第24話 先遣隊、合流
騎馬に飛び乗ると同時に馬車の窓から身を乗り出したノーマの声が聞こえる。
「旦那、あたしは? あたしはどうしたらいいですか?」
「ロザリーの後を追え! 彼女と一緒に女性たちの護衛を頼む! ――」
それだけ言い残して、駅馬車隊の先頭を目指して騎馬を駆けさせると、報せを届けた若い護衛が駆る騎馬が横に並ぶ。
「先導します、ついて来てください!」
「先遣隊は何人だ?」
「はい! 先遣隊は俺を含めて六人です」
「魔術が使えるのは何人いる! 先遣隊の中にコンスタンス以上に強力な魔術を使える者はいるのか?」
「魔術が使えるものはコンスタンスさんを含めて三人います。一番強力な魔術を使えるのがコンスタンスさんです!」
「ありがとう。先導をよろしく頼む!」
他の二人がコンスタンスと同程度の攻撃魔術が使えたとしても三人ではどうにもならない。
下手に足止めをしようなどと考えずに真っすぐに逃げて来てくれよ。
◇
駅馬車隊の馬車や護衛たちを抜き去り先頭へと差し掛かる頃、背後から一騎の騎馬が追いすがって来た。
馬上には黒髪の炎使い――恐鳥とやり合っていたときに馬車の上から応戦していた若者だ。
「マクスウェルさんが騙し討ちで落とし穴に落とした男が追ってきます」
黒髪の炎使いに気付いたアランが、まるで邪魔者を見るような目を彼に向けながら告げた。
ここでも騙し討ちか。俺のイメージがどんどんと失墜していくような気がしてならない。無事にアロン砦に到着したら対策を考えるとしよう。
黒髪の炎使いがアランと反対側、俺の左側に騎馬を並べる。
「マクスウェルさん、ブライアン・パーマーです。先日は失礼しました!」
「どうした? 別に謝るために追って来た訳じゃないだろ?」
「謝罪はまた改めてさせて頂きます。それよりも――」
視線を合わせようともせずに無言で騎馬を操るアランを一瞥すると、すぐに俺に視線を戻して言葉を続ける。
「――何かトラブルでもあったんですか? 私も協力させてください」
「雇い主は大丈夫なのか? 君程の優秀な魔術師なら、自分たちの側に置いておきたいんじゃないのか?」
ましてや危険が迫っているならなおさらだ。
自分たちが助かりたい一心で、使用人を恐鳥の前に突き飛ばすような連中だ、そう簡単に護衛が自分の側を離れるのを了承するとは思えない。
「トラブルがあった場合、マクスウェルさんに協力する許可を取りました。ただし、私一人だけです。他のメンバーもマクスウェルさんに協力させて頂きたいのですが……」
黒髪の炎使いは語尾を濁すと、『申し訳ございません』と付け加えた。
それでも、よく許可を取ったな。
「何か代償を要求されたんじゃないのか? ―-」
図星だったようだ。驚いたブライアンが目を丸くしてこちらを見つめた。そんなやり取りの間も、アランの方は視線を合わせないよう、真っすぐに前方を見据えたままだ。
「――言い難い事だったら言わなくても構わんよ」
「実は雇い主から、マクスウェルさんに張り付いて弱みを掴むように言われました」
まあ、そんなところだろう。
俺が口を開くよりも早く、ブライアンと視線を合わせないようにしていたアランが反応した。
「マクスウェルさん! こいつら、やっぱり信用できません! 戻ってもらいましょう!」
「落ち着け、アラン君。敵の数が多い上に防衛に適していない荒野だ。我々がいがみ合っていては助かるものも助からん」
「マーカス隊長から『味方の裏切り程恐ろしいものは無い』とも教わりました」
ブライアンが憤慨の視線をアランに向けたが、すぐに冷静さを取り戻して話を再開する。
「アロン砦方面で何らかの問題が起きているだろう、というのは予想しています。アロン砦は国境線から五十キロメートル程のところにあります。我々の雇い主は隣国が侵攻して来た可能性を危惧していました ――」
俺が答えるのを待つように言葉を切ったブライアンに視線だけで先をうながす。
小さく苦笑すると、自信たっぷりの表情で語り出す。
「――ですが俺の考えは違います。国境線までの五十キロメートルの間に魔の森が三十キロメートル以上に渡って広がっていますし、ここ最近急に魔物の被害が増えているとも聞いています。魔の森に生息する魔物が活性化していると考える方が自然ではないでしょうか?」
自信家だな。
およそ間違っていそうな雇い主の考えを比較対象にわざわざ話してから自分の考えを語る辺り、自意識過剰で無用なトラブルを抱え込みそうな危うさが感じられる。
だが鋭い。それに魔術の腕もこの年齢を考えれば申し分ない。
教育は必要そうだが鍛えればモノになりそうじゃないか。
綻びそうになる口元を引き締めて答える。
「先遣隊の報告では前方三キロメートルのところでゴブリンの大群を発見したそうだ。数はおよそ五百匹」
