第32話 決着、アロン砦

「グオォー!」


「な、なわを解いてくれ! 加勢する」


「嫌だ、このまま縛られたまま死にたくない!」


 兵舎に飛び込んだカイアーノたちの耳に甲高い金属音とワーウルフの咆哮、そしてそうねんの男と思しき悲鳴が聞こえた。


「黙っていろ!」


 兵舎の一室で一匹のワーウルフと若い騎士が剣を交えていた。部屋の隅ではダリオ・マイヤーと二人の護衛が拘束された状態で震えている。


「騎士殿! 加勢します!」


 カイアーノと共に真っ先に兵舎に飛び込んだ護衛の一人がそう叫んで、抜き身の剣を手に駆け寄る。カイアーノがそのすぐ後ろを走る。


「すまん! 助か、グフッ、な、何を……」


 加勢を感謝する騎士の言葉が途中で途絶えた。

 若い騎士は胸に突き立てられた剣と剣を突き立てたカイアーノを不思議なものを見るような目で見る。


「カイアーノ様!」


「助かりました!」


「な、縄を、はやく」


 そして、ダリオ・マイヤーと護衛の二人の反応に加勢に来たと思った者たちが敵であることを薄れる意識のなかで察する。

 若い騎士が最後に目にしたのは、自分と切り結んでいたワーウルフが共に床に崩れ落ちる姿だった。


「よし、やれっ!」


 ダリオ・マイヤーたちの無事を確認したカイアーノが護衛たちに号令を下すと、拘束されたダリオ・マイヤーたち三人を抗議の声を上げる間もなく切り伏せた。

 カイアーノは念を入れるようにダリオ・マイヤーの左胸に剣を突き立てる。


「貴様ら何をしている!」


 兵舎のなかに声が響き、一人の騎士がカイアーノたちの前に姿を現す。ダリオ・マイヤーに止めを刺した瞬間のカイアーノと目が合った。


「チィッ! ヤツも仕留めろ!」


 カイアーノの言葉に護衛たちが一斉に動いた。

 騎士は八対一の不利を悟り、応援を求めるためにきびすを返す。


「兵舎の外へだすな! なかで仕留めろ!」


 カイアーノも護衛たちに続いて逃げる騎士を追う。

 護衛の一人が投げた短剣が騎士の左脚に突き刺さった。


「グゥッ」


 苦痛に顔を歪めながらも騎士は兵舎の外へ転がりでた。だが、そこまでだった。立ち上がった瞬間、エンリコ・カイアーノの護衛二人の剣が騎士の脇腹と左胸を貫いた。

 騎士の断末魔の悲鳴に続いて、激しい怒りを伴った叫びがカイアーノの耳に届く。


「グワッ、ゴフッ」


「貴様っ! 何をしたっ!」


 中隊長の徽章を付けた騎士が真っすぐにカイアーノたちに向かって駆けだした。


「見られました!」


 たったいま騎士の左胸を貫いた護衛の一人が顔を青ざめさせて言った。  

 カイアーノが周囲に視線を走らせる。


 彼らをとがめる者の姿は他にないことを見て取ると、いまの失態を思い返して指示をだす。


「目撃者をだす失態を繰り返すわけにはいかない! 兵舎のなかに引き込んでから仕留めるぞ!」


 カイアーノの視界の外、防壁の上に飛び乗ったマクスウェルの目に若い騎士がカイアーノの護衛二人に殺される瞬間が飛び込んで来た。


「バカな……」


 騎士を殺害した護衛たちに向けてカイアーノが笑みを浮かべる。

 マクスウェルの鼓動が大きく脈打つ、次の瞬間、彼はカイアーノの名を叫んでいた。


「エンリコ・カイアーノ!」


 自身の名前を呼ぶ、聞き覚えのあるその声にカイアーノが思わず振り向く。

 東門から南側の防壁へと続く防壁の上に彼がいた。アイスブルーの瞳に怒りをたたえたマクシミリアン・マクスウェルが真っすぐに睨みつけていた。


「マクシミリアン・マクスウェル!」


 カイアーノが唸る。

 最も目撃されたくない相手に目撃されたことで一瞬思考が停止しかけたが、すぐに気を取りなおして反応した。


「逃げるぞ! 西門を突破する! 向かってくる騎士は無視しろ! ともかくこの場を離れる!」


