第11話 盗賊、捕縛

 東側の岩場ではロザリーが八人の盗賊たちと戦端を開いていた。


「ちっ、この女、薬を使いやがった!」


「風下はまずい。風上に回り込め!」


「左右から挟み込むぞ!」


 ロザリーは大きく飛び退り、盗賊たちから距離を取る。だが、魔術による身体強化を図った者たちはロザリーの速度に遅れる事無くついて来ていた。


「逃がさねぇぞ」


 ロザリーの右側に三人の盗賊が回り込み、更に一人が後方へと駆ける。素早さこそあるが、麻痺薬まひやくの効果で動きにぎこちなさが出始めていた。

 右側には一際大柄な二人の盗賊が素早く移動している。


 自分を包囲するように展開した盗賊たちをロザリーが見回すと、


「観念しな、もう薬は通用しねぇぜ」


 右側に回り込んだ一人がそう言って、巨大な戦斧を威嚇するように水平に振りぬく。


「随分とお元気ですね。お薬足りなかったかしら? ――」


 背後へ回り込んだ者や数の多い左側の盗賊たちよりも、薬を吸って尚動きの変わらぬ右側の二人に注意を傾ける。

 中央の部隊に使った麻痺薬よりも即効性を重視して、幾分か強力なものを用いた。それでも動きを完全に封じる事が出来たものは二人だけだった。そして四人は麻痺薬まひやくの影響で動きが鈍っている。


