第18話 ちょっとした揉め事
さてどうしたものかな。
出来る限り穏便に済ませて、クラーレン市での衛兵壊滅に利用する手もあるが……
「叔父さんねぇ」
俺の一番近くにいた茶髪が一瞬苦々し気な表情を見せた。だが、左手で魔力を練るのを中断する様子はない。
ファーリー姉妹の後ろに回り込んでいた赤毛が、俺に向かって小馬鹿にしたような視線を向けた。
「何か勘違いしているようだけどさ、僕たちは
やっぱりやめだ。
「マックス叔父さん……」
シビルが消えいるような声でそうつぶやくと、目をつぶってヒルデガルドの服を握りしめた。
演技力は壊滅的だ。
怯えた表情を作っているつもりなのかもしれないが、口元が綻んでいる。
「あの、皆さん、あまり手荒な事はしないようにお願いします」
ヒルデガルドが綻んだシビルの口元を隠すように抱き寄せる。その仕草を姉妹が怯えていると受け取ったのか、
「大丈夫だよ、すぐに済むから――」
金髪ロングが背後のファーリー姉妹に柔らかな口調でそう語り掛けた。次いで、こちらに向きなおると同時に険のある目付きで睨み付ける。
「――叔父さんだか何だか知らないけどさ。ちょっと失礼じゃないかな、今の口のきき方」
「君たちの方こそ失礼じゃないか? マクスウェルさんは君たちよりもずっと年上ですよ」
ニール、『ずっと』は余計だ。
さすがに戦い慣れている。ニールは既に身体強化と魔法障壁をまとった上、左右の手には練り上げられた魔力の塊があった。
ニールの言葉を無視して、手前の茶髪と右奥の赤毛が口を開く。
「俺たちは冒険者だ。冒険者の価値は年齢じゃなくって実力だ。どれだけの実戦を経験したか。修羅場を潜り抜けたか、だ」
「俺たちは四人ともランクAの冒険者で、当然パーティーもランクAだ。そこいらの実力を伴わない連中と一緒にされたら迷惑だね」
若造四人ともが、こうして会話している間も集中力を切らさずに魔力を練り続けられるのはたいしたものだ。
確かにこの年齢としてはトップクラスなのだろう。
だが……
ロザリーは俺から三メートル以上の距離を取り、身体強化と魔法障壁をまとった上で、投げナイフを装備した腰の辺りで手を遊ばせている。
マーカスにしてもわずかな魔力を総動員して身体強化と魔法障壁を展開していた。
本当に戦い慣れているヤツなら、ちゃちな攻撃魔術よりも身体強化と魔法障壁の展開を優先する。
「ランク?」
聞きなれない言葉だったのだろう、シビルが不思議そうに声を上げた。その反応に金髪ロングと赤毛が得意げに喰い付く。
「ランクっていうのはね、冒険者の実力を示す基準だよ」
「僕らはギルドからランクAの
そう言って、二人は首から掛けているネックレスを持ち上げてみせた。ネックレスの先には小さな長方形のプレートがぶら下げられている。
「ランク制度ですか、今時珍しいですね」
「金髪のおっさん、お前のランクは?」
感心したようにつぶやいたニールに茶髪が反応した。何処のギルドが発行した物かしらないが、ランクAの認定証が余程ご自慢らしい。
これ見よがしに胸の高さで揺らしている。
マーカスは小さなため息を漏らす。
「なあ兄さんたち、ランクなんてものは昔の制度で、今はもうないんだよ」
「確かに王国の制度としては廃止されたけど、それでもまだギルドでは根強く残っている――」
赤毛が挑発するような目つきでマーカスを睨み付けて鼻で笑う。
「――おおかた低ランクなんだろ、おっさん?」
「私も知識では知っていたけど、ランクなんてローカルな制度をありがたがっている冒険者は初めて見たわ――」
大きなため息に続いて、ロザリーの小馬鹿にするような口調が響く。口調だけじゃない、視線や仕草にも
彼らの視線が少し離れた位置にいたロザリーへと注がれた。
