第9話 三人目の部下

 ノーマ・ベイトはあっさりとみつかった。


 コンスタンスと一緒に婦人服の店で、あれこれと試着をしているところを捕捉。

 買い物の途中ではあったが、半ば強制的に連れだした。


 婦人服の店から騎士団本部へ向けて騎馬を進めていると、最後尾の馬上からブライアンの声が響く。


「ノーマねえさんの服の趣味があんなに可愛らしいとは、想像もしていませんでしたよ」


 大通りに響くようなその大声に、ノーマが顔を真っ赤にして反応する。


「う、うるさいよっ、坊やっ」


「いやあ、笑わせてもらいました」


 実に楽しげにノーマをからかっている。


「ブライアン君、頑張っていますね」


「まったくだ。感心するよ」


 とはいえ、いつまで持つかな。


 ブライアンがノーマに対して、ぞんざいな口のきき方をしているのは知っている。

 だがここまでは、ノーマに対して敬語を使っていた。


「賭けますか? 今日一日もたないと思いますよ」


 ニールが後ろの二人に視線を向ける。


「賭けにならないな。俺も同じ意見だ」


「旦那、この坊やを教育してくださいっ」


 顔を真っ赤にして涙目になったノーマが訴えてきた。


「いやいや、俺の教育よりも姐さんの教育の方が先でしょう。早いとこ可愛げってものを身に付けないと、手遅れになっちまう。いや、行き遅れの間違いか」


「大人をバカにするのも大概にしなよっ」


「大人ねぇ、大人にも可愛げって必要だと思うだけど。どう思う姐さん」


 ブライアンの口元に小バカにしたような笑みが浮かぶ。


「大人の女には、坊やには分からない魅力ってのがあるんだよ!」


 えるノーマなど意に介さず、ブライアンの口は快調に回る。


「なるほど、あのフリルがたくさん付いた服装がそれか! そうかそうか、まずは服装からってことか。いやあ、姐さんも努力しているんだ」


「口数の分だけ男の値打ちがさがるよっ」


「大人の女ってのは大変だねー。色々とごまかさないとならないみいで」


 ブライアンの高笑いが大通りに響く。

 そして、顔を真っ赤にしてうつむくノーマに追い打ちを掛けた。


「騎士団の制服にもフリルを付けたらどうです。いっそのこと色もさっきの服みたいにピンクに染めましょう。何なら手伝いますよ」


 留まるところを知らない。

 なおもブライアンがノーマをからかっていると、馬を寄せてきたニールが小声で言う。


「口の方はブライアン君が数段上ですね」


「頭の回転も速い。ノーマじゃ太刀打ちできないだろうな」


 だが魔術と戦闘の巧みさにかんしては、年の甲もあるだろうが、ノーマの方が一枚も二枚も上手だ。


「ところで、あんな調子の二人を本当にドレイク嬢とモーム嬢の護衛に加えるんですか?」


「そのつもりだ」


 不安そうな表情を浮かべるニールに捕捉する。


「心配するな、エレノアの了解は取ってある」


「貴族相手の礼儀を知らない二人が護衛に付くと?」


「口のきき方のなってない騎士が、身の回りをウロチョロする。存分に教育してもらって構わない、そう言ってある」


「教育をあの二人に丸投げしたんですか?」


「俺も後悔している」


 高くついた。

 護衛任務のあいだ、特別なことがない限りエレノアと夕食を一緒に摂ることになった。


「よく分かりませんが、頑張ってください」


 ニールが俺から距離を取った。

 相変わらず嗅覚が鋭いな。だが、高くついた約束にはニールも入っている。気の毒だが付き合ってもらおう。


「さあ、少し速度を上げるぞ」


 俺は後ろの二人に声をかけて、騎馬の速度を上げた。


 ◇


 騎士団本部に到着後、ブライアンとノーマが騎士団の制服に着替えているよう指示をだす。

 俺とニールは彼らに先駆けて、エレノアとモーム嬢の待つ部屋へときていた。

 

