第10話 撃退
二発目、三発目の光球が続けて放たれ、辺りをさらに明るく照らし出す。
俺の放った火球は盗賊たちの背後に着弾すると同時に爆発した。空気を振動させる爆発音に続いて、火球の着弾した場所を中心に地面が大きく陥没する。
地中を空洞にして作った落とし穴。その一部が大きく口を開けて数人の盗賊たちを飲み込んだ。
俺が設置した罠――土魔法で地中に空洞をつくり、巨大な落とし穴として利用する。
麻痺して思うように動けなくなった身体で連中はその真上にいた。
「穴だ! 今の爆発でデケー穴が開いた!」
「な、何だ? 何が起きた?」
「ちぃ! 魔術師だ! 魔術師がいるぞ! 気を付けろ!」
「グレッグたちが穴に落ちたー!」
「魔術師の一人くらいどうってことはねぇ! 数にものをいわせて一気に制圧するぞ!」
「怯むな! 魔術師なんざ、数が揃わなければ怖くねぇ!」
「固まるな! 散開しろ!」
「駅馬車隊の中に飛び込め! 距離を詰めるんだ!」
盗賊たちの反応が真っ二つに分かれた。魔術による攻撃と味方の損害に混乱している者たちと戦い慣れた者たち。
戦い慣れた者たちの数が多い。
戦い方だけでなく会話や指示の中に軍隊用語が交じっていた。
そんな盗賊たちの動きと会話を聞いていたベレスフォード神官が口を開く。
「半数以上が軍隊経験者のようですね」
「ええ、戦い方が軍隊のそれです――」
だが、完全にこちらの策の中だ。軍隊経験者が何人いようと
「――ヒルデガルド、無理なら何もしなくていい。君が担当するはずだった攻撃魔法は俺が代わりに放つ」
「大丈夫です、撃ちます!」
力強いその言葉と共に、ヒルデガルドの付き出した右腕から火球が放たれる。同時にベレスフォード神官の左手からも火球が放たれた。
二人の放った火球に続いて、背後からベレスフォード夫人とシビルの放った火球も予定通りに罠の外周部へと着弾する。
着弾と同時にベレスフォード神官たちから次弾の火球が放たれた。
合計九発の火球が罠の外周部へ着弾して地面を崩す。
空気が震え大地が鳴動する。わずかな時間差で爆発音が轟き、続いて地面の崩れる音が響き渡った。
崩れる地面は連鎖反応で奈落の口を大きく広げる。
土煙が晴れたときには、盗賊たちの逃げ場を奪う様に罠の外周部は崩れ落ち、中心部だけが孤島の様に残っていた。
半数以上の盗賊が崩れ落ちる地面や岩盤とともに、地中へと吞み込まれている。
辛うじて崩れずに残った中心部で十数名の盗賊が、茫然自失といった様子で身を寄せ合うようにして固まっていた。
「お見事です、マクスウェルさん。貴方の作成した罠と立案した作戦通りです――」
ベレスフォード神官の差し出した右手を取る。
「――残るは西側と東側に回り込んだ敵ですね」
「ありがとうございます。ですが、西と東に二十人もの人数を割いている計算になります」
中央から仕掛けてきて敵は全部で四十三人。
西側か東側のどちらかに戦力を集中したとすれば最大で二十人の敵が回り込んでいる事になる。
「凄い、こんな簡単に地面が崩れるなんて」
「それもマクスウェルさんの魔術があればこそ、ですよ」
「土魔法って地味なイメージでしたけど、凄いんですね」
感嘆の声を上げる俺を見るヒルデガルドに続いて、
「火球で地面を撃ち込むだけで地面が連鎖反応で崩れるように仕掛けを作る、そんな芸当を出来る人が他にいるとも思えませんけどね」
ベレスフォード神官から賞賛の声と鋭い視線が投げ掛けられた。
刹那、街道の左右に広がる岩場の偵察に出ていたニールとロザリーから、信号代わりの火球が打ち上げられる。
「凄い、マックスさんの言った通り、左右の岩場からも盗賊が近づいていたんですね」
涙の痕の残る顔で驚きの声を上げるヒルデガルドに
「君はベレスフォード夫人と妹さんのところへ行け」
そう告げると、即座に否定の言葉が返ってきた。
「ごめんなさい。今、妹のところに行ったら泣いていたのが分かっちゃいます。妹は母が違法な毒で麻痺させられた事を知りません」
「その顔を見れば不審に思うか……」
「マックスさんと一緒に行っちゃだめですか?」
ヒルデガルドのセリフに、一瞬、俺とベレスフォード神官の視線が交錯する。
「マクスウェルさん、女性二人は厳しいでしょう。私がロザリーさんの方へ援軍に向かいます」
ロザリーとヒルデガルドの二人を戦力と数えながらも、守る対象とも考えてくれたようだ。或いは、不安げな表情を浮かべて側を離れようとしないヒルデガルドを連れて、ロザリーと合流する愚を未然に防いでくれたのか。
「助かります。俺はこの娘を連れてニールに合流します」
「もし手こずるようなら、お互いに火球なり光球を打ち上げて増援要請の合図としましょう」
無言で首肯するとベレスフォード神官が踵を返してロザリーが配置されている東側へと駆け出した。
「さあ、次はニールの待つ西側の岩場だ!」
ヒルデガルドをお姫様抱っこの要領で抱き上げると、『キャッ』と可愛らしい悲鳴が聞こえる。
「あ、あの、大丈夫ですから。私、走れます。魔術で身体強化が出来ます」
