第29話 アロン砦の攻防

 さらに複数の爆裂系の火魔法が炸裂した。わずかな時間差で複数の爆音が振動となって肌を震わせる。炎が上がり爆風が土煙を舞い上がらせた。


「バカな、どこからの援軍だ?」


「駅馬車隊のようです! 護衛の冒険者多数確認! 東側のワーウルフを広域の攻撃魔法で撃破しながらこちらを目指しています!」

 騎士の報告通り、砦の外では爆発音が鳴り響き、地面と空気を震わせる。広域の炎がワーウルフたちを包み、断末魔の悲鳴を上げさせる。陽光を反射し美しく輝く水の刃がワーウルフたちを切り裂く。高速で射出された岩の弾丸がワーウルフを撃ち抜く。


 その光景は防壁の上にいた一部の人たちだけが見ることができた。

 彼らの胸中を支配していた絶望がはらわれる。高揚した人たちが雄叫おたけびを上げる。沸き上がる感情が涙をあふれさせた。


「助かるぞ! 援軍だ、魔術師の援軍が来たぞ!」


 尋常ならざる力を示す援軍の情報は高揚した感情と共に砦内に拡散していった。


 ◇


 魔法の一撃で焼き払われるワーウルフを見てブライアンが顔を蒼ざめさせた。

 それでもブライアンは強がって口元に笑みを浮かべるとマクスウェルに語り掛ける。


「ゴブリンの集団暴走と思っていたのが、ワーウルフの集団暴走とオーガの襲撃。どうなることかと思いましたが、これで少しは目処が立ちましたね」


「大丈夫かい、坊や? 顔が引きつっているよ」


 そんなブライアンをノーマがからかうが、当のノーマも彼と同じように顔を蒼ざめさせていた。

 大方の者たちは二人と同様の反応である。


 だが違う者もいる。


「東門の外にいるワーウルフを焼き払いました!」


 若草色の髪をなびかせて少女が振り向く。その視線の先には彼女がマックス叔父さんと慕う男がいた。


「シビル、よくやってくれた。期待以上の成果だ。後は俺たちに任せてヒルダと一緒に後方に下がるんだ」


 マクスウェルはシビルにそう言うと彼女の姉であるヒルダに視線で合図をする。


「まだ戦えます。私、魔力を練るの早いんですよ」


 次の攻撃を申し出るシビルにヒルダが他の者に聞こえないように耳打ちする。


「シビル、最初の一撃だけという約束でしょ。我がままを言って叔父様に嫌われても知らないから」


「お姉ちゃんと一緒に後ろに下がります。マックス叔父さん、気を付けてね」


 姉の一言で手のひらを返したように態度を改めたシビルが小さく手を振り、ヒルダと一緒に後方へ下がった。その背中を見送ったマクスウェルが周囲の人たちへ攻撃の指示をだす。


「東門までの道が必要だ! ベレスフォード神官の部隊が進む道を切り開け!」


 マクスウェルの号令一下、ブライアンに続いてニールとノーマ・ベイトが火球を放つ。

 三人の放った火球に続いて、マクスウェルの高速で撃ち出される火球とそれに続く護衛と盗賊たちの放つ遠距離の攻撃魔法が次々とワーウルフの群れに降り注ぐ。


「ニール、突っ込むぞ! 首領、お前たちも死ぬ気で付いて来い!」


 騎馬を駆るマクスウェルを追うように六十騎の騎馬が南東から一団となってワーウルフの群れに突撃を仕掛る。


 マクスウェルたちの騎馬部隊に気付いたワーウルフが対処しようと南東側に戦力を割いたそのとき、北東側からベレスフォード神官が率いる三十騎の突撃部隊が東門へと矢のように駆けだした。

 先頭を駆けるベレスフォード神官が大剣でワーウルフを切り伏せながら叫ぶ。


「ワーウルフを蹴散らして東門を駆け抜けます! 砦内の騎士団と合流することが最優先です!」


「東門への突入、先陣は私と私の護衛にお任せください」


 エンリコ・カイアーノが並走するベレスフォード神官に申しでた。


「そのつもりです。後始末を怠る者に用はありません。分かっていますね」


「はい、一級神官様をこれ以上失望させるようなことはいたしません」


 エンリコ・カイアーノはそう告げると騎馬の速度を上げた。彼のすぐ後ろを走っていた護衛たちが彼に合わせて速度を上げる。

 ベレスフォード神官の放った火球がエンリコ・カイアーノを追い越して東門へ到達した。


 轟音と爆風。

 大地が揺れ、震える空気が広がる。


「カイアーノ様、東門を通過できます」


 土煙が晴れた瞬間、護衛の一人が雇い主であるエンリコ・カイアーノに告げる。


「よし、このまま砦に突入する。目標はダリオ・マイヤー。必ず仕留めろ!」


 エンリコ・カイアーノとその護衛七人が半壊した東門に飛び込んだ。


 ◇


 天を覆うような炎の渦とそれに続く爆裂音が鳴り響くなか、東門のワーウルフを蹴散らして突然現れた冒険者風の男たち。

 ワーウルフの侵入を許し恐慌に見舞われていた人々から戸惑いの声が上がる。


「いまの炎は何だったんだ?」


「援軍? 援軍、なのか?」


「騎士団じゃない?」


「外のワーウルフを突破してきたのか?」


「炎の渦と爆発は彼ら?」


 カイアーノたちが東門に飛び込むのに前後して、砦を包囲していたワーウルフたちを一瞬で呑み込む程の巨大な炎の渦が巻き上がり、続いて幾つもの爆炎が残るワーウルフが吹き飛ばされていた。