「――――先ほども話したが、俺とニールの補佐として二人の部下が護衛に付く」


 そしてブライアンの高笑いと、何か抗議をしているノーマの声が廊下に響く。

 俺は事務的に告げた。


「あの高笑いしている若者と抗議している女性がそうだ」


「あら、随分と教育のし甲斐がありそうね」


「本当に遠慮しなくてもよろしいんでしょうか?」


 口元に妖艶な笑みを浮かべるエレノアに続いてモーム嬢が俺に念をした。

 一抹の不安が襲う。


「すまないが、死なない程度には手加減をしてくれ」


「分かりました。ではそうさせて頂きますね」


 モーム嬢の言葉とドアをノックする音が重なった。


「ブライアン・パーマー他一名、到着しました」


「ちょっと、他一名ってなんだよ。ノーマ・ベイトと坊や一人到着しました」


 ノーマの抗議の声がドアの外から響く。


「同レベルで争っていますよ、彼女」


 ニールのささやきに続いて、


「マクシミリアン様も大変ですね」


「お気の毒に」


 エレノアとモーム嬢の憐みの視線と同情の声が届いた。


 あの二人を部下にする。

 そう決めたときから、恥をかくのは予定のうちだ。


「ノーマ、ブライアン、入れ」


 俺の言葉に続いてドアが開くと、二人が先を争うようにして入ってきた。 


「分をわきまえようぜ、姐さん」


「どういうことだい?」


「力は俺の方が上だ。一歩引いて後ろを歩けって言ってんだよ」


 ブライアンの猫かぶりもここまでか。

 一日もたないどころじゃなかったな。三時間ってところか……まあ、頑張った方かな。


「能力が上? 自分ってものが分かってないねー。それに能力以前に年上を立てるってことを憶えな」


 小声で言うノーマにブライアンが怒鳴り返した。


「歳なんて関係ねえっ、能力がすべてだろうが!」


「騒ぐんじゃないよ。礼儀知らずの坊やだね。貴族様の前だよ、少しは大人しくしてなっ」


 余裕の笑みを浮かべてたしなめるノーマに、ブライアンが間髪容れずに反応する。


「うるせーぞ、この行き遅れのババァが!」


 次の瞬間、あらぬ方向から飛んできた衝撃がブライアンを襲う。

 モーム嬢の放った右拳の一撃が、ブライアンの脇腹を抉った。


「ゴフッ」


 くぐもった声を上げたブライアンが、途中にあった椅子とテーブルを巻き込んで、部屋の端まで吹き飛ばされる。

 苦悶くもんの表情のなかに、驚きを浮かべてモーム嬢を見上げた。


 ニールもノーマも驚いているが、最も驚いているのはブライアンだろう。

 もちろん、俺も驚いている。


「見習いさん、お嬢様の前で『年増』とか『行き遅れ』とか『三十女』とか、ましてや『ババァ』という言葉は禁止です。いいですね」


 ブライアンを見下ろすモーム嬢が静かに言った。


「リンゼイ、いちいち私を引き合いに出さないでちょうだい。だいたい私はそんなこと、これっぽっちも気にしていませんからね」


「お嬢様、なんて健気な」


 ハンカチを目に当てるモーム嬢にエレノアが言う。


「だから、三文芝居をするんじゃないっ。それと、お嬢様は禁止って言っているでしょ」


「申し訳ございません、お嬢様。もう少し気遣いをすべきでした」


 大したものだ。この期に及んでまだハンカチを目に当てている。


「な、なんで?」


 倒れたテーブルを支えにしてブライアンが起き上がる。

 それを見ていたエレノアとモーム嬢が驚きの声を上げた。


「あら、意外と頑丈ね」


「これは……割と何をしてもだいじょうぶそうですね」


 いや、やめてくれ。何でもやったら、ブライアンでも身が持たない。


「不意打ちとはいえ、ブライアン君を吹き飛ばすとは驚きました」


 ニールが改めてモーム嬢を見ると、


「あら、ライリー様の前で、私ったら……」


 モーム嬢が頬を染めて身体をくねらせる。


「う、美しいお姉さん、ぐっ」


 何とか立ち上がったブライアンがそう言うと、


「何かしら?」


「何だい、坊や」


 エレノアとノーマの声が重なり、わずかに遅れてモーム嬢がブライアンに視線を向ける。


「何でしょうか、見習いさん」


「いま、何をした、んですか?」


 当然の疑問だ。

 モーム嬢の拳はブライアンの魔力障壁を突き抜けた。


「あら、私、何かしましたか?」


 とぼけるつもりのようだ。


「俺はヤバいと感じて咄嗟とっさに魔力障壁を展開した。なのにあんたの拳は、魔力障壁を突き抜けて俺に届いた。いや、届きました。何をしたんでしょうか?」


「いやですわ、気のせいですよ、見習いさん」


 ブライアンを殴り飛ばしたことさえ、とぼける勢いだな。


 俺は気付かなかった振りをしてモーム嬢を見る。

 ごまかすのには慣れているようだ。優しげな笑みを浮かべて、怪しさをおくびにもださない。


 エレノアは、隠すつもりもないのか、面白そうに俺たちの反応を見ていた。

 夕食のときに聞くか。


「エレノア、君たちの宿と今夜の食事を予約してきた」


「あら嬉しい」


 エレノアは微笑むと、俺に向けて右手を差しだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る