「――ましてや、それを自慢げに語るなんて恥ずかしくないのかしら」
「ロザリーの言う通りだ。ランクなんてものは、もう二十年も昔に廃止になった制度だ。昔は冒険者の戦闘力やギルドへの貢献度に応じて、登録先のギルドが独断でランク分けしていた。だが、ギルドごとでランクに差が出た――」
ギルドごとに設定しているからどうしても差が出るのは仕方がない。
四人の視線と敵意がロザリーから俺へと移る。
「――冒険者にとっては一種のステータスだな。ランクを上げるのを目標にして仕事に励む者もいてそれなりに役に立ってはいたんだが、ランクを売るギルドまで出てきたんだ。あともう滅茶苦茶だ。収拾がつかなくなった」
「もっと酷い弊害はランクによる確執が生まれて、争いの原因になったんですよねー」
ニールは独り言のようにそう口にして静かに
「なかには戦闘力だけで冒険者の力を評価する間抜けなギルドまで出てきた」
「死と隣り合わせなのが冒険者だ! 戦闘力がなければ役に立たなどころか、単なる足手まといだろうが!」
赤毛は怒鳴ると同時に自身の練り上げていた魔力を乱す。
「だが、間抜けなのはまだいい。問題は
そこで言葉を切って金髪ロング、茶髪、赤毛、黒髪ロングの順に視線を巡らせる。
四人の表情が険しくなった。
「――結局メリットよりもデメリットの方が大きいって事で廃止になったんだ」
「随分と馬鹿にしてくれたな、おっさん」
「俺たちランクAの冒険者にそこまで言ったんだ、覚悟は出来ているんだろうな!」
茶髪と赤毛に続いて金髪ロングが口を開く。
「神官の世話になれば何とか助かる程度で許してやろうと思っていたが、そうも行かなくなっちまったな」
ファーリー姉妹の背後にいる黒髪ロング。彼だけが身体強化と魔法障壁を巡らせている。加えて左手に練っている魔力は小さなものが二つ。
一つ目の攻撃を防がれても『次の攻撃魔術の発動まで時間が掛かる』、と相手を油断させて二発目の攻撃を撃ち込むつもりか。
やるねー、一番見どころがある。
黒髪ロング、お前には最初に消えてもらう。
「どうした? 顔色が悪いぞ、心当たりでもあるのか? ――」
傍らにあった地面から突き出た岩に左手を突いて軽く体重をあずける。
「――どれだけの実戦を経験したのか知らないが、今お前たちがこうして生きていられるのは単に運が良かったからだ。戦闘準備を始めるなら、先ずは不意打ちや不測の事態に備える事から始めろ」
先制の一撃は確かに有効だが、それだって決まれば、だ。お前たちは、自分が先制の一撃を放つ前に攻撃される事を考えていない。
「何の話か知らないが、戦いで最も有効なのは先制の一撃を決める事だよ!」
真っ先に動いたのは金髪ロング。
右手で長剣を抜き放ち、左手を突き出す。
それに合せて土魔法を発動させる。俺の土魔法の発動した瞬間、金髪ロングの突き出した左手から火球が放たれた。
身体を
視界の片隅に黒髪ロングが地面に呑み込まれていく姿が映る。
俺の背後で岸壁に衝突した火球が燃え広がった。
火炎系の火球――広範囲に広がるタイプだ。俺だけでなく隣にいるニールとマーカスも巻き込むつもりだったのか。
「な、何だ!」
「キャーッ!」
「火球だ! 凄い勢いで燃え広がったぞ!」
「攻撃魔術だと?」
「火だ! さっきの娘だ!」
「た、助けてくれ!」
争いごとに気付いた人たちから悲鳴が上がり、それらの悲鳴に地面の底から上がった黒髪ロングの小さな悲鳴がかき消された。
「随分とのんびりした火球だな。あれじゃウサギすら仕留められないぞ」
「何だと!」
金髪ロングがもの凄い形相で睨んで来る。まるで親の仇を見るような目だな。
「レクチャーしてやろう。そもそも速度の遅い火炎系の火球は不意打ちならともかく、――」