 そう叫ぶと素早く西門へ馬首を向ける。


「オーガがいます!」


 最も若い護衛が反射的に口にした。


「では、東門を抜けるか?」


 カイアーノの言葉に弾かれたように東門を振り返った彼の目に、マクシミリアン・マクスウェルが防壁から身を躍らせる姿が映る。

 若い護衛は反射的に西門に向けて騎馬を走らせた。


 先頭を駆けるカイアーノを追って、護衛たちは一団となって西門へ向かって騎馬を駆けさせる。

 カイアーノたちのその行動がたったいまマクスウェルの見た光景が見間違いでなかったことを彼に確信させた。同時に彼のなかで渦巻いていた疑惑が急速に形を成していく。『ワーウルフの集団暴走』が意図的に引き起こされたものだと。


「逃がさん! お前には聞きたいことが山程ある!」


 着地と同時に魔力による身体強化を行い、一直線に西門へと向けて走りだす。


「カイアーノさん、マクスウェルが追ってきます!」


「オーガとは交戦するな! 駆け抜けろ!」


 カイアーノたちが西門を破壊している最中のオーガに迫る。

 右手に持った岩をオーガが西門横の防壁に振り下ろした。激しい破壊音と衝撃を伴い、まるで爆発したように防壁がさんする。


 四散した瓦礫の一つがカイアーノの右隣を走っていた護衛の頭部を直撃し、男は一瞬で馬上から消えた。


「構うな! 走れ!」


 護衛が即死したことを見て取ったカイアーノが騎馬に鞭を入れた。速度が上がる。飛散する瓦礫に当たらないのが不思議な状況のなか、騎馬の一団が西門を抜け、オーガの横をすり抜けた。

 刹那、カイアーノの進行方向に巨大な炎の壁が現れる。


 マクスウェルの放った高速の火球が疾駆するカイアーノたちを追い抜き、彼らの前方十メートのところに着弾と同時に炎の壁を作りだした。

 炎の壁を避け、オーガとは逆方向へ馬首を巡らせる。


「カイアーノさん! まずい! 例の飛び道具を手にしています!」


 振り向くカイアーノの目にストレージからクロスボウを取りだしたばかりのマクスウェルが目に飛び込んできた。

 彼らもクロスボウの射程距離と腕前は都市を出る際に見ている。


 マクスウェルは足を止めてクロスボウを構えた。

 標的はエンリコ・カイアーノ。


 狙いを定めた直後、マクスウェルとエンリコ・カイアーノとの間に幾つもの爆発が起き、爆炎と土煙が彼の視界から標的を消す。

 爆裂系の火球を中心とした幾つもの攻撃魔法が西門のオーガに向けて放たれたものだった。


 西門付近で交戦するベレスフォード神官率いる部隊からオーガに向けて放たれた攻撃魔法の幾つかがそれ、カイアーノたちを巻き添えにした。

 せめて一命を取りとめていれば。


 焦るマクスウェルが最後にカイアーノを見た場所へ向けて駆けだした。

 土煙のなかに人影が映る。


 マクスウェルが臨戦態勢で近寄ると、そこにはベレスフォード神官が瓦礫の上にしゃがみ込んでいた。


「ベレスフォード神官?」


 マクスウェルの声に人影が反応する。ベレスフォード神官は静かに立ち上がると神に祈る姿勢を取った。


「エンリコ・カイアーノさんと彼の護衛七人の死亡を確認いたしました」


「そうですか、残念です」


 マクスウェルは疑惑を追いかける手がかりが途絶えたことに唇を噛み締めた。


「作戦と違う行動を取っていたとはいえ、私のミスで彼らの尊い命を散らしてしまいました」


 涙を流すベレスフォード神官にマクスウェルが告げる。


「ベレスフォード神官、カイアーノとその護衛七人は砦にいた国境騎士団の騎士を殺害しました。間違いありません、私がその瞬間を目撃しています」


「なんという……なぜそのようなことを……」


「捕らえて問いただすつもりでしたが……いまとなってはそれもできません。あとは彼らの所持品や取引相手などから事情を聴くしかありません。何れにしても真相解明は困難でしょう」


