第11話 さあ、踏み込もうか
「騎士団、最高ーっ!」
商業ギルドをでた途端、ノーマが大声を上げた。
周囲の視線など気にせず話し続ける。
「気分良かったーっ、権力って素敵ーっ! 旦那、決めましたっ。あたしはここから先の人生、権力の側で居続けます!」
「気に入ってくれて良かった。次は冒険者ギルドだ」
商業ギルドの
「冒険者ギルドかあ。商人ギルドと違って、腕づくで阻止してくるヤツラとか、でてきそうですよね」
「腕に覚えのある連中が多いからな」
たまに勘違いして絡んでくるようなヤツらはまだ可愛いものだ。
問題は貴族や貴族の息がかかった連中だ。
そのことをノーマに告げる。
「貴族の子弟やその息が掛かった連中がたまに交ざっている。木っ端貴族はどうとでなるが、有力貴族相手だと面倒なことになる。相手を見て行動しろよ」
「相手を見て行動? ですか?」
不思議そうに聞き返すノーマに言う。
「偉そうにしているヤツには下手にでろ、ということだ」
「えー、それはあ面白くないですよー」
「騎士団の運営費用は王国と領主がだしている。出資者とはできるだけ揉めないようにしろ」
「うわー、汚いっ。貴族も騎士団も汚いっ。あたしが抱いた理想の騎士団像が、音を立てて崩れていくー」
それほど
「旦那。ここの冒険者ギルドで、注意しなきゃならない相手っていますか?」
眼前にある冒険者ギルドの扉を指さす。
「安心しろ。資料を見た限りでは、いない」
「それを聞いて安心しました。方針に変更はありません」
口元を綻ばせるノーマに言う。
「楽しそうだな」
「賞金目当ての冒険者に、追いかけ回された恨みがありますからねー。きっちりと晴らしますよ」
それは逆恨みだ。
扉に手を掛けたノーマが振り向いた。
「旦那、次はあたしにやらせてくださいよ」
一抹の不安はあるが、これも教育の一環と考えるとするか。
「いいだろう。騎士団の評判を落とすようなことはするなよ」
「任せてください。頭ごなしに脅かして、言うことを聞かせればいいんですよね」
勘違いをしているようだ。
「脅かすんじゃない。こちらの事情を説明して理解してもらうんだ」
「任せてくださいっ」
破壊音を伴って、ノーマが冒険者ギルドの扉を蹴破った。
◇
冒険者ギルドの内部を調査すること小一時間。こちらを盗み見る、薄ら笑いを浮かべた冒険者が散見される。
先手を打ったか。
「これで全部なの?」
冒険者ギルドのギルド長をノーマが
年配のギルド長が、低姿勢を崩さずに答える。
「はい。騎士様にお渡しした報告書がすべてでございます。何でしたら、建物の隅々まで調べて頂いて結構です」
ブラフではなさそうだ。
不利な書類はすべて持ちだした後なのだろう。想定はしていたが、なかなか素早い対応だ。
「旦那、どうします? ギルド長室も調べますか?」
ノーマのセリフにギルド長の顔色が一瞬曇った。
別件で何か隠していそうだな。
よけいなことに首を突っ込んでいる時間もないし、今回は見逃そう。
「いや、十分だ。押収した書類を持ち帰って調べる。帰ってデスクワークだ」
「ええー、デスクワークですかー」
情けな声を上げるノーマを伴って冒険者ギルドを後にした。
騎馬で大通りを少し進むとノーマが口を開いた。
「旦那、冒険者ギルドで押収した書類、あまりにも少なすぎます。モーガンほどの大店なら、冒険者ギルドとの取引はもっと多いはずです」
なかなか鋭いじゃないか。
「取引も多いだろうし、もっと色々な仕事を依頼してそうだな」
「ですよね。絶対に書類を隠してますよ。収納の指輪も含めて、再調査しましょう」
「無駄じゃないか? 恐らくはもうどこか別のところに移した後だ。商人ギルドであれだけ派手に調査をしたんだ。斜向かいにある冒険者ギルドなら、気付いて当然だ」
「わざと?」
ノーマがキョトンとした顔をした。
「証拠は商人ギルドで入手した書類で十分だ。冒険者ギルドは、いまの段階は『黒』だと判断できればいい」
