第9話 襲撃

 予定通りおとりと罠を設置し終えた俺たちは、駅馬車隊の最後尾に配置した自分たちの馬車付近へ戻ると、岩で作った馬車の彫刻を盾代わりにして迎撃態勢を整えていた。


「旦那、護衛の冒険者だけじゃなくて例の商人の護衛をしていたゴロツキもいるようですけど?」


 ロザリーの視線の先――俺たちが乗って来た馬車のさらに後方に停車させている馬車付近に身を潜めている十名ほどの冒険者を見やる。


「そう嫌そうな顔をするな。彼らは万が一の場合の予備戦力だ――」


 先ず無いとは思うが、俺たちを突破して背後の乗客に迫る盗賊がいた場合、彼らが対処する手筈になっている。


「――それと、罠に掛かった間抜け共を捕縛する手伝いをしてもらう」


「ふーん、あいつらは助手って位置づけでいいんですよね?」


 どうやら盗賊たちの迎撃に応援を頼んだのが面白くないようだ。護衛の冒険者たちに向ける視線が厳しい。

 こちらの作戦には介入しない事で話はついているので、それを改めて伝えようとする矢先、ニールがロザリーをなだめに掛かった。


「ロザリーさん、そこは我慢してください。我々三人が偵察に出ているのは他の人たちも知っています。何より盗賊六十三人という具体的な危険が迫っているのに、駅馬車隊の責任者や護衛隊の隊長に知らせない訳には行かないでしょう」


「子どもじゃないんだから、理屈は分かっています。ただ、感情の方が納得できないだけですよ。旦那やニールさんだって『信用しきれない』って言ってたじゃないですか」


 そのセリフと反応が大人になり切れていない証左なんだがな。

 俺と同じ意見なのだろう、苦笑などしていなかったような顔でニールが説得に掛かった。


「ロザリーさん、気持ちは分かります。私も納得をしたわけではありません。ですが、信用できない相手であっても、協力し合う事で利益となる場合があります。今がそうです」


「信用できない人間に背中をあずけるんですか?」


「そこまでお人好しではありませんよ。信用できない人間でも利用できるなら利用する、というだけです」


 理屈での説得ではなく、感情面に訴える策に切り替えたようだ。


「利用? ですか?」


「そう、利用です。こちらもですが、向こうも私たちを利用しようと考えています。頭のいい貴女なら理解できるでしょう?」


 ロザリーは少し考え込むような表情を浮かべると、すぐに口元を綻ばせた。


「利用していると思わせておいて、実はこちらが利用するって事ですね?」


「その通りです。さすが、ロザリーさんだ」


 ロザリーが見事に誘導された。

 ニールは彼女のプライドをくすぐる事に成功したようだ。妖しい笑みを浮かべる。


 そんな二人のやり取りをよそに、ベレスフォード神官が俺に向かって口を開いた。


「マクスウェルさん、間違いなく迎撃は我々だけで行うんですよね」


「ええ、護衛の冒険者には、あくまでも予備戦力に徹してもらう事で話が付いています」


「商人の私的護衛はともかく、駅馬車隊の責任者や護衛隊の隊長がよく了承しましたね」


 護衛の冒険者が護衛対象の乗客と一緒に盗賊や魔物に対処するのはよくある話だが、迎撃を任せるような事はない。

 駅馬車を運営している商会にしても護衛の冒険者にしても、それで怪我人でも出たら失態だ。普通はそんな要求を呑む訳がない。


「ベレスフォード神官のお名前を利用させてもらいました。この駅馬車隊の責任者も護衛隊の隊長も、ベレスフォード神官の事を知っていたので二つ返事でしたよ――」


 ロイ・ベレスフォード。俺たち特殊部隊からすれば教会の重鎮であり、教会騎士団の武闘派の中心人物だ。だが、一般にはそんな事は知られていない。

 広く知られているのは先の戦争の功績。

  