「――それとも、何か別の薬をやっているとか?」


 問い掛けるような口調で小首を傾げるとあどけなさの残った笑みを浮かべる。その仕草と表情は取り囲む盗賊たちに、『生け捕りにしよう』と思わせるのに十分だった。


「ああ、やってるぜ、ブーストをな」


 一時的に筋肉の働きを強化する筋肉強化薬、『ブースト』と呼ばれているその薬は一般的に出回っていた。


「専門家の意見を言わせてもらえれば、ブーストはあまりお勧めしませんよ。反動がきついでしょう? 後で筋肉痛になっちゃいますよー」


「光魔法でなんとでもなるんだよ、これが」


「ブーストした男がどんなものか、たっぷりと教えてやるよ」


 左側に回り込んだ二人は言葉だけでなく、それぞれ戦斧と長剣とをこれ見よがしに振り回して威嚇を続ける。

 二人が半歩踏み出す動作に合せて、左側に回り込んだ三人の男たちが動いた。


 三人の男の動きに合わせてロザリーが彼らに向けて続けざまに二発の火球を放つ。火球は二人の男の足元で爆発し、爆風で三人の男たちを吹き飛ばした。

 男たちが悲鳴を上げる中、背後に回り込んだ男が矢を射掛る。


 身を屈めたロザリーの数センチメートル上を矢が風を切り裂いて通過する。彼女は屈めた身体を一気に伸びあがらせると、火球の爆発で舞い上がった土煙の中へと身を投じた。


「逃がすか!」


「ワトソン、女がそっちへ行った!」


 一人は片足を失っていたが残る二人はダメージを追った身体でロザリーの進路を塞ぐ。


「本当、皆さん頑丈に出来ていらっしゃる……」


 閉口しながらストレージから取り出したナイフを投じた。投じられたナイフは二本。一本は一人の男の太腿に突き刺さり、もう一本は防具に阻まれた。


「甘いんだよ!」


 爆風で小さな裂傷を幾つも負った男から、上背を利用した鋭い剣撃が振り下ろされる。


「その言葉、そっくり返してあげる」


 ロザリーの右手に突然長剣が現れ、盗賊の振り下ろす長剣を下から掬い上げるようにして刃を合わせた。


 硬い金属同士がぶつかり合う、独特の甲高い音を響かせて男の振り下ろした長剣が宙に舞う。

 魔術で身体強化されたロザリーの剣撃が男の腕力を圧倒した。


「てめっ、ガハッ……」


 剣を弾き飛ばされた際の痛みに顔を歪めながらも、悪態を突こうとした男の脇腹にロザリーの右足がめり込んだ。


「ワトソン、ナイフくらいで転がってるんじゃねぇ!」


 左側に回り込んでいた戦斧を持った男の叫びが響き渡った。


「それは酷ってものですよ――」


 ワトソンの太腿に突き刺さったものと同型のナイフを目の前にかざすと、ロザリーは妖艶な笑みを浮かべる。


「――お薬の効きが悪いみたいだったから、直接体内に流し込んでみました」


「薬を塗ってあったのか?」


「おい! 矢を射掛けろ!」


 その声と同時に重たい金属同士がぶつかり合う様な鈍い音が響き、背後に回った男がロザリーと二人の盗賊たちの間に飛び込んで来た。

 飛び込んで来た男は二度三度と地面を跳ねて止まる。


 地面に転がってピクリとも動かない男をよく見ると、背中に背負った長剣が半ばから折れて鞘から飛び出していた。

 ロザリーと二人の盗賊の視線が転がっている男が居た場所へと向けられる。


「ブローシュさん、お待たせしました。後は私に任せてください――」


 男の立っていた場所には神官服をまとった、百九十センチメートルを超える大柄男が立っていた。

 ロイ・ベレスフォードだ。


「――その二人、薬が効いていないようですね」


 世間話をするようにロザリーに話し掛けながら、街中を歩く様な気軽さで歩いてくる。その手には武器はない。あるのは巨大なタワーシールドだけだ。

 その姿と雰囲気に呑まれた様に二人の盗賊の動きが止まった。


「ベレスフォード神官? どうして?」


「西側の方に戦力が必要になったので、配役交代です。ガッカリさせて申し訳ありません」


「あ、いえ。そんな事は――」


 ロザリーの弁明を遮って、盗賊の一人がベレスフォード神官に迫る。


「テメーら、何をごちゃごちゃとー!」


 振り下ろされる戦斧など構わずに、ベレスフォード神官の手にしたタワーシールドが横薙ぎに振り抜かれ、振り下ろされる戦斧ごと盗賊を殴り飛ばした。


 吹き飛んだ盗賊は地面の上を何度も跳ねながら転がる。


「随分と重そうなタワーシールドですね、それに頑丈そう……」


 ピクリとも動かない盗賊には目もくれずにロザリーがベレスフォード神官の手にした重厚なタワーシールドを見やる。


「鋼鉄製で特注品です。四百キログラム程あります」


 その言葉にたった一人残った盗賊が息を飲んだ。魔術で身体強化されているとはいっても、四百キログラムもの重量物を軽々と振り回すのは、もともとの腕力が尋常でない事を示していた。

 そしてその言葉が嘘でない事は地面に減り込んだベレスフォード神官の足を見れば分かる。


「まあ、凄い重量ですわ。私が十人分くらいですね」


「ロザリーさん十人くらいなら軽いものですよ」


 ロザリーの図々しい自己申告を、ベレスフォード神官が快活な笑いと共に軽く受け止める。


 それを隙と思ったのか、残った盗賊がきびすを返して逃げだした。逃げる盗賊の背中にベレスフォード神官がタワーシールドを投げつける。

 すると、神官の手を離れた重さ四百キログラム程の鋼鉄製のタワーシールドは、うなりを上げて盗賊の背中をとらえた。


「ゴフッ!」

 

