第30話 アロン砦、突入

 東門を抜けたカイアーノは砦内に侵入したワーウルフを切り伏せながら、非戦闘員たちが集まる場所を目指して砦の中央に向かっていた。


「ダリオ・マイヤーを探せ! ヤツの口からこちらの情報が漏れたら我々はおしまいだぞ!」


「承知しております」


 砦内に侵入してきたワーウルフを排除しながら周囲に視線を巡らせていると、最後尾の護衛の声がを打つ。


「後方、ベレスフォード様が東門より砦に突入されました!」


「急げ! 時間がないぞ!」


 カイアーノの背に冷たいモノが流れる。


「いました! ダリオ・マイヤーです」


「どこだ?」


「いま、若い騎士に連行されるように兵舎に入っていきました」


 その言葉にカイアーノは全身の毛穴から冷汗が噴きだしたような錯覚を覚える。

 次の瞬間、『ワーウルフの集団暴走』に関与していたことがバレたか、疑いをもたれた可能性が高いと考えて反射的に指示をくだす。


「ダリオ・マイヤーを連行した騎士も一緒に始末するぞ!」


「ワーウルフを一、二匹兵舎に追い込め! それを追撃する形で我々も兵舎に突入する!」


「承知いたしました!」


 カイアーノは自身の左側を駆ける四人に兵舎の外でワーウルフと戦う振りをして他の者を近づけないように指示をだす。

 そして右側を駆ける三人と共に一匹のワーウルフを追って兵舎に突入した。


 ベレスフォード神官はカイアーノたちのその動きを確認すると、自身の率いる部隊に西門付近で交戦している騎士団の援軍に向かうよう指示をだす。


「我々はこのまま砦内を目立つように駆け抜けて西門へ向かいます。援軍が来たことを内部の皆さんに知らしめてください。その上で、侵入してきたワーウルフを優先して叩きます」


「承知いたしました」


 護衛たちの揃った返事に続いて盗賊たちの声が不協和音のように響く。


「ここをしのぎきったら本当に無罪放免何だろうな!」


「約束は守ってくれよ、神官様!」

 ◇


 アロン砦の東側に三百を超えるワーウルフの屍が転がっていた。その半数以上はシビル・ファーリーの放った勢炎の一撃によって焼き殺されたワーウルフたちだ。


 焼け焦げたワーウルフの屍が転がり肉の焼ける臭いが立ち込めるなか、救援に駆け付けた駅馬車隊の人たちは闘っていた。数人一組で部隊を編制して局地的に数の優位を作りだす。身体能力が高いワーウルフを相手にするときのじょうとう手段だった。


「連携を崩すな! 個別にやり合って勝てる相手じゃなからな!」


「数を減らした部隊は他の部隊と合流しろ!」


 勢炎の一撃後もワーウルフの数は急速に減じていた。だが、救援に駆け付けた人たちにも死者や怪我人が続出していた。それでも生き残るため、脅威を取り除くために鼓舞する声が響く。


「砦のなかに神官様の部隊が入ったぞ! 砦は無事だ!」


「あと少しだ。踏ん張れよ!」


「犬っころどもを全滅させるか追っ払えば俺たちの勝ちだ!」


 鼓舞する声に交じって悲鳴や助けを求める声も上がる。


「た、助けてくれ!」


 ワーウルフの一撃で吹き飛ばされた衛兵の部隊が周囲に助けを求める。


「マ、マクスウェルさんは! ニールさんでもいい、呼んできてくれ!」

 地面に転がる一人の衛兵に向かって上位種が大剣を振り上げた。負傷した衛兵が小さな悲鳴を上げて目をつぶり、彼の仲間たちが最後の瞬間を見まいと顔を背けた。


「どけよ、ども!」


 その瞬間、ブライアンの怒声と同時に衛兵たちとワーウルフとの間に爆発が起きた。巻き上がった爆炎と土煙で上位種の動きが止まり、周囲の衛兵が爆風で転る。


「バカ野郎! 味方を巻き込んだぞ!」


「やっかましいなあ。雑魚が助けてもらっておいて贅沢言ってんじゃねぇ」


 負傷した衛兵の仲間が上げた抗議の声をブライアンがいっしゅうした。


「小僧!」


「いい具合に負傷したじゃねぇか。横で寝ているやつを連れて後ろに下がってな」


 黒髪をなびかせてブライアンがワーウルフへ向かって魔力を帯びた剣撃を繰りだす。二合、三合と打ち合う。甲高い金属音が鳴り響き、魔力がぶつかり合い青白い閃光が火花のように散る。