「――西方の国境で十倍の敵兵を相手に一歩も引かずに守り切った『神の盾』の二つ名は役に立ちました」


「マクスウェルさんも他人が悪いですね。誇張が激しいようなので訂正させてください。敵兵は十倍もいませんでしたよ」


 正確な敵兵との戦力差は言わず仕舞いか。

 十倍もの敵兵はいなかったのは確かだが、八倍弱の敵兵を撃退したのも事実だ。

 

「まあ、噂なんて言うのは誇張されて伝わるものです。それに西方の国境を守り切ったのは事実でしょう」


「守り切ったのは私ではなく部下たちです――」


 心底『困った』という表情だ。これが演技だとしたら大したものだな。


「――私のあてにならない噂よりも、見事なクロスボウの連射とオーガを単独で撃退した魔術の方を信用したと思いますが、違いますか?」


「オーガを撃退した旦那の腕もあったからでしょう? 私なら噂よりも自分の目で見たものを信じるわ」


 ロザリーが話に割って入った。


「おい、ロザリー。それはベレスフォード神官に対して失礼だろ」


「いいえ、構いませんよ。ブローシュさんの言う通りです。誇張された噂話を信じて迎撃を我々に任せたとしたら、この駅馬車隊の責任者も護衛隊の隊長もこの先あてに出来ません――」

 

 辛辣だな。

 だが、言う事はもっともだ。


 ベレスフォード神官の口元が綻んだ。


「――それで正直なところ、責任者と隊長はあてになりそうなんですか?」


 何とも意地の悪い質問だ。『あてになると』と答えれば、彼らがオーガを倒した俺の腕を見込んだ事になる。『あてにならない』と嘘を吐けば俺の信用がなくなる、よなあ、多分。


「あてにしても大丈夫でしょう」


 俺がベレスフォード神官の意図に気付かない振りをして答えると、神官は思案するような表情を浮かべて質問を続けた。 


「駅馬車隊の責任者には説明するのは当然でしょうが、それ以外はどうなっていますか?」


「盗賊が迫っている事を知っているのは駅馬車隊の責任者と護衛隊の責任者です。それと奴隷商人から護衛を借りる際に彼にも伝えてあります。もちろん、確認出来る範囲での敵の規模と装備も伝えてあります」


「えー、大丈夫なんですか? 背後から矢を射掛けられたりしませんよね?」


「まさか、奴隷商人も表向きは紳士だ――」


 奴隷商人はパイロベルの街で俺に吠え面をかかせるのを楽しみにしているんだ。我慢しきれずに途中で手を出すようなこらえ性の無いヤツなら苦労はしない。


「――ここで不意打ちを仕掛けて俺を討ち漏らしでもしたら、自分が不利になるだけだ。そんな事はしないさ。それも向こうも俺が不意打ちを警戒している事くらい予想しているよ」