茶髪と赤毛が位置を変える。金髪ロングが両手で長剣を握り直した。
酷いヤツラだ。
黒髪ロングが地面に呑み込まれた事にまだ気づいていない。
「――こうした正面切っての戦闘での先制攻撃には不向きなんだ。先制攻撃をしかけるなら、速度のある雷撃。次点でそれなりに速度があり不可視でもある風の刃。あとは、水の弾丸辺りだ」
「じゃあ、その水の弾丸をくらいな!」
刹那、そう叫んで左手を突き出した茶髪の正面にストレージから取り出した鋼鉄のタワーシールドを出現させる。
水の弾丸が鋼鉄のタワーシールドに衝突してはじけ飛び、その
「攻撃手段を相手に教えちゃあ、駄目だろう」
突然横から声を掛けられた茶髪が、愕然とした表情を浮かべた。
「ゴフッ」
俺の右拳が茶髪のみぞおちに減り込み、茶髪の戦闘力を一瞬にして奪う。
長剣を手にした金髪ロングが、今更ながらに魔力による身体強化と魔力障壁を展開しながら俺に迫る。赤毛の左手が大きく振られ、三つの風の刃を生み出した。
金髪ロングの斬撃と赤毛の放った風の刃がほぼ同時に俺に届くタイミングだ。
連携は上手いじゃないか。
鋼鉄のタワーシールド二枚をストレージから取り出し、風の刃の軌道上に出現させる。
次の瞬間、三つの風の刃が二枚の鋼のシールドを直撃した。
切りかかって来た金髪ロングの目が大きく見開かれ、動きが鈍る。
「いちいち驚くな、隙だらけだぞ」
内心でほくそ笑み、ストレージから取り出した槍の石突でがら空きの
「ガハッ」
くぐもった声を上げて金髪ロングが膝から崩れた。
金髪ロングの意識を刈り取った勢いで、狼狽している赤毛へと攻撃を繰り出す。槍の石突による喉への突き。
俺の放った突きに合せて赤毛が長剣を左から右へと横薙ぎに振り抜いて槍をとらえた。
刹那、槍を手放すと、高い金属音を残して槍が宙に舞う。
赤毛の口元に笑みが浮かんだ次の瞬間、新たにストレージから取り出した槍の石突が、がら空きの喉をとらえた。
「グフッ」
崩れ落ちる赤毛を視界の端にとらえ、ファーリー姉妹へと歩み寄る。
「二人とも、怪我はないか?」
「はい、私は大丈夫です――」
ヒルデガルドはそう言うと、シビルの肩を揺さぶって問う。
「――シビル、あなたは?」
「大丈夫よ。かすり傷一つないから安心して――」
ヒルデガルドの手を振り払い、まるで演劇の主役を見るような
「――ありがとう、マックス叔父さん!」
瞬時に身体強化を巡らせて飛び付いて来たシビルを、俺は空中で受け止めた。
◇
「旦那、黒髪の若造は落とし穴の中で気絶していますぜ」
俺の造った落とし穴を覗き込んでいたマーカスが、小さく
今しがた見たが、足の骨と腰の骨が折れている気がする。後でベレスフォード神官に頼んで治療をしてもらう必要があるな。
「何だか色々と不思議なものを見た気がします」
「そう? もの凄く卑怯なものを見た気がするわ――」
気絶している三人の若造を見回すニールに続いて、ロザリーが目頭を押さえてため息をつく。
「――旦那、どうやったらストレージからあんなに素早く物を取り出せるんですか? それも離れた場所に」
あれを見た者は大抵不思議に思って聞いてくる。
普通はストレージの出し入れに数秒から数分を要する。出し入れする距離もほとんどの者は自身の手に接触させる必要がある。十センチメートルも離した状態で出し入れできる者は
「言ったろう、器用なんだよ、俺は」
「取り敢えず、こいつらを治療して馬車にでも放り込んでおきましょう」
マーカスはそう言うと、駅馬車隊の護衛たちに向けて指示を出した。
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