「五百? 馬鹿な! 幾らなんでも、そこまで膨れ上がるまで騎士団が気付かないはずはない!」
見間違いだろと言わんばかりにアランに視線を向けると、
「見間違いじゃない! 俺にはおおよその数も分からなかったけど、コンスタンスさんが『五百以上居ると思うけど、報告は五百でするように』と言ったんだ!」
コンスタンスの見立てを疑われたからか、アランはブライアンの事を睨み付けるとムキになって言い返した。
コンスタンスは少なく見積もったのか。
これは五百よりも多いと考えて方が良さそうだ。
「本当に五百匹いたとして、そんな数のゴブリンが突然発生するはずはありません。絶対に兆候があるはずです」
「兆候を見落としていたんだろう」
「騎士団のミスじゃないですか」
何とも耳が痛い。
「ここで騎士団を責めたところで何の解決にもならない。今は先遣隊の救助とゴブリンの大群にどう対処するか考えるのが先だ!」
「分かりました。マクスウェルさん、指示をお願いします」
「見えたぞ! 先遣隊だ! ――」
身体強化した俺の目に五頭の騎馬とそれを駆る五人の護衛の姿が映った。
よし、全員無事だ。
「――五人いる、全員無事だ!」
アランが安堵の表情を浮かべる。
コンスタンスたちが駆る騎馬が巻き上げる土煙の後にさらに大きな土煙が巻き上がっていた。
「ゴブリンが後を追っている!」
土煙に紛れてはっきりとは分からないが、コンスタスたちの背後から相当数のゴブリンが迫っているのは間違いない。足の速い個体が先行して追い掛けている事を願おう。
ときどき背後を振り返り、攻撃魔術を放っていた。爆裂系の火魔法を中心に風魔法、水魔法がサポートをしているが、発動までの間隔が大きい上、どれも小規模な攻撃魔術だ。
あれ程の土煙を上げる数のゴブリン相手では焼け石に水だな。
俺はストレージから弓も弦も台座も全て合金で作成した特製のクロスボウを取り出し、馬上で構える。
コンスタンスたちまでの距離五百メートル、先頭を走るゴブリンまでの距離八百メートル。十分に射程圏内だ。
風魔法で矢の軌道を作り出して先頭を走るゴブリンの額に狙いを定める。
土煙の中、ゴブリンの集団が次第にはっきりと見えてきた。数は百匹余り。視認出来る範囲では変異種は見当たらない。
「ここから届くんですか?」
「え? この距離で?」
信じられないといった口調のブライアンとカールに、
「王都で入手したばかりの特別製の武器だ、問題なく届く」
嘘を吐いて引き金を引く。
射出の瞬間、爆裂系の火魔法で加速されて撃ち出された鋼の矢がゴブリンの額を撃ち抜き、その背後を走るゴブリンの頬に突き刺さる。
二人が驚きの声を上げている間にクロスボウへ魔力を流し込んで、土魔法で瞬時に弓を引き絞りストレージからクロスボウ上に鋼の矢を出現させる。
同じ要領で追いすがるゴブリンを仕留めていく。
本来のクロスボウと違って弓を引き絞ったり、矢をセットしたりする時間が大幅に短縮されるので次々と連射が出来る。さらに爆裂系の火魔法を併用する事で大幅に飛距離と貫通力を伸ばしている。
俺の魔術との相性は抜群の武器だ。
「凄い! 一度に二匹・三匹のゴブリンを射抜いている」
茫然とした様子でつぶやくブライアンと無言で迫るゴブリンの群れを見ているアランに指示を出す。
「ブライアン! アラン! ――」
二人が反射的に俺に視線を向けたのが分かった。
「――先遣隊と合流したら一緒に駅馬車隊に戻って防御を固めろ!」
「分かりました!」
「マクスウェルさんはどうされるんですか?」
カールが小気味よく返事をし、ブライアンが疑問を口にした。
「少しばかり連中の数を減らしてから戻る」
さらにクロスボウを三連射して追いすがるゴブリンを仕留める。
先遣隊のとの合流まであと百メートル、ゴブリンとの距離は四百メートル。先遣隊がゴブリンを引き離し始めた。
「了解です」
カールの返答に続いて、顔を引きつらせたブライアンが異を唱える。
「幾らなんでも数が違いすぎます! それに連中、密集していません、広がっています!」
広域の攻撃魔法を使い慣れているブライアンだから分かる無謀さ、なのだろう。
先遣隊が眼前に迫る。
「マクスウェルさん! どうしてここに?」
コンスタンスの驚きの声に続いて、他の先遣隊のメンバーがアランに声を掛ける。
「アラン、よく知らせてくれた!」
「よくやったな、アラン!」
「コンスタンス! そのまま駅馬車隊までノンストップで駆け抜けろ!」
先遣隊とすれ違いざまにそう叫び、俺は魔力視を発動させる。さらに魔力を身体全体に巡らせて身体強化を行い、魔力障壁を身にまとう。
さあ、準備完了だ。
先ずはお前たちを排除して、残る四百匹のゴブリンの迎撃準備をする時間を作らせてもらおう。
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