第12話 ご休憩
俺とニールの二人が駅馬車隊の最後尾でくつわを並べて馬上で揺られていると、護衛部隊の隊長であるマーカス・ピアソンが駆け寄り俺の左側に馬を並べる。
「この先にある谷間の近くで昼の休憩を取ります。真っすぐ進む街道が本道ですが、あの断崖の間にも脇道があります――」
マーカスの指さす方向――右斜め前方に切り立った二つの向き合う断崖がある。
「――あの断崖の手前で休憩にします。万が一崖の上から襲撃されても、問題ないだけの距離は取りますから安心してください」
そう言うと『その後、二時間も進めばクラーレン市です』と付け加え、目の前を行く護送用の檻馬車に視線を向ける。
三台の檻馬車に閉じ込めた盗賊たちは、まるで親の仇でも見るような目で俺たち三人を睨み付けていた。
「崖から離れて休憩するとなると、陽射しを
「また、適当にテントを張るさ」
昼食の話題に移ろうとした俺とニールの会話に、マーカスが言いづらそうな顔で話に割って入って来た。
「それで、その、盗賊たちをどうします?」
捕らえた盗賊たちには懸賞金が懸けられており、懸賞金を受け取る権利が俺たちにある。盗賊たちの処遇を聞いてくる理由の一つがそれであるが、最大の理由は別のところにあった。
「どうするって。そりゃあ、クラーレン市に騎士団がいれば騎士団に引き渡す」
「様子を見に行かせた連中が先程戻りましたが、見回りの騎士団は来ていませんでした。居たのは衛兵と自警団だけです」
「衛兵が盗賊たちと繋がっている可能性についてどう思う?」
「わざわざ聞く事ですか?」
「だよなあ」
盗賊たちもクラーレン市に仲間がいる事や、違法な人身売買の下地が出来ている事は白状したが、衛兵との繋がりは最後まで認めなかった。
だが、衛兵との繋がりが無い状況でヤツら全員が助かるのは難しい。というよりも、全員が解放されるとしたら衛兵と繋がりが無ければ無理だ。
「クラーレン市からその次のベルクド市までの間にアロン砦があります。アロン砦は騎士団の駐留所ですから、そこで引き渡す事にしますか?」
「衛兵に引き渡して盗賊が解放される可能性を考えたら、それしかないだろうな」
解放される可能性のある六十三人もの盗賊を、置き土産にして立ち去るなんて事は幾らなんでも出来ない。
「衛兵に引き渡さないとなれば、クラーレン市にいる盗賊の仲間たちは彼らを取り戻しに来るでしょうね」
盗賊を衛兵に引き渡さない選択肢に紐づく不安をニールが口にすると、マーカスが前方の檻馬車に視線を向ける。
「そこまで義理堅いですかね?」
「義理というよりも、戦力強化だな。戦力が強化されれば大きな仕事ができる」
渋面を作って
「マーカス隊長、もっと嫌な可能性もあります。衛兵が引き渡しを要求するなり、難癖をつけるなりして、盗賊たちを私たちから引き離そうとするかも知れませんよ」
「それって衛兵たちが、自分たちは盗賊とグルです、って言っているようなものじゃないですか」
「実はそっちの方がありそうだと思っている。理由は保身。自分たちの悪事がバレる事を恐れての行動だ」
「盗賊たちを騎士団に引き渡しでもされて、余計な事をしゃべられたら困るでしょうねぇ。いえ、仮に衛兵がグルだったとしたら、の話ですけどね」
ニールも他人が悪い。盗賊と衛兵がグルだと思っているくせに、マーカスの反応を楽しんでいる。
「助けるか口封じするかの二択だろうな」
「クラーレン市に寄らずに、直接アロン砦に向かっちゃ駄目ですかね?」
マーカスも駄目な事を分かっているようで、半ばあきらめた様子で天を仰いだ。
大袈裟な反応を見せるマーカスをよそにニールが真面目な顔つきで問う。
「クラーレン市の滞在は一晩だけですから、衛兵が仕掛けて来るとすれば今夜でしょう。どうします、マクスウェルさん」
「市民が見ているところで衛兵が盗賊を助けに来るか? そこまで馬鹿じゃないだろう」
「いやー、馬鹿だから盗賊なんかと手を組むんですよ」
身も蓋もない事を。
「となると、衛兵が今夜にも仕掛けて来る前提でこちらも準備を進めるとするか――」
さてそれじゃあ、盗賊たちの中にいる危険なヤツを先に何とかするか。
「――マーカス、申し訳ないが昼食を早く済ませてくれないか。出発前にもう一度盗賊の尋問をしたい」
魔力視を発動させて前方の檻馬車へと視線を向けると、檻馬車の中で一際強烈な魔力をまとった女性に目が止まる。
「分かりました」
「燃えるような赤毛の美人がいただろう、あの女性と話がしたい」
「あの胸の大きな美人ですね――」
ニールが前方の檻馬車を見やり、ニヤリと口元を綻ばせる。
「――いいんですか、ロザリーさんはどうでもいいとして、ヒルデガルドさんが悲しみますよ。いや、悲しむのではなく軽蔑するでしょうね。もう、口もきいてくれないかもしれません」
「何でそこでヒルデガルドが出て来るんだ?」
綻んだ口元がニヤニヤ顔に変わっている。随分と楽しそうだ。
「随分と気に掛けていた様子でしたからね」
まったく、よく見ている。
気に掛けていたのは確かだが、理由はニールの想像とはまったく違う。もっとも、それを説明するつもりもないがな。
「そうじゃなくてだな……」
適当に誤魔化そうとした矢先、前方から微量の魔力が流れてきたのが見えた。
何か仕掛けてきたのか?
