第10話 商人ギルド
エレノアとモーム嬢が乗っていた馬車が襲われてから三日。
俺とニールは団長室へと呼び出されていた。
「チェスター・モーガンと、ニセ金貨に関する情報をまとめたのがその報告書だ」
俺たちが報告書に目を通し終わったのを見計らって、団長が口を開いた。
チェスター・モーガン。
エレノアと同じ馬車に乗っていた、死亡した商人だ。
団長がニールのまだ手にしている資料に視線を向けて言う。
「二つ目の資料については、君たち二人以外が知る必要はない。ノーラン君も知らなくてもいい情報だ」
「ニセ金貨事件は、情報公開を最小限に抑えて解決しろ。そういう理解でよろしいでしょうか」
「理解が速い者は出世できるぞ、ライリー君」
団長が満足げな笑みを浮かべた。
出世? 面倒な仕事がたくさん回ってくる、の間違いじゃないのか。
そんなセリフを呑み込んで任務の話を切りだす。
「チェスター・モーガンの拠点はベルクド市ですが、ダ―ル王国やセリア王国との交易もかなり盛ですね」
非常に詳しい報告書だ。
他国との交易状況だけでなく、教会との繋がりまで詳しく書かれていた。
教会内部から情報提供があったのではないかと、疑いたくなるほどだ。
「頭の痛いことだよ。ニセ金貨で外国との交易をしていた、となれば国の威信にかかわる」
国の威信は絶望的だな。
俺とニールが黙っていると、団長が話を続ける。
「幸い、テイラー男爵家次男殺害事件とバクスター商会会長・副会長殺害事件。どちらも暗礁に乗り上げたと、ノーラン君から報告が入った」
それを『幸い』と言っていいのか?
いや、違うな。
ダスティン・テイラーの殺害事件よりも、ニセ金貨の方が優先されるということだ。
「私がベルクド市に向かっても、問題ないということですか?」
「この二つの事件は未解決事件とする」
詳細を聞くのはやめておこう。
世の中、知らない方が幸せなことは多い。
「まずはモーガンの拠点である、ベルクド市の調査から取り掛かりましょう」
「頼りにしているよ、マクスウェル君」
「ついては、エレノア・ドレイク嬢の護衛任務を他の部隊に引き継ぎます。人選は戦闘能力よりも、礼儀と気配りのできる者をお願いします」
「エレノア・ドレイク嬢の護衛任務は引き続き君とライリー君が担当する」
「私もニールも身体は一つしかありません。パイロベル市でのエレノア嬢の護衛とベルクド市での捜査。同時にこなすのは不可能です」
「朗報だ。エレノア嬢もベルクド市に用事があるそうだ。エレノア嬢を護衛しつつベルクド市へ向かえ」
「それは助かります。二つの任務を何とかこなせそうです」
事務的にそう答えた直後、俺のなかで沸き上がった疑問が思わず口に出る。
「ところで、なぜエレノア嬢がベルクド市に向かうことになったのでしょうか?」
「実は君たちを呼ぶ前にエレノア嬢に相談をしたんだ。君たち二人をどうしてもベルクド市に向かわせたい、と」
嫌な予感が的中しそうだ。
俺は無言で団長を見つめる。
「マクスウェル君の提案にあったように、護衛任務を一時的に他の部隊に変えたいと相談をした」
「それで?」
的中したようだ。
「君と一緒にベルクド市へ赴いてくれると言うじゃないか。ありがたく承諾したよ」
そこは護衛対象の安全を最優先して断るところだろ。
どれだけエレノアに甘いんだ?
