第8話 二人目の部下
エレノアとモーム嬢に夜までに迎えにくることを告げて、俺とニールはノーマ・ベイトとブライアン・パーマーを迎えに行くことにした。
「良かったんですか? ドレイク嬢は一緒に来たがっていましたよ」
「エレノアがくるということはモーム嬢も一緒になるが、それでもいいのか?」
「私なら大丈夫ですよ。護衛対象のご婦人と一緒のところを誰かに見られても困りませんから」
まるで俺には、見られて困る相手がいるような口ぶりだ。
「誰を指して言っているのか想像はつくが、誤解だからな」
「そう言うことにしておきましょう」
楽しげな笑みを浮かべるニールに向けて、無理やり話を戻す。
「エレノアとモーム嬢がニセ金貨の容疑から外れたが、駅馬車襲撃事件の目撃者に変わりはない」
どこかのタイミングで事情聴取が必要となる。
「ノーラン大隊長に指示をしていたのは、それでしたか」
「いま頃はノーランが、エレノアとモーム嬢の事情聴取をしているはずだ」
ノーランには申し訳ないが、ノーマとブライアンを連隊に加えるまでは二人の相手をしていてもらおう。
「ノーランがエレノアとモーム嬢の相手をしているうちに、ノーマとブライアンを迎えに行く」
「それで、どちらを先に迎えに行きますか?」
「二人でノーマを捜すのと、三人で捜すのと、どっちがいい?」
ブライアンは衛兵の詰め所に拘留されているが、ノーマは広いパイロベル市のどこにいるのか分からない。
「ブライアン君を先に迎えに行きましょうか」
俺とニールはノーマ・ベイトを捜す人手を確保するため、東門の衛兵詰め所へ向けて馬を駆けさせた。
◇
衛兵の詰め所に到着するとすぐに、ブライアン・パーマー釈放の手続きを行った。
「あいつらを引き取ってくださるですか?」
『容疑者の一人、黒髪の若い男の身元引受人としてきた』、そう告げると、彼らの担当をしているという、年配の小隊長から救世主のような視線を向けられた。
「何かあったのか?」
「何かですって、滅茶苦茶ですよあいつらっ! 牢屋に入れたら『こんなクセーとこにいられるかっ』と騒ぎだして、次の瞬間には牢屋の壁に大穴開けて中庭でくつろいでいました」
どこに行っても迷惑をかけているんだな、あいつら。
何ともマイペースな連中だ。
「ありそうですね」
「目に浮かぶようだ」
「これであの四人が、ここからいなくなると思うとホッとしますよ」
「四人?」
俺の問いかけには答えずに、小隊長が上機嫌で聞く。
「壁の修復費用は、騎士団に回せばよろしいでしょうか?」
「ちょっとまて。勘違いしているようだが、俺が引き取りにきたのは黒髪の若者一人だけだ。他の三人は引き続き衛兵側で拘束しておいてくれ」
「勘弁してくださよ。あんな礼儀知らずなガキども、我々では手に負えませんよ」
「こちらとしても『はい、そうですか』という訳にもいかない。すまないが、管轄が違う。正式なルートで引き渡しの手続きを頼む」
手続きをしたところで、必要のない容疑者を騎士団が引き受けるとは思えない。
まして、今回は無実の若者だ。
小隊長が大きなため息とともに落胆の声を上げる。
「三人も残こるのかあ」
そう落胆するな。俺の良心がとがめるだろ。
「別の見方をしてくれ。一人減るだけでも、被害はかなり減少するんじゃないのか?」
「それはまあ、そうかもしれませんが……」
納得しかねている小隊長にニールが言う。
「彼らは若いですが優秀な冒険者です。結構、稼いでいるようです? 修理費用は彼らに請求すればいいことですよね?」
念のためニールの言葉を補完する。
「犯人があの四人ならな」
「犯人でない場合、修理費を払う義務がない、ということですか?」
すると、ニールが疑問を投げかけてきた。
「まあ、衛兵と折半だろうな」
「お気の毒に」
真底同情したようすで、そう言った。
「あの、彼らは犯人じゃないんですか?」
「どうだろうな? 俺が身元引受をする黒髪の若者。ブライアン・パーマーは少なくとも犯人じゃない」
「違うんですね」
顔色が悪いな。
「少なくとも、迎えにきたのは一人だけだ」
他の三人も恐らく犯人じゃないだろう。だが、そこから先は俺たち騎士団が口出しするところじゃない。