「こいつ、上位種だ!」


 自分が剣を交えているワーウルフが上位種であることを周囲に知らせるように声を上げた。


「坊や! 突っ込んじゃダメだよ!」


 ノーマが放った風の刃が弧を描いて上位種を左右から襲う。しかし、上位種の展開した魔法障壁により傷を負わせることはできなかった。


「援護になってねぇぞ! ババア!」


 ブライアンがワーウルフの放った横薙ぎの一撃を剣で受け止めながら悪態を吐く。刹那、彼の背後から飛びだしたノーマの突きがワーウルフの心臓を貫いた。


「ガハッ」


「テメェ、俺を利用しやがったな! この年増女!」


 ワーウルフの断末魔の声とブライアンの悪態が同時に響き、ノーマが間髪容れずに反応する。


「口が悪いよ! 心を入れ替えたんじゃなかったのかい、坊や!」


「マクスウェルさんとニールさんはテメェらとは違うんだよ!」


「裏表のある人間は嫌われるよ。ちょっとは心を入れ替えな!」


「だいたいテメェはさっきまで泣いてたんじゃねぇのかよ!」


「だ、誰が泣いていたって! 生意気な坊やだね!」


「いけ好かねぇババアだな」


 ブライアンとノーマに向けてマーカスが大声を張り上げる。


「二人とも無茶するな! 上位種だと思ったらすぐに退くように言われてたろ!」


「マクスウェルさんは無茶をするなと言ったが、上位種の相手をするな、とは言ってねぇ。それに、ババアの援護がありゃ俺だって上位種を相手にできるって、証明しただろ」


とどめを刺したのはあたしだよ。坊やは援護しただけだろ」


 ノーマはそう言うとブライアンの抗議の声を無視して次の上位種を求めて周囲を見回した。

 剣撃の音が響き人とワーウルフの叫び声が入り混じるなか、砦の南側でワーウルフを切り伏せたニールと東門付近で戦っているマクスウェルとを見つけた。


 東門付近で爆炎が上がる。

 爆裂系火魔法を凌ぎきったワーウルフの上位種の頭上に魔力をまとった長剣が振り下ろされる。マクスウェルの繰りだした長剣は頭頂部から心臓を通過した。


「グァーッ!」


 マクスウェルは断末魔の悲鳴を上げて血しぶきを上げるワーウルフから大きく飛び退すさり、盗賊の首領だった男を振り返った。


「グハッ!」


 盗賊の首領だった大男がワーウルフの放った戦斧の一振りで弾き飛された。転がる首領に戦斧を振り下ろそうとワーウルフが踏み込む。


「く、来るなーっ!」


 首領の叫び声と重なるように横合いからワーウルフに命中した火球の爆発音が轟き、炎に包まれたワーウルフが悲鳴を上げて動きを止めた。


「ガァーッ!」


「首領! そいつは上位種だ、下がれ!」


 マクスウェルが背後に首領を庇うようにしてワーウルフと対峙した。

 振り下ろされた戦斧の一撃を魔力のまとったガントレットで弾き、下から斬り上げるような斬撃を一閃させる。長剣は鎧と魔法障壁をものともせずに右脇腹から左の肩口へと抜けた。


 戦斧の重さでワーウルフの上体がズレる。両膝が地面に着くより早く、両断されたワーウルフの上体が苦悶の咆哮を上げて崩れ落ちた。


「スゲー……」


 首領が助けてもらった礼を言うのも忘れて、マクスウェルの剣筋の鋭さと横たわるワーウルフのありさまに目を奪われる。

 自身が全力で振るう剣や戦斧ではまったく傷付けることができなかったワーウルフの上位種。その強力な魔法障壁と防具をまるで紙でも切るように容易く両断する。その剣技と両断されたワーウルフの姿をの当たりにして、首領は全身に鳥肌が立つのを感じていた。


 同様にマクスウェルの剣技を見ていたブライアンが全身を震わせながらつぶやく。


「スゲーじゃねぇか、やっぱり!」


「坊や、ボケっとしてるんじゃないよ!」


「ブライアン、こっちを手伝え!」


 ノーマとマーカスの怒声に交じって、衛兵と盗賊の叫び声が彼らの耳に届いた。


「ニールさん! そいつら、上位種です!」


「二頭ともです!」

 衛兵と盗賊が彼らを助けに入ったニールに向かって叫んぶ。その叫び声をかき消すように一際大きな咆哮を上げて二頭のワーウルフがニールの正面と左側から同時に斬りかかった。

 左側のワーウルフからの斬撃を盾で受け止める、正面のワーウルフから振り下ろされた大剣の一撃を下からすくい上げる軌道で弾いた。刹那、ニールの振り上げた長剣がおびただしい魔力をまとう。それはラムストル市の東門で見せたものとは比べ物にならない程の高濃度の魔力。


 その高濃度の魔力を帯びた剣がワーウルフの頭部に高速で振り下ろされた。

 頭部を破壊されたワーウルフが悲鳴を上げると同時に左側のワーウルフが態勢を立てなおして大剣を繰りだした。それをバックステップでかわしざまに長剣を横薙ぎに一閃させる。


 長剣は軌道上にワーウルフの胸部をとらえた。

 ワーウルフの断末魔の悲鳴と衛兵の悲鳴が重なり、


「半数以上が一瞬でやられ、ゴフッ!」


「嫌だ! 死にたく、グァッ!」


 二人の衛兵が大剣の一撃で吹き飛ばされる姿を、ニールは崩れ落ちるワーウルフの肩越しにとらえた。


「大剣の双剣ですか」


 そのワーウルフは左右の手にある大剣を威嚇するように大きく振り下ろし、次の標的とばかりにニールに視線を止めた。

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