「いやあ、理解ある女性に成長したものだ。私も嬉しいよ」
曇っている。
世間ではその対応を理解あるとは言わない。我がままと言うんですよ。
無言の俺とニールを前に、団長の笑い声が室内に響いた。
◇
ベルクド市でも最上級の宿屋に泊ることになった。
その宿屋の一室。
エレノアとモーム嬢の宿泊する部屋へときている。
「チェスター・モーガンと商売をするつもりだった、というのは本当なのか?」
「マクシミリアン様、そんな恐ろしい顔をされたら、私、何も話せなくなってしまいそうです」
エレノアが怯えたような表情でさらりと嘘を言った。
「これはすまない。仕事をしているとどうしても厳しい口調になってしまうようだ。気を付けよう」
そう言ってほほ笑むと、
「そうです、その笑顔です。マクシミリアン様」
エレノアが妖艶な笑みを返し、
「それで、モーガンとは商売をするつもりだったのか?」
「既にご存知とは思いますが、私、ドレイク商会の会長を務めているのです」
「報告書で知った」
報告書にはたった一行、『二年前からドレイク商会の会長を務めている』とだけあった。
「パイロベル市を拠点に、外国との交易をしようと考えていました。そんな折、偶然モーガン氏と同じ馬車に乗り合わせたのです」
「なるほど、外国との交易の実績があるモーガン商会を足掛かりにしようと考えた訳だな」
「ええ。ですが、残念なことにモーガン氏は死亡。パイロベル市に出入りしている、他の有力商会の責任者も軒並み死亡しているではあありませんか」
バクスター商会の会長と副会長、カイアーノ商会のエンリコ・カイアーノ。モーガン商会を含めた最大手である三つの商会責任者が死亡か。
残った商会はどれも小規模なところだけだ。
パイロベル市だけでなく、この辺りの都市の流通が心配になってくるな。
「そこで、ベルクド市を拠点にした、もう一つの大手商会。ブラッドリー商会に目を付けたのか」
「私としても、ブラッドリーさんとお会いする必要がありました。マクシミリアン様がベルクド市へ赴くとうかがったときは、神に感謝をしようと思ったくらいです」
感謝はしなかったのか。
エレノアの口元に笑みが浮かんだ。
「商会長のヘクター・ブラッドリーさんの下へリンゼイを走らせました。きっと、今夜にもお会いできるでしょう」
「手際がいいな」
リンゼイが外出したのは知っていたが、行き先はブラッドリー商会だったのか。
「マクシミリアン様もヘクター・ブラッドリーさんとはお会いする必要があるのでしょう?」
エレノアが妖艶な笑みを浮かべ、魅力的な言葉を紡ぐ。
「今夜、私の護衛として同席頂けないかしら」
「それは願ってもない。是非、同席させてもらおう」
俺は夕食への同席を承諾し、彼女の部屋を退出した。
◇
エレノアの護衛をニールに任せ、ノーマと一緒に商人ギルドに足を運んでいた。
緊張して辺りをキョロキョロと見回しているノーマをよそに、受付の女性に再び声をかける。
「事前の連絡もなく突然やってきて、こんなことを頼むのは気が引けるんだが、これも仕事でね」
「承知しております、こちらへどうぞ」
受付の女性はいまにも泣き出しそうな顔で、俺たちを奥の部屋へと案内しようとした。
「どこへ行くんだ?」
受け付けの女性と彼女に付いていこうとしたノーマ。二人がビクンッとして足を止めた。
「応接間です。すぐにギルド長が参ります」
「こちらの要求はモーガン商会とギルドの全取引記録だ」
「それをお見せする権限のある者が不在です。いま、ギルド長を呼びに行っていますので、応接間でお待ちいただければ――」
「心配しなくていい」
俺は彼女の言葉を遮って、話を続ける。
「権限なら俺が持っている。身分証明書をもう一度見せようか?」
「いえ、その必要はございません」
「それに書類を見せて欲しいんじゃない。『渡せ』、と言っているんだ」
受付の女性が首をすくめる。
俺と目を合わせようとしない。
「な、なにぶん整理が悪く、どこに何があるのかも、十分に把握しておりません」
「それなら話は速い」
受付の女性とノーマが不思議そうに俺を見る。
「捜す手間が省けた。手あたり次第持って行かせてもらう」
合点がいったように、ノーマが明るい表情を浮かべ、受付の女性が目を丸くした。
なおも何か訴えようとする受付の女性を制して言う。
「収納の指輪にすべて収納できる。書類のある場所まで、案内してもらおうか」
受付の女性が肩を落とすようにうなずいた。
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