第17話 合流した火種
恐鳥に襲われていた馬車隊の者たちが谷間の入口に姿を現した。先に到着したのは先行して逃げていた馬車の者たち。
少数の者たちを除いて、大半の者たちは口数が少ない。
「あいつらですか? 旦那が言ってたヤツと護衛は? ――」
マーカスは不機嫌そうな口調でそう言うと、先程二人の男女を馬車の陰から突き飛ばした身なりの良い二人の男と、彼らを守る様に位置取りしている若い冒険者たちを見やる。
雇い主である身なりの良い二人の男が壊れた馬車を運ぶ使用人に当たり散らし、護衛たちは手伝う素振りも見せずに無駄口を叩いていた。
「――不満を言う声がここまで聞こえてきますよ。どうにも好きになれない臭いがプンプンします」
「連中とはこの先のクラーレン市でお別れだ。大らかな気持ちで接しようじゃないか」
「じゃあ、パイロベル市まで一緒に行きたいと言っていたのは後ろの連中ですか? ――」
マーカスはホッとした様子でさらに後方に見える馬車へ視線を向ける。
そこにはヘザーと呼ばれた若い女性が御者を務めていた馬車の乗客と護衛たちが、遠目にも分かる程に重い足取りで歩いていた。
開いている距離以上に乗客と護衛の
「――あの様子だと、後ろの馬車の連中が到着するまで、まだ十分以上かかりますね」
さて、この時間を利用して違法な薬を使って魔物狩りをしていた連中の情報を引き出すか。
「話は変わるが、あの少年、アラン・リオットは今まで別のパーティーにいたのか?」
遅れている後方の者たちを迎えに出た三人の若者の一人、ラムストル市の東門でファーリー姉妹の馬車を取り返した少年を視線で示す。
「アランですか? 今まではテイラー男爵の次男がリーダーを務めるパーティーにいたんですが、そのパーティーが解散したんでうちが引き取ったんですよ」
「引き取った?」
「ええ、男爵からの紹介状を持ってきたんで、俺としても断れません」
「断りたかったのか?」
「正直言えば。男爵としがらみを持ちたくなかったんですよ」
苦笑いを浮かべている。これ以上聞くのは気の毒か。
「ありがとう、それでアラン自身はどうだ?」
「真面目です。腕の方は年相応ですが気が利きます。いままで男爵の次男のところで下っ端をやらされていたからか、嫌な仕事も文句を言わずにやってくれます」
マーカスは笑顔を見せると『まあ、拾い物だと思っています』と付け加えた。
「アランが所属していたパーティーの他のメンバーはどうしている?」
「リーダーだった男爵の次男とその取り巻きは乗客と専属の護衛です。ちょうど、あそこで固まっています――」
谷間の中央付近で立ち話をしていた男五人と女三人の集団を示す。一人、華美な装飾の剣を帯びていた。
二十代半ばの男、あれが男爵の次男か?
「――あの中央で
「解散したダミアン・テイラーのパーティーのメンバーはあそこの八人とアランで全部か?」
「そう聞いています」
「ありがとう、マーカス」
ダミアン・テイラー、お前とお前の取り巻きの顔は憶えさせてもらった。
「でも、どうしたんですか? マクスウェルの旦那とベレスフォード神官が同じことを聞くなんて」
やはりベレスフォード神官もあのときのヒルデガルドの話す声が聞こえていたのか。
俺は何でもない事のような顔をして訊ねた。
「それは奇遇だな」
「やっぱり、あの次男がトラブルメーカーになりそうだって、思ったんですか?」
「警戒だけは怠らないようにしないとな。それが平和に生きていく
「ロザリーさんのように美人の連れがいると苦労しますね――」
マーカスは意味ありげな笑みを浮かべると、俺の背後を視線で示す。
「――噂をすれば、その美人が今話題の美少女姉妹と一緒にこっちへ来ますよ」
振り返ると、ニールとロザリーがファーリー姉妹を伴ってこちらへと歩いて来ていた。
◇
「ご迷惑をお掛け致しました」
姉のヒルデガルドにうながされて、神妙な
ヒルデガルドにこってりと絞られたのだろう。可哀想に、意気消沈といった様だ。
「別に迷惑だなんて思っちゃいないさ。ヒルデガルドを突き飛ばした事に怒ったんだろう? ――」
ヒルデガルドとシビルを突き飛ばしたという二人の商人に視線を向けると、こちらを盗み見ていた二人がすぐに明後日の方向に視線を逸らした。
「――怒って当然だ、どう考えても悪いのはあいつらだ」
元気づけるようにそう言って軽くウィンクをすると、すぐさまシビルの明るい声が響く。
「ですよね! マックスさんもそう思いますよね!」
「こ、こらっ、シビル! あなたは――」
慌てるヒルデガルドの言葉を軽く左手を上げて制して、シビルに語り掛ける。
「悪いのはあいつらだが、君も少しだけやり過ぎた。そうだろう? ――」
それは分かっているようで、瞬時にバツの悪そうな表情に変わった。
「――例え脅しでも、命を奪うような事は言っては駄目だ」
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、脅かすだけのつもりだったんですよ――」
ヒルデガルドの顔色を気にしながらも、俺やニール、マーカス、ロザリーといった周囲の大人たちの反応を探る様にチラチラと視線を巡らせている。
その様子はか弱い少女が必死に味方を探しているようだ。
「――本当ですよ。本当に焼いちゃうつもりはなかったんですよ」
十三歳か。姉のヒルデガルドがしっかりしているから、この娘もしっかりしていると勝手に思い込んでいた。
妹の方は年相応に子どもだ。
