第7話 被害者たち
俺とニールはノーラン大隊長と合流後、騎士団本部へと戻った。
死体の山とニセ金貨を含めた証拠品のチェックをノーランの部下に任せて、俺たち三人は団長室に集まっている。
団長一人が椅子に座り、俺たち三人が執務机を挟んで直立不動。
よくある構図だ。
「ニセの王国金貨か……何とも面倒な事件だな」
第七国境騎士団・エリアス・オブライエン団長がため息と共に言う。
「発見した金貨の量も相当なものでしたが、造りも精巧でした。背後に大掛かりな組織がある前提で動く必要があります」
「テイラー男爵家次男の殺害事件とバクスター商会の会長、副会長の殺害事件が今朝起きたばかりだというのに、今度はニセ金貨か」
団長は再びため息を吐いて、恨めしそうな視線を俺に向ける。
「偶然だとは思うが、君が着任してから面倒な事件が立て続けだよ」
「偶然です」
俺の脳裏に前の職場の上官であるティム・ネルソン団長の顔がよぎる。
「この都市に出入りしている
団長はそこで言葉を切ると、今度はため息と共に頭を抱えた。
次いで天井を仰ぐと、誰にともなく問いかける。
「さて、どこから手を付けたらいいと思う」
これは不味いパターンだ。
俺が警戒しているとノーランが罠に飛び込んだ。
「ニセ金貨の所有者ですが、ドレイク嬢とモーム嬢ということは考えられませんでしょうか?」
惜しい、踏み込みが浅い。
「だそうだ。マクスウェル君、君の考えを聞かせてくれ」
おかしい。
罠が俺に向けられた。
「可能性としては非常に低いと考えます。ドレイク嬢は大変聡明な女性です。もし偽装工作するのであればもっと上手くやるでしょう」
とはいえ、それも含めて雑な偽装工作をした可能性は捨てきれない。
エレノアの頭の回転の速さと肝の据わりようは警戒に値する。
監視が必要だ。
「君たちが証拠品の整理をしている間に、私もドレイク嬢と会話をさせてもらった。マクスウェル君の言う通り、大変聡明な女性だね」
俺を見る団長の視線が鋭くなり、厳しい口調に変わる。
「監視が必要なほどに聡明だ」
最も面倒な国境を任されるだけのことはある。
無駄に鋭い。
「深窓の令嬢に監視は行き過ぎでしょう。行動制限で十分ではありませんか?」
「監視もそうだが、ご婦人二人だ。ニセ金貨の関係者から狙われる可能性もある」
大丈夫じゃないか、あの二人なら。
「第一連隊に女性だけの中隊がありましたね、彼女たちならニ十四時間の護衛も可能性です」
さんざん経験してきた、これは良くないパターンだ。
嫌な予感しかしない。
「マクスウェル君とニール君に任せる。よろしく頼むよ」
「団長、二人だけで彼女たちの護衛をするのは難しいです。再考をお願いします」
「四人いれば何とかなると思うがね。ほら、今朝相談された二人の入団を許可しておいたよ」
ノーマ・ベイトとブライアン・パーマーの二人のことか?
「まだ申請をしていませんが?」
「こちらで申請から承認、入団手続きまで全て済ませて措いたよ。早いところ人数を揃えないと何かと大変だろうからね」
ノーマとブライアンの訓練と考えよう。
ニセ金貨を追うよりは、エレノアとモーム嬢の護衛の方が教育の場としては気楽か。
ダミアン・テイラーとバクスター兄弟の殺害事件も追わなければならないし、ここは素直に受けておくか。
「増員の配慮を頂き感謝したします。ドレイク嬢とモーム嬢の護衛任務を拝命いたします」
満足げな笑みを浮かべている団長に聞く。
「ところで、一つ問題が残っています」
「何だね?」
「ブライアン・パーマーですが、現在、テイラー男爵家次男殺害事件の容疑者として、衛兵の詰め所で拘束されています」
「なぜそんなことに?」
団長が一瞬キョトンとするが、すぐに気を取り直して言う。
「いや、理由は話さなくていい。君の部下だ、君の裁量で速やかに復帰させなさい」
「分かりました。そのように図らいます」
団長はため息を吐くと話を戻した。
「さて、本題だ。駅馬車襲撃事件とニセ金貨の事件とは分けて考える」
おや?