「あの四人を容疑者として逮捕したの、私の小隊なんですよ」
なんて声をかけていいか分からない。
そのとき、どこかで聞いた若者たちの声が詰め所内に響いた。
「待遇がワリーぞっ!」
「ベッドが固くて眠れねぇんだよ」
個別には憶えていないが、聞き覚えのある声だ。
「女を連れてこいとは言わねぇが、食い物くらいもっとましなものをだせっ」
ブライアンだ。
俺は先導する小隊長に聞いた。
「ここの食べ物はそんなに酷いのか?」
「囚人用の食事をだしたのは、最初の一食だけです。その後は私たちよりも良いものをだしています」
随分と待遇がいいな。
ブライアンたちと衛兵隊との間で何があったのかは聞かないでおこう。
「ブライアン君、更生した訳じゃなかったんですね」
ニールが
「更生したぞ。俺とニールの前でだけだがな」
「それは更生とは言いません」
「彼にとっては大きな一歩だ。ここは大人の余裕を見せて、寛大な気持ちになろうじゃないか」
小隊長が同意しかねるといった顔つきで一瞬だけ振り返った。
「マクスウェルさんも随分と甘いですね」
「なんだ、知らなかったあのか? 教会の神官も裸足で逃げ出すくらいに、俺は慈悲深いんだ」
「教会の神官が慈悲深い、という方が驚きです」
同感だ。
「ブライアン・パーマー」
衛兵が誰もいない牢屋のなかに向かって声をかける。
すると、ブライアンが壁に開いた大穴の向こうから顔を覗かせて返事をした。
「んだよっ!」
「よう、ブライアン。迎えに来たぞ」
「マクスウェルさん、ニールさん。どうしてここへ?」
数瞬前とは打って変わって、穏やかな顔つきと柔らかな口調だ。
「忘れたのか? お前を雇うって言ったろ」
「え? 大丈夫なんですか? 雇ってくれるんですか?」
驚きの声を上げ、続いて悲痛な表情を浮かべて訴える。
「マクスウェルさん。俺、いま、無実の罪で酷い目に遭っているんですよ」
どちらかと言うと、酷い目に遭っているのは衛兵たちの気がするが、そこは聞き流そう。
「それももう終わりだ。お前さんはたった今から、俺の部下で、第七国境騎士団所属の騎士だ」
「え?」
キョトンとしているブライアンに言う。
「よろこべ、最下級の貴族、騎士爵だ。領地も年金もないが給料はでる」
「本当ですか? 俺が騎士団員ですか? 信じられない」
ブライアン以上に、案内してきた小隊長の方が信じられないという顔をしている。
「嫌なら断ってくれても構わんが、どうする?」
「受けます。是非、マクスウェルさんとニールさんの下で働かせてください」
「よし、決まりだ。行くぞ、早速仕事だ」
「任務の内容を教えてください。まさか、テイラー男爵家次男殺害事件、ってことはないですよね」
なかなか鋭いじゃないか。
三分の一はあたりだ。
「まずは、ノーマを捜しに街に行く。すべてはそれからだ」
「ノーマ・ベイトですか? あの姐さん、今度は何をやらかしたんです?」
何を期待したのか知らんが、口元が綻んでいる。
「ブライアン、君と同じようにノーマも騎士団にスカウトした。今日から二人とも俺とニールの部下だ」
本当はまだ声もかけていない。
入団手続きは終わっているが、説得はこれからだ。
俺のセリフにブライアンが一瞬渋面を作り、それを見たニールが苦笑して言う。
「ブライアン君はノーマさんが苦手のようですね」
「別に苦手ってことはありませんよ。ただちょっと、喧嘩をしただけです」
バツが悪そうに視線を逸らした。
「喧嘩?」
「アロン砦の戦いで、俺のことを利用して手柄を横取りされたんで、ちょっと」
なるほど、ノーマに出し抜かれて拗ねているのか。
視線を合わせようとしないブライアンに言う。
「手柄を立てる機会なら、これから幾らでもある。細かいことは水に流せ」
「はい、マクスウェルさんがそう言うなら従います」
俺は鷹揚にうなずくと、先程から不思議なものを見るようにブライアンの見つめている小隊長に声をかける。
「小隊長、書類を頼む」
「は、はい。すぐに用意させます」
そう言って、駆け出した。
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