「旦那は人が良すぎますよ。あんな奴隷商人を信用する何て――」


 不満を口にしかけたロザリーの言葉を遮って、彼女の後ろで俺とベレスフォード神官のやり取りを面白そうに見ていたニールが声を掛ける。


「ロザリーさん、そろそろ移動しますよ」


「ニール、ロザリー、申し訳ないが西側と東側の警戒の方を頼む」


 罠に向かって真っすぐに近づいてくるような連中は、想定した範囲での動きなので然程さほど気にする必要はない。

 怖いのは想定外の動きをする者と不測の事態だ。


「任せてください。何かあったらすぐに報せます」


「私も何かあったら火球を打ち上げますね」


 二人は街道の左右に分かれると、静かに暗闇の中に姿を消した。


 ◇

 ◆

 ◇


 罠から最も遠い盾代わりに作った馬車の背後にベレスフォード夫人とシビル。最も近い馬車の彫刻の背後に俺とベレスフォード神官、ヒルデガルドの三人が潜む。


「盗賊たちは罠へ向かって真っすぐに進んでいるように見えますね」


 馬鹿正直な盗賊たちの動きを目の当たりにして、『信じられない』といった様子でベレスフォード神官がつぶやいた。

 ベレスフォード神官の隣で、口を引き結んで真っすぐに罠を見つめていたヒルデガルドが、俺に視線を向ける。


「罠に掛かってくれるでしょうか?」


「少なくとも真っすぐに向かってきている連中は、もう半分以上罠に掛かったようなものさ」


 事実、盗賊たちは既に麻痺薬の効果の範囲に入っていた。


「麻痺薬、ですか?」


 その綺麗な形の眉が歪み、目に嫌悪の色が浮かんだ。


「麻痺薬を罠に使うのは反対か? 先程も説明したが後遺症が残るような薬じゃない。それに使うのは微量だから動きが悪くなる程度だ――」


 相手が盗賊とはいえ、簡単に命を奪わないように配慮はしている。

 安堵の表情を見せるヒルデガルドに尋ねる。


「――何かあったのか?」


「私たち、母方の祖母の下へ向かっているのはお話しましたよね?」


 表情を曇らせた彼女が静かにそう口にした。


「パイロベル市、国境の街だ。俺もそこに向かっている」


 俺へと真っすぐに向けられた目が月明りを反射して輝く。目を閉じて口元を引き締めた彼女は、流れる涙を隠すようにうつむいた。

 そして小さな声で話し出す。


「母は魔道具職人でした。二カ月前、素材集めの最中に事故で亡くなりました。他のパーティーが使った違法な毒のせいです。いえ、直接の死因は毒ではありません。でも――」


 握りしめられた小さな拳は小刻みに震えている。

 ベレスフォード神官は聞こえていないかのように、盗賊たちの動きを追って視線を逸らさずにいた。


「――母の所属していたパーティー全員が、他のパーティーの使った違法な毒で身体が麻痺して……身動きが取れなくなったところを、フォレストウルフに襲われました」


「辛い事を話させてしまったな。すまん」


 口を押えて、嗚咽おえつが漏れないようにして泣いているヒルデガルドをそっと引き寄せて抱きしめた。

 胸の中で熱い息と共にくぐもった声が発せられる。


「普段なら簡単に倒せるような魔物でした――」


 一瞬、ヒルデガルドの視線が駅馬車隊の前方へと向けられた。


「――あいつらが、毒で麻痺した母たちを置き去りにしたんです」


 おい、まさか、だよ、な。

 ヒルデガルドの細い肩を抱く手に力が籠る。


 なんて事だ、いろんな意味でこの娘から目を離さない方が良さそうだ。


 次の瞬間、岩を叩く様な音が幾つも響き、地面に転がった火矢が罠の一部をほのかに照らす。


「盗賊が彫刻の馬車に火矢を射掛けてきました!」


 ベレスフォード神官のその声を合図に、後方から光球が放たれた。


 後方のベレスフォード夫人が放った光球が罠の上空で滞空する。光球はそれを見上げる盗賊たちの間抜け面を照らし出した。

 何も知らされていない駅馬車隊の護衛や乗客たちが騒ぎに気付いたらしく、人々の動きが慌ただしくなる。


 その慌ただしさに、こちらが混乱していると受け取ったのか、盗賊たちが一斉に駆け出した。距離が詰まる。

 たちまち俺が造った岩の彫刻付近に盗賊たちが到達した。


「ちくしょう! 何だよ、これは!」


「石だ! これ、人じゃねぇぞ」


「何でこんなところに彫刻があるんだ?」


「こっちも馬車じゃねぇ。岩だ!」


「構わねえ、敵は油断している! やっちまえ!」


「数はこっちの方が上だ!」


 夜襲がバレはしたが、それでも自分たちの戦力が圧倒的だと信じているのだろう。作戦が根底から崩れたにもかかわらず力押しで向かってくる。


「なんとも気の毒な人たちですね。同情します」


「なんて間抜けな連中だ。これなら労せずに一網打尽だな」


 ベレスフォード神官と俺のセリフとが重なった。

 おかしいな。正義の味方のはずの俺の方が教会関係者のベレスフォード神官よりも悪役っぽく感じる。


「マクスウェルさん、盗賊たちが罠の範囲に入りました!」


 ヒルデガルドの声と同時に俺は合図となる最初の火球を罠の中心部へと撃ち込んだ。

 さあ、一気に片を付けようか。

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