 肺から強制的に空気が絞り出され、背骨が潰れたような鈍い音が聞こえた。


「今のは死んだんじゃありませんか?」


「手加減はしてあります。大丈夫、生きていますよ」


 そのセリフに、『ベレスフォード神官の本気は絶対に見たくない』との思いがロザリーの胸をよぎった。


 ◇

 ◆

 ◇


 拘束した盗賊たちを護衛隊の冒険者に引き渡しを終えると、駅馬車隊の責任者であるジェフリー・モートンと護衛隊の隊長であるマーカス・ピアソンが駆け寄って来た。


「マクスウェルさん、ご無事で何よりです」


「旦那、お疲れ様です」


「ニールの活躍のお陰で楽をさせてもらったよ。俺が到着した時には半数を戦闘不能にしていた」


 俺の言葉に驚きの表情を見せると、すぐに視線がニールへと移る。


「それは凄い」


「ライリーさんも相当腕が立つとは思っていましたが、予想以上です。お疲れ様でした」


 隊長が右手を差し出すと、ニールが笑顔で握手を交わす。


「もっとも残りの半数はマクスウェルさんが援軍に到着するなり、雷撃で仕留めたんですけどね」


 ヒルデガルドの希望もあって、彼女が雷撃の一撃で五人の盗賊を戦闘不能にできる魔術師である事を伏せる事にした。

 そうなると、消去法でやったのは俺という事になる。


「雷撃ですか?」


「旦那、雷撃まで自在に使えるんですか?」


 ジェフリーとマーカスが心底驚いたように視線を向けた。


 驚くのも無理はない。雷撃は希少性の高い魔術だ。戦闘行為に耐えられるだけの強力な雷撃が使えるとなれば王室や貴族が目を付ける。

 さらに言えば、土魔法が得意だと吹聴しておきながら実戦で雷撃を使ったとなれば二重の意味で驚く。


「雷撃を使えるといっても大した威力はない。少しの間身動き取れなくする程度だ」


「十分ですよ」


 マーカスがあきれたようにかぶりを振る。


 本題に入る前にヒルデガルドには外してもらうとしよう。


「ヒルデガルドはベレスフォード夫人と妹さんと一緒にいろ」


「はい、分かりました」


 そう言って立ち去るヒルデガルドが十分に離れたところで切り出す。


「隊長、それで盗賊たちは口を割ったか?」


「割りました。俺たちを襲った後、ラムストル市へ戻るつもりはありませんでした。次のクラーレン市に仲間がいるらしく、そこで合流する手筈になっていたと言っています」


 どうして問題というのは一つ解決すると次から次へと後を絶たないのかねぇ。

 天を仰ぎたくなる衝動を抑えて話を続ける。


「合流するというのは、奪った品物や奴隷たちを売り捌く下地があるという事だな?」


「はい、驚いた事に奴隷だけじゃなく、女性客や連れの子どもたちまで違法に売り払うつもりだったようです」


 マーカス隊長の言葉にニールが眉間にしわを寄せる。


「かなり大掛かりな組織ですね、それ」


 まったくだ。組織の中枢に教会関係者がいない事を祈ろう。


「仲間の人数は聞き出せたのか?」


「それが聞くヤツによって違うんですよ。三十人だったり四十人だったりと」


「人的消耗も入れ替わりも激しいだろうから、彼らも正確な人数を把握できていない可能性はあるな」


「マーカス隊長、ありがとう、助かったよ。それで捕らえた盗賊なんだが――」


 俺の言葉を遮って駅馬車隊の責任者であるジェフリーが口を引いた。


「エンリコ・カイアーノ様の奴隷搬送用の馬車を護送にお貸しいただく事になりました。奴隷には予備の馬車に乗ってもらう事にします」


 意外だな。奴隷商人も話の分からない人間でもないのか。


「随分ともの分かりがいいな」


「ハッキリと『貸しだ』と言われましたけどね」

 

 俺の疑問をマーカス隊長が即座に解決してくれた。


「詳しい事は後で話そう。どうやら、もう一つ小規模な別動隊があったようだ」


 視線を暗闇に溶け込んだ岩へと向けると、俺の視線の先にジェフリー、マーカス、ニールの三人が視線を向ける。


「え? どこですか?」


「数はどれくらいか分かりますか?」


「どうします? 私も加勢した方が良さそうでしょうか?」


 三人とも敵の存在が確認出来ていない。


「あの大きな三つの岩が分るか?」


 駅馬車隊から三百メートル以上離れた場所にある岩場を示す。

 ジェフリーとマーカスが必至に目を凝らして暗闇を見つめる横でニールが答えた。


「暗くて判別できませんが、夕方に確認した記憶を頼りにすればだいたいの見当は付きます」


「あの岩場の陰に人間が隠れている。数は恐らく二人だ」


 魔力視の能力を使って、人が自然と発する微量の魔力を視認しながら告げた。


「盗賊ですか? というか、どんな身体強化をすればこの距離と暗がりで、人間が隠れている事を判別できるんですか?」


「確信はないが、恐らく間違いないと思うが――」


 こちらは灯りを付けているので向こうからはある程度動きが分かるはずだ。


「――確認をしてくる。盗賊たちも麻痺薬の効果から、そろそろ覚めるヤツが出てきてもおかしくない頃合いだ。注意を払ってくれ」


「分かりました。マクスウェルさんもお気をつけて」


 俺の言葉にニールが小気味よく即答した。


 ◇

 ◆

 ◇


「覗きか? 感心しないなあ」


 岩場の陰から灯りに照らされた駅馬車隊を覗き込んでいる二人の男。背後から彼らに声を掛けた。

 よほど驚いたのだろう、二人揃って文字通り飛びあがる様にして振り返る。


「なっ?」


「だ、誰だ、テメェ!」


「通りすがりの正義の味方さ――」


 両手を肩の高さに挙げて、手に武器を持っていない事を彼らに見せる。


「――裸の美女でも見えるのか? 場所を代わってくれたら見逃してやってもいいぞ。それとも楽しそうな駅馬車を遠くから羨んでいただけかな? どっちにしても寂しいなあ」


 こちらが武器を持っていないのを見て落ち着きを取り戻すと、急に強気な口調と態度に変わる。


「ふざけた野郎だ」


「夜の荒野を一人で出歩いちゃ駄目だって、ママに教わらなかったのか?」


 余裕と残虐性の相俟った笑みを浮かべると、二人は腰に帯びた長剣を抜き放った。


「やめておけ、落ち込む事になるぞ」


「舐めるな!」


「テメェが後悔しな!」


 向かって左側の男が繰り出した刺突しとつをかわし、右側の男が振り下ろした剣を右腕に装着した鋼鉄製のガントレットで受け止める。

 同時に左腕に装着したガントレットの形状を変化させる。


 紐のような形状に変化させた鋼鉄製のガントレットで剣を振り下ろして来た男を拘束した。

 眼前で起きた出来事が信じられないといった様子で動きを止めた。


「戦闘中に惚けていちゃダメだろ――」


 もう一人の男の肩を軽く叩き、今度は右腕に装着したガントレットの形状を変化させて拘束した。


 さて、次の問題はクラーレン市か。

 まさかパイロベルに着くまで、こんなことが続いたりしないよな。一抹の不安を感じながら盗賊たちに視線を落とした。

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