「その辺りのことは騎士団の皆さんにお任せしましょう」


 沈痛な面持ちのロイ・ベレスフォードの言葉が静かに響いた。


 ◇


「マクスウェル連隊長殿、救援感謝いたします」


 うじて残っていた牢屋の前で大隊長であるバーナード・ノーランが敬礼をする。

 余計な手間を省こうと思って見せた配属辞令が予想以上の効果を示した。


「一応、まだ正体は伏せているんだ。俺が騎士団の人間だということは忘れてくれ」


 それに連隊長と言っても部下のいないたった一人の連隊だ。連隊長と言われても小バカにされているようにしか思えなかった。


かしこまりました」


「内密の報告というのを聞こうか」


 窓から外を見ると騎士、一般の住民を問わず忙しく動き回っている。このアロン砦を引き上げてパイロベル市へ向かう準備に余念がない。


「兵舎内で殺害されていた商人ですが、疑わしいことがあり拘束をして尋問をする予定でした」


 バーナード・ノーランの様子にマクスウェルは嫌な予感を抱いた。


「この『ワーウルフの集団暴走』を意図的に引き起こした可能性でもあったのか?」


「はい、おっしゃる通りです。ご存じでしたか?」


「いや、初耳だ。詳しく頼む」


「商人の名前はダリオ・マイヤー。四十歳程の男です。この砦に逃げ込んできたのは商人一人と護衛二人の合計三人。逃げ込んできたときはワーウルフの群れに遭遇した。との訴えでした。ところが、ワーウルフの襲撃で恐慌におちいった際に妙なことを口走りました」


「妙なこと?」


 大隊長が小さくうなずく。


「恐慌に陥ったマイヤーが、『上位種を多く作り過ぎた』『テイマーたちが悪い』『テイマーが失敗した』『簡単に死んだ』と口走ったそうです」


 大隊長は周囲を見回すと声を潜めて続ける。


「口走った言葉から、意図的に『ワーウルフの集団暴走』を引き起こし、上位種が発生し過ぎてテイマーの手におえなかったか、テイマーが死亡したことで失敗した可能性があります」


 マクスウェルの嫌な予感が的中した。


「君の予想でまず間違いないだろう」


 ダリオ・マイヤーから秘密が漏れるのを防ぐためにエンリコ・カイアーノが殺害した。さらにマクスウェルに口封じの現場を目撃され、逃走を図ったエンリコ・カイアーノをベレスフォード神官が事故に見せかけて殺害した。

 証拠はなかったがマクスウェルはそう推理していた。


 エンリコ・カイアーノが吹き飛ばされた付近にベレスフォード一神官のものと思われる魔力が色濃く残っていたのを俺は魔力視で確認している。だが、それだけでベレスフォード神官が手を下したとも断定はできないのも事実だった。


「手がかりが途絶えてしまいましたが、どうされますか?」


「マイヤーが口封じのためにカイアーノに殺されたのは間違いない。マイヤーとカイアーノの取引先や足取りをさかのぼって調べるしかないだろ。とはいっても、すぐに動ける訳じゃない。この件は団長に報告して、準備を整えてから調査にかかろう」


 大勢の部下を失ったバーナード・ノーラン。からすれば、すぐにでも真相究明に乗りだしたいところだ。だが、すぐに行動するのが難しい事実を突きつけられて唇を噛む。

 そんな彼に向けてマクスウェルは次の指示をだす。


「この砦は一旦放棄する。生存者全員でパイロベル市へ向かうぞ。駅馬車隊や冒険者、元衛兵と元盗賊たちにも手伝うように君の方から頼んでくれ」


「畏まりました」


 マクスウェルは敬礼をするバーナード・ノーランに


「真相は必ず究明する。死んでいった者たちの無念を共に晴らそう」


そう告げるとパイロベル市への出発準備に取りかかった。

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