先ほどと違って随分と精力的だな?
「ノーラン大隊長、駅馬車の襲撃事件は君の大隊に担当してもらう」
おい待て、この場で担当を決めるのか?
「畏まりました」
ノーランが敬礼をした。
なぜこの場にニセ金貨事件を担当する責任者がいない。
「ライリー大隊長、初仕事だ。君にニセ金貨事件を担当してもらう」
いたよ、責任者。
そういえば、ニールは大隊長だった。
「お待ちください団長。私は今日が入団初日です。右も左も分からないのに責任者と言われても、皆さんにご迷惑をお掛けするだけです」
ニールが抗議の声を上げると、団長が言い切る。
「心配はいらん」
いや、そこは心配するところだろ。
「ご期待には応えたいと思いますが――」
団長がニールの抗議の声を遮る。
「君が不慣れな分はマクスウェル連隊長がカバーしてくれる。大丈夫だ、彼は頼りになる上官だよ。存分に頼りたまえ」
先着順で大隊長にするんじゃなかった。
激しく後悔する俺をニールが恨めしそうに見る。
「承知いたしました。マクスウェル連隊長の指導の下、ニセ金貨事件の調査に当たらせて頂きます」
ニールがノーランに
団長が満面の笑みで俺たち三人をみた。
「テイラー男爵家次男殺害事件と、バクスター商会会長・副会長暗殺事件もあるが、頑張ってくれたまえ」
ノーランが顔を引きつらせた。
だが、何も言わない。
「団長、素朴な疑問ですが」
挙手をすると、団長が視線でうながす。
「他の連隊は何をしているのでしょうか?」
「マクスウェル君、ここだけのセリフにしてくれよ。連隊間でのいさかいは避けたいからね」
「もちろんです」
「最近、魔の森から迷いだす魔物が増えている。いや、迷いだすというのは不適切かな。溢れ出す、と言った方がいいくらいだ」
団長のセリフにノーランが小さく首肯する。
事実のようだ。
黙っていると団長がさらに続ける。
「第一連隊は魔の森の調査と魔物の討伐にかかり切りの状態だ。このため、第二連隊だけでは国境の巡回が追い付かない状況が続いていた。結果、国境付近が手薄になり好き勝手に動く輩がでてきた」
「それで第三連隊を新設する要求を王都に申請された訳ですね」
話が見えてきたぞ。
その申請をネルソン団長が利用した、ということか。
「私は連隊を要求したのだが、赴任してきたのは連隊長一人だけだ。さらにノーラン君の大隊、第二連隊第三大隊が機能不全に陥るようなダメージを受けた」
一瞬俺に恨めしそうな視線を向ける。
頭が痛いのは分かった。
だが……
「それは俺のせいじゃありませんよ」
「深刻な人手不足だよ」
団長が大きなため息を吐いて肩を落とす。
改めて事情を聞くと、俺とオブライエン団長はネルソン団長の策略にはまった被害者ということか。
被害者という意味では俺以上の被害者であるニールが恨めしそうに見る。
それに気付かない振りをし、渦巻いていた一つの疑問を団長に投げかけた。
「ところで、団長。我々との会議の前にドレイク嬢と面会されたとうかがいましたが、どのようなお話をされたのでしょうか? 差支えのない範囲で教えて頂けませんか?」
「うん、そうだな……」
少し言い難そうな顔をして話しだす。
「彼女のお祖父様とは古い知り合いでね、親交があるんだよ。当然、彼女のことも幼少の頃からしっている」
エレノアのことを疑うような態度は演技だったってことだな。
団長の顔が、急に好々爺とした表情に変わる。
「それでつい懐かしくて、話し込んでしまったんだよ」
悪びれもせず快活に笑った。
「それで、どのような話をされたのでしょうか?」
聞くまでもなく想像ができるのが悲しい。
「マクスウェル君に護衛をお願いしたい。そうせがまれちゃったからねー」
今度は相好を崩して嬉しそうに笑った。
まるで、お土産を孫娘にせがまれた祖父さんだな。
第七国境騎士団、本当に大丈夫だろうか。
俺は色々な不安を抱えて団長室を後にした。
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