それよりも問題は攻撃力の高さだ。
詳しく調べてみないと断言出来ないが、あの火力と話に聞く限りの蒼白い炎、中央の騎士団に居るとか居ないとかのレベルじゃない。
近隣諸国の宮廷魔術師の情報や、特務部隊の極秘資料を思い出しても心当たりがない。
野放しに出来る人材じゃないぞ、この娘も。
俺が育てれば、姉妹揃って国内でトップクラスの魔術師だ。
手元に置いて育てたい。そんな職業病ともいえる感情を押して殺し話を続ける。
「あの二人には俺がキッチリと話を付けて来る。約束しよう」
「本当ですか?」
「その代わり、シビルも一つだけ約束してくれ――」
「――終点のパイロベル市に着くまでで構わない、身の危険が迫っているときか、俺が側にいるとき以外はあの強力な魔術を使うのを我慢してくれないか?」
少し
「約束します――」
俺はロザリーの厳しい視線とニールとマーカスのあきれた様な視線が見守る中で握手を交わす。
「――あの二人、絶対に許さないでくださいね」
少女らしい愛らしい笑顔が浮んだ。
マーカスはともかく、ロザリーとニールには言い訳をしておかないとな。
そんな事を考えながらシビルの手を放すとマーカスのつぶきが耳に届く。
「何だ、あいつら」
不機嫌なマーカスの声につられて彼の視線の先を見ると、先程の助けた小生意気な護衛の若者たちがこちらへと歩いて来るのが見えた。
「あいつらですよね、旦那が助けちゃった勘違い野郎たち」
「ロザリーさん、『助けちゃった』はないでしょう。マクスウェルさんだって良かれと思ってやった事です。責めるのはよくありませんよ」
「二人とも冗談にしても言い過ぎだぞ。それにシビルだっているだ、その辺にしておいてくれ」
ロザリーとニールに小声で注意をすると、馬を駆っていた火球使いの男が長い金髪を
「やあ、シビルちゃんだよね? ――」
俺に指図をしていた時とは口調も言葉遣いも違う。もちろん顔つきも違う。薄っすらと笑みを浮かべてニヤケ顔だ。
さて、どっちが演技だ? 何となくどちらも地の気がするけどな。
「――話は聞いたよ。さっきの火炎系火魔法、君だって」
「妹に何か御用でしょうか?」
ヒルデガルドがシビルを後ろに庇いながら返事をすると、火球使いの男のすぐ後ろを歩いていた黒髪ロングの男――馬車の上で火球を放っていた男が口笛を吹いて口を開く。
「お、君はお姉さんか。いいねえー、凄腕の美少女の姉はやっぱり美人だ」
周囲にいる俺たち――俺とニール、マーカス、ロザリーなど目に入っていないかのように、さらに茶髪と赤毛の二人の男がヒルデガルドとロザリーの間に割って入る。
「こんな美人姉妹に出会えるなんて幸運だなあ」
「本当、美人だよね」
「何の御用でしょうか?」
ヒルデガルドがあからさまに警戒する表情を浮かべた。
「ああ、そんな怖がらなくても大丈夫、僕らは優しいからね――」
金髪ロングがチラリと俺を見て薄笑いを浮かべると、ちょうどファーリー姉妹の視界から俺を隠すような位置に回り込む。
「――今日はね、二人を勧誘しに来たんだ。僕たちはランクAのパーティー『輝く炎』、君たち姉妹をメンバーに迎えたい」
おいおい、大した神経だな。
距離があったとはいえ、あの攻撃魔術を目の当たりにして早速勧誘に来るとは。ある意味、肝が据わっている。
「お誘いは大変光栄ですが、私たち姉妹は行先も目的も決まっていますので、お断りさせて頂きます」
静かに頭を下げるヒルデガルドと彼女の後ろにいるシビルに向かって、笑顔を絶やさずに話し掛ける。
「新たな行先と目的を設定するのもいいものだよ」
「話だけでも聞いてくれないかな?」
「君たちの才能を活かせる場所がどこなのか、一緒に考えてみようよ」
「俺たちと一緒に来なよ、楽しいぜ」
茶髪と赤毛を皮切りに金髪ロングと黒髪ロングが語り掛け終えると、ファーリー姉妹を四人で取り囲んでいた。
「旦那、こいつら熟れてますぜ」
「マクスウェルさん、約束したんですから、そろそろ助けには行ったらどうですか?」
若造たちの手慣れた様子にあきれるマーカスと面白がるニールに続いて、
「シビルちゃんの目つきが変わりましたよ、旦那」
ロザリーの冷ややかな一言が決め手となった。
「すまんが、その娘たちから離れてくれ。以降の勧誘も禁止だ。気を利かせて近づかないでいてくれると嬉しいんだが。どうだ、出来そうか?」
「なんだ、おっさん。邪魔しないでもらえませんかねぇ」
「関係ないヤツは引っ込んでいてくれないかな」
「どこにも所属していないんだ、勧誘したって問題ないでしょう?」
俺の言葉に金髪ロングと赤毛、茶髪が反応し、黒髪ロングは睨み付けている。
ナイフに手を伸ばす者、長剣の柄に手を掛ける者とそれぞれだが、四人とも利き手とは逆側の手で魔力を練りだした。
娘を誘うのも熟れているがようだが、喧嘩の方はそれ以上だな。
「おいおい、関係ないとは酷いな。俺はその二人の叔父で、亡き兄貴から『近寄る男は排除してくれ』って頼まれているんだ――」
さて、シビルに説教をした手前、手荒な真似はさせないでくれよ。
「――さっきは助けてやっただろう。ここは大人しく引き下がってくれないかな」
「キャー。マックス叔父さん、助けてー」
ヒルデガルドの後ろから顔を覗かせたシビルが、満面の笑みを浮かべて棒読みのセリフを口にした。
絶対に荒事を期待しているだろ、シビル。
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