第31話 激闘、アロン砦
乱戦の最中、ノーマの悲鳴にも似た叫び声が響く。
「旦那、ニールさんが負傷した!」
その声に反応したマクスウェルがニールの姿を探す。するとすぐにノーマの補足する声が届く。
「南側です! 旦那の位置からだと死角になります」
南側へ向かおうと向き直ると同時に、左腕から血を流したニールが砦の南側から大きく飛び退るようにして姿を現した。
負傷しているのは左腕。血を流している左腕には切り裂かれた鋼の盾が握られている。
剣技と魔法の腕。総合的な戦闘力はマクスウェルとベレスフォード神官に次ぐ三番手だが、群を抜く実力があるとマクスウェルは判断していた。
そのニールの魔法障壁と鋼の盾を切り裂いて、手傷を負わせることのできる個体があの壁の向こうにいる。
そう考えた瞬間、マクスウェルはニールとまだ見えぬ脅威との間に飛び込んでいた。
「ニール! 怪我の具合は?」
背後のニールにそう声をかけながら、脅威となる個体をその視線の先に収めた。
ワーウルフの上位種が両手で持つ程の大剣を左右それぞれの手で振り回している。
しかも、ここまで相手にしたワーウルフの上位種など大人と子ども程も開きのある強大な魔力をまとった個体がそこにいた。それはまるで上位種のさらに上に君臨するような力と存在感を漂わせている。
「情けない話ですが、左腕は使いものになりません。ベレスフォード神官に治してもらうまでは右手だけで戦うことになりそうです」
苦痛に顔を歪めているが、それでも戦う意思を示す。
マクスウェルはニールの傍らまで後退すると、左手をニールの傷口に添えた。
ニールは瞬時に痛みが消え、みるみる傷口が塞がっていく自身の腕を信じられないものを見るように見つめる。
「ゴォアー!」
咆哮が上がった。強大な魔力を帯びた上位種がもの凄い速度で二人に迫る。
ニールの顔が焦りに歪む。
「マクスウェルさん気を付けてください。あの個体、他の上位種と比べても頭一つ抜きん出ています!」
「お前さんに怪我を負わせる程の個体だ、侮るつもりはないさ!」
迫る上位種の異常な速度を目の当たりにして、ニールは自身の腕が治療していくのがもの凄くゆっくりとしたものに感じていた。
瞬く間に上位種が距離を詰めた。
マクスウェルとニールの二人が上位種の攻撃にいつでも対処できるように身構える。
上位種の手にした魔力を帯びた大剣がマクスウェルとニールの二人をとらえようと、横薙ぎに高速で繰りだされた。
二人が同時に飛び退る。
寸前までいた空間を長剣が高速で振り抜かれ、飛び退った二人が頬に風圧を感じる。
たったいま振り抜かれた大剣の軌道上にマクスウェルが飛び込んだ。
周囲から歓声が上がる。
マクスウェルの放った斬撃がワーウルフの防具に弾かれる。直後、右手の大剣が繰り出され、マクスウェルが左のガントレットで受け止めた。
高い金属音が響き双方のまとわせた魔力が青白い火花を散らした。
双方が大きく飛び退ったと思った瞬間、再び飛び込みざまに斬撃を繰りだす。二本の大剣が唸りを上げてマクスウェルに襲いかかる。
剣と大剣が、剣と防具が、大剣とガントレットがぶつかり合い甲高い金属音が鳴り響く。魔力の火花が飛び散る。
歓声とどよめきが消えていた。
将軍同士の一騎打ちを見るように、人もワーウルフも戦う手を止めてこの戦いに見入っていた。
マクスウェルは、ここまで上位種であっても通常種と変わらずに容易く仕留めてきた。それが既に三十合以上も切り結んでいる。
「あのワーウルフ、スゲーな……」
「ニールさんに怪我をさせたヤツだぜ、あれ……」
「ゴアッ!」
マクスウェルの斬撃が防具を切り裂いてワーウルフの左肩に深々と傷を付けた。
「やった! 傷付けたぞ!」
「あの旦那、やっぱりスゲーぞ!」
「行ける! 行けるぜ、旦那!」
共に戦った人々の間から歓声が上がった。砦の城壁や物見櫓からこの戦いを見ていた人たちからも歓声が沸き上がる。涙を流して声を張り上げる。
「勝てる!」
「行け! 行け!」
「援軍の人、勝てるぞ! 行けーっ!」
祈るように思いを口にする者がいる。
「頼む!」
「勝てる、勝てる、勝てる!」
人々が願いと期待を込めて見守るなか、傷付いたワーウルフが大きく飛び退った。
飛び退るワーウルフをマクスウェルが踏み込んで追う。それを待っていたようにワーウルフが左の大剣を繰りだす。
ワーウルフの左腕が動いたことに人々の間から悲鳴のような叫びが上がった。
繰りだされた左の大剣を下からすくい上げるような斬撃で受ける。大剣が宙を舞った。
「剣を弾き飛ばしたぞ!」
誰かが叫んだ瞬間、右の大剣が繰りだされる。高濃度の魔力をまとった必殺の一撃がマクスウェルに向かう。一際大きく甲高い金属音が轟いて左のガントレットと衝突した。高濃度の魔力のぶつかり合いが青白い閃光を放つ。
次の瞬間、ワーウルフはがら空きの左手をマクスウェルに向けて突きだした。拳程の大きさの石が瞬時に生成され、マクスウェルに向かって撃ちだされる。
およそ人の目ではとらえられない程の速度で撃ちだされた石の弾丸は、マクスウェルの右腕のガントレットに直撃して砕け散った。
マクスウェルの口元が綻ぶ。
「その練り上げた左手の魔力を消費するのを待っていた」
ワーウルフが左手に練り上げていた高濃度の魔力の塊が放出されたことを確認すると即座に反撃に転じた。
十分に魔力を帯びた長剣を眼前の上位種に振り下ろす。マクスウェルの放った
再び金属音が響き、閃光がほとばしる。
力負けをした上位種が片膝を突いた。
体勢を崩したとはいえマクスウェルの一撃を凌ぎきったワーウルフが口元に笑みを浮かべたようにマクスウェルの目には映った。
その笑みを待っていたとばかりにマクスウェルが口元を綻ばせる。
「ここまでだ」
彼がつぶやいたそれは、まるで『力ある言葉』のように主に応える。
左腕のガントレットがその形状を変えた。
魔力を帯びた鋼の刃が鞭のようにうねる。ガントレットから伸びた刃は上位種の魔法障壁の最も弱い部分を狙いすましたように貫いた。
「ゴフッ」
鎧の隙間から侵入した刃は上位種の首筋を貫いて
上位種がまとった魔法障壁が急速に薄れていき、静かに地面に崩れ落ちる。
歓声が沸き上がった。
『旦那!』コールが沸き起こり、わずかに『マックス』コールが混じる。
その歓声のなか、ニールがマクスウェルに声をかける。
「マクスウェルさん、前から聞こうと思っていたんですが、貴方は何者ですか?」
「その辺りのことは後で話そう」
ニールの問いにマクスウェルは口元に笑みを浮かべてそう答え、砦の防壁を仰ぎ見る。
「俺は防壁を越えて、一旦砦内部の様子を確認する。西門のオーガの様子次第だが、すぐに外の掃討戦に戻る。その間、外の指揮を頼む」
ニールがかすり傷まで回復した左手を軽く上げて、無言で了承するのを確認すると、防壁の上へと飛び乗った。
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