この娘の魔術での身体強化か。見てみたいが……
「君が身体強化を使って走るよりも、俺が抱きかかえて走る方が早い。それに、美人をエスコートするんだ、一緒に走るよりも抱きかかえた方が様になる」
抱き上げたヒルデガルドに向けてウィンクをすると、頬を染めた彼女が抗議の声を上げ掛ける。
「な、何を言っているんですか、マクスウェルさん! ――」
「口を閉じろ、舌を噛むぞ!」
ヒルデガルドの言葉を遮って、身体に魔力をまとわせる。わずかに遅れて彼女も身体に魔力をまとわせた。
いい反応だ。
土魔法で足元の岩場、直径三十センチ程を勢いよくせり上がらせた。岩は一気に十メートルの高さに達する。
夜の闇の中での十メートル。地面は闇に溶け込んで見えない。身体強化で強化された視力でなら辛うじて視認出来る距離だ。さて、どちらが恐怖心を掻き立てるか。
「ヒッ」
小さな悲鳴を上げて俺の服を握る手に力が籠る。それでもまだ地面を見下ろしていた。
無意識なのだろうが、強化した視力で地面と自分の位置を確認している。大したものだ。本当、部下に欲しいくらいだ。
「怖かったら目をつぶっていろ! ――」
十メートルの高さ、そこから魔力による身体強化を使って、さらに上空へと飛び上がった。
「――風魔法を使う。下着をみられるのが嫌だったらスカートが捲れ上がらないように押さえておけ!」
俺の言葉が終わるや否や、慌ててスカートを押さえた。
「と、飛んでいる!」
「安心しろ、まもなく落下する」
風魔法を使って落下速度を押さえつつ、ニールの戦っている岩場へと軌道を修正する。浮遊感が消失し、変わって落下する感覚が襲ってくる。
「いーやー!」
限界だったようだ。スカートが捲れ上がるのも気にせず、涙目で抱きついて来た。
◇
◆
◇
「酷いです、マクスウェルさん!」
ニールの援軍に駆け付けた瞬間は茫然としていが、ヒルデガルドはすぐに正気を取り戻して抗議の声を上げた。
目に浮かんでいる涙は上空の冷たい風のせいだけじゃないよなあ。
「安心しろ。下着は見ちゃいない。これでも紳士のつもりだ、ちゃんと目を逸らしていた。神に誓ってもいい」
教会は敵だけどな。
「下着の話じゃありません! いえ、下着もそうですけど」
頬が染まり抗議の声が小さくなった。
「まあ、そう怒るな。これで涙の跡の言い訳も出来ただろう」
「そ、れはまあ、そうですけど――」
納得しかけてハタッと気付いたように話を戻す。
「――違います! やっぱり酷いです! 行き成りなんて酷すぎます。ちゃんと言ってくだされば心の準備だって出来ました。そうしたらあんな醜態は晒さずに済んだんです」
一瞬、あまりのチョロさにこの娘の将来が心配になったが、すぐに気を取り直して抗議を続けるのを見る限り大丈夫そうだが……
それでも赤く染まった頬を、拗ねたように膨らませていては迫力がない。
その可愛らしい仕草に、微笑ましさを覚える。
「少しは気が紛れただろう?」
「え?」
キョトンとするヒルデガルドに向けてさらに続ける。
「高いところから落ちると結構スカッとするものなんだ」
「そ、そんな意図があったんですね。私ったらマクスウェルさんの心遣いも気付かずに――」
今度は恥ずかしそうにしながら勢いよく頭を下げた。
「――申し訳ありません」
ヒルデガルドの謝罪の声と剣撃に交じるニールの抗議の声が同時に響く。
「援軍に来たのでしたら、ちゃんと手助けをしてください。そちらに盗賊が行かないように戦うのも難しいんですよ」
双剣を巧みに使いこなし、五人の盗賊と剣を交えるニール。
足元には既に五人の盗賊が転がっていた。何れも手足の腱を切られて戦闘能力を奪ってある。
「ごめんなさい、ライリーさん」
「そうか? 余裕がある様に見えるぞ」
残った五人の盗賊の剣技から軍隊経験者だな。
ニール相手に生き残っているだけの事はある。剣筋、体捌き、連携のどれをとっても目を見張るものがある。何れも相応の手練れだ。
「二人程そちらに回しますので仕留めてくださいね」
「ライリーさん、下がってください! 私が仕留めます」
「大丈夫なのか?」
口からは心配する言葉が飛び出したが、内心は彼女の魔術を見たいという思いが急速に膨れ上がる。
シビルの膨れ上がる魔力を瞬時に霧散させた技。あんな芸当が出来る魔術師が放つ攻撃魔術がどんなものなのか、期待してしまう。
「はい、手加減なら出来ます」
「ニール、下がれ!」
俺の言葉と同時にニールが大きく飛び
刹那、雷撃が一閃した。
ヒルデガルドの右手からほとばしった一条の雷撃は曲線を描いて五人の盗賊を貫く。あまりにあっけなく放たれたその雷撃は常軌を逸していた。
おい、本当かよ。今の、間違いなく自分の意志で雷撃を曲げたよな。
俺とニールの驚きの視線が交錯する。
ニールのヤツ、まるでこの世のものではないモノを見た様な、そんな顔をしているじゃないか。
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