第21話 宿屋、襲撃

 ベッドの脇に置いた椅子に腰かけたまま窓の外へ視線を向ける。昨夜までの吸い込まれるような夜空も星の輝きもない。夜空を覆う厚い雲が月と星を隠していた。

 夜襲にはおあつらえ向きの夜じゃないか。


 自然と口元が綻ぶ。

 そのとき、窓からベッドへと長いスカートをひるがえして人影が飛び込んできた。


「マクスウェル叔父様」


「ちょっとお姉ちゃん、あたしが寝ていたんだからもう少し静かに着地してよ」


 ヒルダがベッドに飛び込んできた反動で、ベッドから投げ出されそうになったシビルが抗議の声を上げる。


「ごめんなさいね、私もちょっと慌てていたみたい――」


 そう言ってシビルを軽く抱きしめると、すぐに俺の方へと向きなおって話を再開する。


「――ニールさんから伝言です。『ノーマさんが成功した』と伝えて欲しいと言われました」


「ありがとう、ヒルダ。二人ともベッドに潜って隠れていろ」


 ノーマが成功したか。今のところ順調すぎる程に順調だ。


「それと、周りはすっかり囲まれています。ざっと数えただけでも、六十名の盗賊たちと衛兵隊も五十名以上いました」


 合わせて百人以上か。


「光栄だな、随分と高く評価されたようだ」


「マックス叔父さん――」


 ベッドの上を這って、椅子へと近づいて来たシビルが弾む様な口調でささやいた。


「――私、いつでも焼き払えるように準備しておきますね」


「いや、その準備は必要ない」


「心配しなくても周りに被害を出さないように気を付けます。盗賊と衛兵隊の人たちも足首から下だけを消し炭にして行動不能にすることも出来ると思います、多分」


 その『思います』と『多分』が恐ろしい。


「倒れた者がいたら丸焼けになるんじゃないのか?」


 俺の言葉に『うーん』と少しだけ考えるそぶりを見せると、照れくさそうに笑みを浮かべる。


「かも知れません」


「ヒルダ、シビルと一緒にベッドに隠れていてくれ。万が一、身の危険を感じたらヒルダが応戦しろ、いいな」


「はい、分かりました」


「私も役に立ちますよ」


「シビル、君が役に立つのは十分に知っている。だが、ここは街中だ。君の得意とする火炎系の火魔法を使うには場所が悪すぎる――」


 ヒルダからシビルの攻撃魔術の制御が未熟である事は聞いていた。

 尚も言い募ろうとするシビルの機先を制してウィンクをし、笑顔を向ける。


「――ああは言ったが、万が一なんて事はないから安心しろ。この宿に侵入してきた連中は俺がすべて仕留める」


 俺の役割はこの宿屋に侵入してきた連中の撃退とファーリー姉妹に力を使わせない事だ。


 ◇

 ◆

 ◇


 来た、一階の食堂に複数の侵入者の足音が響いた。床に大量の砂鉄と砂利をまいてあるからよく響く。

 ベッドの上に座っていたファーリー姉妹にも緊張が走った。


 二人とも魔力による身体強化と魔法障壁を瞬時に展開する。

 ベッドの上の二人に視線を向け、同時に魔力視を発動させた。二人の身体を十分な濃度の魔力が安定して覆っている。この精度魔力障壁なら大概の攻撃は凌げそうだ。


 階下から砂鉄と砂利を踏みつける音に交じって、武器や防具の擦れる音、人の話し声が聞こえている。


「な、な何だ?」


「落ち着け! 砂と砂利だ」


「ち、これだからボロ宿は!」


「連中は上の階だ、全員が配置に付いたら一斉に扉を打ち壊すぞ」


 大人数での夜襲という圧倒的に有利な状況で、侵入者たちの気が大きくなっているのか、話し声が大きい。 身体強化で聴覚も強化されていのと静まり返った状況もあって、実によく聞こえる。


 この宿屋には俺とニール、ロザリー、ベレスフォード夫妻、ファーリー姉妹、マーカスとコンスタス、五人の護衛の十四人が泊まっている事になっているが、随分と人数を割いたものだ。