「先ずは商人ギルドから、ということですね」
少し違うが……
「まあ、そんなところかな?」
「歯切れが悪いですねー。何か隠しています?」
「隠している訳じゃないが、次はベルクド市の衛兵本部へ向かう」
「デスクワークはいいんですか?」
「そのデスクワークをやりに行くんだ、衛兵本部にな」
「あ! 旦那も人使いが荒いですねー。面倒なデスクワークは最初から衛兵にやらせるつもりだったんですね」
人聞きの悪い。
それも少し違うが、当たらずとも遠からずだ。
「さあ、少し速度を上げるぞ」
街中ではあったが、騎馬の速度を若干早めて衛兵本部へと向かった。
◇
衛兵本部が近づくと、側にあるカフェから衛兵本部を睨みつける一団を見つけた。
「あれは、坊や? 旦那。あの坊や、仕事サボってますよ」
一人離れて座っていたブライアンに気付いたノーマが言った。
「ニールも一緒だ」
「あ、本当だ。お嬢様と侍女も一緒ですね。もしかして護衛任務の一環でしょうか?」
問題はここで何をしているのか、だ。
俺とノーマは馬を下りると、エレノアとモーム嬢に同席しているニールに声をかける。
「ニール、どうしたんだ?」
真先に反応したのはエレノア。
「マクシミリアン様っ。奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」
「エレノア、君こそどうしたんだ?」
衛兵本部の前で合流することになるとは思わなかった。
「お話しすると長くなります。如何ですか、お茶を飲みながら、楽しくお話しませんか?」
「楽しい話なら、是非とも聞きたいね」
エレノアにウィンクをして、空いている席に腰を下ろした。
そのタイミングでニールが口を開く。
「マクスウェルさん、どうしてここに?」
「商人ギルドで押収した書類の下調べを、衛兵と一緒にやろうと思ってな」
本当はチェスター・モーガンにかかわった衛兵の炙りだしが主目的なのだが……
それは取り敢えず伏せておこう。
「それはお止めになられた方がよろしいです」
「敵に証拠を奪われてしまいます」
エレノアとモーム嬢が反応した。
まいったな。顔と口調で何となく想像が付く。この二人、何か知っている。
俺は視線をニールに向ける。
「ちょっと、問題が発生しました――――」
困った表情を浮かべたニールが、この場にいる経緯を話しだした。
「――――それは間違いないのか? いや、念のための確認だ」
「間違いありません。馬車を襲った盗賊の一人です」
「私もしっかりと憶えています。先頭を走っていた男五人のうち、三人が衛兵の詰め所に入っていきました」
エレノアとモーム嬢が力強く言い切った。
それも衛兵の制服を着てだろ。
チェスター・モーガンが衛兵と繋がりがあったのは報告にあったが、何でその衛兵が自分たちのスポンサーであるモーガンを襲うんだ?
仲間割れか?
「死ぬところでしたから。私としては、嫌味の一つも言ってやらないと気がすみません」
嫌味の一つではすまない気がする。
「そうですよ。私なんて服や髪をわざわざ土で汚したり、ボロボロにしたりしたんですから」
荒野を歩いてきたにしても、随分と
疲れ果てたように見えたのは、演技だったのか。
「どうします? 踏み込みますか?」
「まあ、マクシミリアン様の雄姿を間近で見られるなんて素敵でわ」
絶対嘘だ、何か企んでいる。
衛兵の本部に行くつもりではいたが、エレノアとモーム嬢を伴って踏み込むのは予定にない。
「さあ、マクシミリアン様、参りましょう」
「ニール様、護衛、よろしくお願いいたしますね」
二人とも笑顔が輝いているのは気のせいか?
「旦那、お嬢様と侍女、やるつもりですよ。あれはこれから恨みを晴らそう、っていう顔です。輝いています」
気のせいじゃなかったようだ。
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