 防壁の上やものやぐらの上でその光景を目にした人たちが歓喜の声を上げる。


「ワーウルフの半数が焼き払われたぞ!」


「助かるぞ! 援軍だ。魔術師の援軍が来たぞ!」


 外の様子を伝える歓喜の声が上がる。


「神は見捨てていなかった。助かるぞ! 女神様の援軍だ!」


 そう叫んだ彼の目にはシビルの放った一撃が、神話で語られる勢炎の女神が放つ、魔を焼き払う聖なる一撃にも思えた。

 東門を抜けようとしていたワーウルフを背後から切り捨てながらの突入。カイアーノたちのその姿が人々に高揚感を沸き上がらせる。さらに外の様子を伝える興奮した声。


 戸惑いの声はすぐに歓声に変わった。


「ワーウルフの大群とオーガを突破して来たぞ!」


「爆炎と炎の渦を放つ魔術師だ! 外のワーウルフを魔術師が吹き飛ばしている!」 


「援軍だ! 援軍が来たぞ!」


「援軍がワーウルフどもを蹴散らして東門を突破してきたぞ!」


 砦内に侵入したワーウルフを切り捨てるカイアーノたちの姿と防壁や物見櫓の上から外の様子を伝える興奮した声に砦内の人たちが興奮し高揚していく。

 一部の人たちの歓声はすぐに砦のなかに広がる。


 それは砦の外で戦う人たちの耳にもはっきりと届いた。


 マクスウェルの目はカイアーノとその護衛七人が半壊した東門に飛び込む姿に続いて、後方三百メートル程を周囲のワーウルフたちを排除しながら、東門へ向けて突撃するベレスフォード神官の姿をとらえていた。彼と共に騎馬を駆けさせるのは『輝く炎』の三人と冒険者、元衛兵、盗賊の混成部隊。それが一団となってワーウルフたちを蹴散らしていく。


「凄い歓声です! 砦のなかからです!」


 ブライアンの興奮気味な大声が響き、対照的にニールの落ち着いた声が続く。


「砦内で戦う人たちの士気は取り戻せたようですね」


 最も苦戦しているように思える東門付近のワーウルフたちを派手な攻撃魔法で一掃し、一目で戦況が変わったことを知らしめる。さらに少数ではあるが砦内に援軍を飛び込ませることで援軍が到着したことを認識させる。

 砦内の士気回復と攻撃を仕掛ける自分たちの士気高揚を図るもくは成功した。


「ああ、シビルの攻撃魔法が視覚的な効果も含めて予想以上だった」


 シビルの放った火炎系の火魔法を思い返してマクスウェルは口元に笑みを浮かべ、同調するニールの口調も驚きと興奮を隠せていない。


「シビルちゃんの火魔法は本当に桁外れですね」


「まったくだ。ここまでやってくれるとは思わなかったよ」


 火炎系火魔法と風魔法の混合魔法。威力もさることながら本来なら熟練を要する高度な技だ。それをいとも容易くやってみせたシビルの才能に震えていた。

 警戒していた上位種を含めて全体の三分の一以上を一瞬で死に至らしめた炎。


 彼女の放った炎の渦の効果範囲にいたワーウルフは、通常の種と上位種の区別なく焼き払われていた。

 シビルの放った攻撃魔法に続いて、ノーマやブライアンの放った火球もワーウルフたちを死に追いやっていたが、魔法障壁を展開しているような上位種は彼らの強力な攻撃魔法にも耐えていた。


 だが、それが普通の光景だ。

 マクスウェルは自分の後ろに付いてくる者たちが自信を失っていないか心配して振り返った。


 ニールはもとよりノーマとブライアン、盗賊たちの表情にも興奮と高揚がうかがえた。

 シビルの攻撃魔法を別格として認識していることがすぐに分かり、マクスウェルは彼らの表情と反応に胸を撫で下ろすとすぐ指示をだす。


「予定通り俺たちは外のワーウルフを撃退する。ともかく数を減らすことを優先させろ!」


「上位種を優先して叩かなくてもいいんですか?」


 ブライアンの視線は自分たちの爆裂系火魔法の直撃を受けても立ち上がってくる個体に向けられていた。


「上位種は俺が仕留める。皆はともかく数を減らすことを優先してくれ! 砦内の者からすれば、上位種一匹が減るよりも通常のワーウルフが十匹減る方が士気高揚に繋がる」


 ブライアンと盗賊たちが口々にマクスウェルの指示に了解の言葉返す。それを背にマクスウェルは魔力視を使って集団のなかから上位種を次々に特定していった。

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