 足音から察するに五十人以上が建物に侵入してきている。


 俺たち一人に対して三人以上で襲うつもりだ。

 さて、お手並み拝見と行くか。

 俺は柄まで鋼で出来た長剣を床に突き立てると、襲撃者が入って来るであろう扉を真っすぐに見据えた。


 ◇


 乾燥した木が割れる乾いた音と壊された扉が床に打ち付けられる音が、宿屋のあちこちで鳴り響く。

 続いて、大勢の遠慮のない足音と乱暴な言葉が宿屋の中に轟いた。


 俺の部屋に踏み込んで来たのは八人。全員が抜き身の剣を携えて身体強化を行っていた。まとっている魔力は警戒するに値しない、お粗末なものだ。


「て、てめぇっ、起きていたのか?」


「てめぇだけは、許せねぇ。楽に殺してやらねぇからな」


「昨日の恨みを晴らさせてもらうぜ」


 起きている俺に驚いた盗賊たちから視線を外し、無残にも破壊された扉へと視線を移す。


「随分と乱暴なノックだな。扉が壊れちまったじゃないか」


 そう告げる間に、衛兵の一人がベッドの上に座っていたファーリー姉妹に目を止めた。


「何だ、気が利くじゃないか。女を用意してくれるなんてよ」


 男の視線の先を追うと、右手に魔力を練ったシビルがいた。姉のヒルダと違って聞き分けがよろしくない。燃やす気、満々だ。

 俺は好色な衛兵に再び視線を戻す。


「悪い事は言わん、やめておけ。火傷をして泣くのが落ちだぞ」


「何だと!」


 俺のセリフが頭に来たのか視線をファーリー姉妹から俺へと移し、もの凄い形相で睨み付けて来た。


「バ、バカ! そのチビの方は例の恐鳥を焼き払った魔女だ!」


「うそだろ? この嬢ちゃんがか?」


「先だ、ベッドの上のチビを先に殺せ!」


 残りの盗賊と衛兵たちが騒ぎ出し、


「任せろ、俺がやる!」


 一人がそう叫んでベッドの上にいるシビルへと斬りかかった。次の瞬間、床の砂鉄と砂利が斬りかかった男の身体を生きているかのようにいあがり、彼の全身を覆う。

 鈍い音を立てて、鉄の彫像と化した男が床に転がった。


「後、七人」


 俺の言葉に襲撃者が後退る。


「全員で斬りかかるぞ!」


「バ、バカ、応援だ! 応援を呼べ!」


「こっちだ! こっちのヤツがヤバイ! 手を貸してくれ!」


 彼らの呼び掛けに応える声でなく、異変を報せる声が他の部屋から聞こえ出した。


「何だ? ベッドには石像が転がってやがるぞ!」


「ヤバイぞ! 昨夜と同じじゃねぇのか、これ?」


「畜生、もぬけの殻だ!」


「逃げやったのか?」


「外のヤツラに報せろ! 全員逃げ出した後だ!」


 その声に俺の部屋に踏み込んで来た七人が顔を引きつらせて振り返った。


「聞いての通りだ。この宿屋は俺たち三人の貸し切りだ。他の部屋の連中も相手にしなければならないんで、手短にすまさせてもらう」


「あ、悪魔ー!」


「た、助けてくれ!」


「嫌だ、あんな死に方はしたくねぇー!」


 声を上げる事が出来たのは三人だけ。他の四人は声を上げる事も出来ずに全身を砂鉄と砂利で覆われ、鈍い音を立てて床に転がる。


「安心しろ、息は出来るから死にはしないさ」


 そう言い残して長剣を引きずりながら廊下へと出ると、既に半数以上が無人の部屋から飛び出していた。

 手近なところに立っていた三人に声を掛ける。


「騒々しいな。他の客に迷惑だからもう少し静かにしてくなか?」


「き、貴様! 他のヤツラはどうした?」


 反応したのは衛兵隊の副隊長。凄んで問い返す彼の背後で二人の盗賊が大声を上げる。


「そ、そいつです! 危険なヤツだ」


「ヤバいヤツです、そいつ!」


「こいつか? 例の落とし穴を掘った卑怯者ってのは? ――」 


 衛兵隊の副隊長がそう聞き返して振り向いたときには、俺の事を悪しざまに言った二人の男は全身を砂鉄で覆われて床に倒れていた。

 それを見た副隊長はすぐに俺へと向きなおり、短槍を構え直す。


「――貴様、何をした?」


 副隊長の質問を無視して、彼の背後へと視線を向ける。


「俺が落とし穴を掘ったというのをもう聞き出したのか。この都市の衛兵の尋問能力は随分と高いようだな」


「この人数相手に余裕じゃないか」


「そうだな、そちらの人数も随分と減ったようだからな――」


 俺の視界に入った者は眼前の副隊長以外、もれなく砂鉄にまみれてもらっていた。

 背後から聞こえる悲鳴や罵声を気にしながらも、背後を振り返れずにいる彼に向かって口元を綻ばせる。


「――どうした? 後ろが気になるのか? 遠慮するな、振り返れよ」

 

「ロイド! バークレー!」


「時間外労働で酷使し過ぎじゃないのか? その二人ならお前さんの後ろで重なり合って寝ているぞ」


 どいつがロイドで、どいつがバークレーかなんて知らないので、もちろん適当だ。


「タイラー! 返事をしろ!」


 味方を踏みつけて階段を降りかけたところで、砂鉄の彫像と化した男に怯えるような反応が見えた。

 お前がタイラーか?


「部下に恵まれていないようだな。タイラーは味方を踏みつけて逃げ出そうとしていたんでお仕置きをしておいた」


「んっんんー!」


 副隊長の部屋の出入口付近で倒れていた男が抗議の声を上げた。

 人違いだったようだ。お前がタイラーだったのか、許せ。


「ふざけたヤツだ」


 セリフは威勢がいいが顔は蒼ざめ、視線は階下の出入り口付近の様子をうかがっている。

 どうやら、逃走経路を探し出したようだ。


「やめておけ、逃げ場なんてないぞ」


「お前こそ諦めろ。外には仲間が大勢いて、この宿屋を取り囲んでいる。逃げ場がないのはお前の方だ」


「顔色が悪いぞ。うすうす感づいているんだろう? 外の仲間もここと大差ない事になっていることに――」


 両手を大きく広げて無造作に隙を見せる。


「――違うのか?」


「ウォーッ!」


 気合の籠った掛け声と共に短槍が真っすぐに突き出される。鋭く早い突き。

 生憎だが俺には届かない。


 空中に三枚の鋼の大盾を出現させる。一枚は突き出された短槍と俺の間に、もう一枚は副隊長の眼前に、最後は彼の頭上。

 大盾と短槍が激突して甲高い金属音を響かせ、続いて突進してきた副隊長が鋼の大盾にぶつかる鈍い音、ほぼ同時に頭上から降って来た大盾が彼の首筋に直撃した。


「ま、まだだー!」


 よろめきながらも、尚突撃しようとする彼の両脚を砂鉄が拘束する。両脚を床に固定されたため、砂鉄と砂利の散らばる床に顔面から勢いよく突っ伏した。

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