もの騎士たちが破城槌と瓦礫の下敷きになっている光景が彼の視界に飛び込む。
火魔法を操る上位種の一撃。
特大の爆裂系火魔法が炸裂したのだと、騎士たちは瞬時に理解した。
「ヤツラ、味方ごと吹き飛ばしやがった!」
「ワーウルフだ! 東門から侵入してきた! 援軍を頼む、援軍だ!」
爆音で聴覚が低下した大隊長には、叫び声がどこか遠くから聞こえるように感じた。
守備隊が壊滅した東門から続々とワーウルフたちが侵入してくる。
「オーガだ! あの爆炎でまだ動けるぞ!」
オーガも巻き込んでの爆裂系火魔法だったが、一体のオーガが動きだした。
その光景に砦に避難していた商人たちが恐慌に
「だめだ、もうだめだ。おしまいだ」
「に、逃げるぞ。逆側の西門から逃げるんだ」
「バカ! 西門の向こうにもワーウルフが大勢いるんだ。逃げ場なんてあるもんか」
騎士たちもワーウルフの防戦で手一杯の状況で、恐慌に陥った商人たちを正気に戻す余裕はなかった。
それでも何人かの騎士は状況の打破に動く。
「撤退の準備はどうなっている?」
中隊長が一人の騎士を振り返った。
「準備は整っていますが、突破できそうな手薄なところが見当たりません」
「探せ! 見つからなければ作りだせ!」
「少しでもまともに動ける者で突撃部隊と
「時間を稼ぐ。急いでくれ」
中隊長の言葉に数人の騎士たちが
「突撃部隊の編制が終わるまで持ち堪えろ!」
無謀という単語が胸を去来する。
この状況で突撃部隊が編制するまで持ち堪えることはできない。分かっていても、それでも尚も声を張り上げる。
「編制が終わり次第、突破口を開いてパイロベル市へ向かう!」
次の瞬間、東門の空が紅蓮に染まった。巨大な炎が渦を巻いて空に駆け上がる。
天を覆うのではと錯覚する程の炎の渦。
その常軌を逸した炎の渦に東門の防衛にあたっていた者だけでなく砦にいた人たちすべてが、これまで見たこともないような巨大な炎に目を奪われ、声を失った。
外からワーウルフたちの悲鳴が聞こえる。
崩れ落ちた東門から侵入してくるワーウルフが途絶えた。
「な、何が起きている? 報告しろ!」
中隊長の問いかけに防壁の上応戦していた騎士の一人が答えた。
「援軍です! いまの炎は援軍の魔術師が放った攻撃魔法です!」
涙を流しながら騎士が叫んだ。
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