魔力視を発動させたまま視線を前方へ向ける。
魔力の流れは真っ直ぐに最後尾から二列目の檻馬車へと続いていた。二列目の馬車が発動元か。
セリフを中断した事もあって、ちょうど俺の言葉を遮る形でマーカスが口を開く。
「旦那、旦那方は盗賊を撃退してくれた恩人ですからあまり言いたくはありませんが、捕らえた盗賊の女をどうこうしようってのは、あまり褒められた行為じゃありませんぜ」
微量だが魔力は継続して流れ続けているが、ちょうど俺とニールの間で途切れていた。魔術が発動した様子も、何かを仕掛けてきている様子もない。
一陣の風が吹くとその魔力の流れは霧散した。
「誤解があるようだから言っておくが、別に悪さをしようなんて考えていないからな――」
風で霧散した? 或いはこちらに気付いて中断したのか?
軽蔑するような眼差しを向けるマーカスに思惑を説明する。
「――あの赤毛の女はかなり強力な魔術師だ。あの程度の檻や拘束は問題にしていないはずだ。衛兵と連携するにしろ盗賊たちだけで何かするにしろ、彼女がカギになる」
「本当ですか? 戦闘のときも捕らえるときも、魔術なんて使ってきませんでしたよ」
「戦闘のときは薬で麻痺していましたから何も出来なかった可能性はあります。ここはマクスウェルさんを信じてあげましょう」
風魔法か? 今の魔術と似たようなものは何かあったか?
そうだ! 『覗き見』の魔術が同じような感じだった。覗いていたのか? 盗み聞きされた可能性もあるか……
「まあ、お二人がそう言うなら信じましょう」
いや、マーカス。お前、絶対に信用していないだろ。
◇
◆
◇
俺たちは早めに昼食を済ませて、
女性盗賊を尋問するのは俺とニール、マーカス隊長、ベレスフォード神官。そしてマーカス配下の若い冒険者三人の合計七人。
男七人で女性一人を連れ出すというのは誤解を招く可能性がある。
という事でロザリーと護衛隊の冒険者であるコンスタンス、さらにヒルデガルドの女性三人に同行してもらう事になった。
「ロザリーさんは分かりますが、どうしてヒルデガルドさんまで一緒なんですか?」
隣を歩くニールが他の者たちに聞こえない程の小声で問い掛けてきた。
その目、絶対に誤解しているだろ。
「彼女の力は知っているだろ。それが必要になるかもしれないんだ――」
ヒルデガルドに同行してもらったのは、『覗き見』か『盗み聞き』かは知らないが、それの対策の一つだ。
風で霧散する程度の能力なら俺の風魔法でどうとでもなる。だがもっと強力だった場合、シビルのあの魔力量を瞬時に霧散させたヒルデガルドの力が役に立つ、かもしれない。
あの能力を本人に確認する訳にもいかないからなあ。
「――攻撃速度の速い雷撃なら大概の魔術の先手を取れる」
自然と言い訳も辛いものになる。
「そうですか? まあ、マクスウェルさんがそう言うならそういう事にしておきましょう」
そうだろうよ、今の説明で信じろという方がおかしいよな。
さて、そろそろ始めるか。
皆が食事をしている谷間からおよそ二百メートル、荒野のど真ん中。岩場どころか草木一つ遮るものは無い。
これならあらぬ誤解を招く事もないだろう。
「さてと、ここら辺でいいだろう。始めようか」
俺の言葉に女性盗賊がギョッとした顔で見つめ返して来た。
「ちょっ、ちょっと待っとくれよ! 距離は離れているけど、ここじゃ丸見えじゃないか!」
「見えるところじゃないと、色々と不都合があるんだ」
「はあ! ちょっと、他の連中もそれでいいのかい?」
まるで助けを求めるようにニールやベレスフォード神官に訴えかけた。
「まあ、それが一番いいんじゃねぇのか?」
即答したのはマーカス。それにニールとベレスフォード神官が続く。
「異論はありませんよ」
「神はいつでもどこでも見ています。本来であれば、他人の目を気にするような事ではありませんが、今回は皆さんの意見に従う事にしました」
「あ、あんたたちなら分かるよね」
今度はすがるような目でロザリーたち女性陣に訴える。
「いや、別に私は旦那の意見に賛成だよ」
「私も、マーカス隊長に従うだけです」
「私もマクスウェルさんの言う通りにしようと思います」
「男どもだけじゃなく、女までもかよ! こ、この、変態どもー!」
何か勘違いした女性盗賊が涙目で叫び声を上げた。
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