第4話 休暇願の行方

 近づいてくる衛兵は二人。一人は三十代半ば、もう一人は二十歳過ぎの若者。

 彼らの背後では拘束された盗賊たちが、四十代半ば程の男性に光魔法で治療を受けている姿が見えた。


「マクスウェルさんですか?」


 年上の衛兵がそう言って確認を求めながら、右手を差し出してきた。


「ご苦労様です。マクシミリアン・マクスウェルです」


「見事な弓の腕ですね――」


 俺の差し出した冒険者証を受け取りながらも、視線は真っすぐに俺へと向けられていた。


「――結構な距離があったと聞きましたが、二人とも腰の骨を射抜かれていましたよ」


「クロスボウという、王都で出回りだした新兵器のお陰ですよ」


「クロスボウですか、初めて聞きます。ところで、マクスウェルさんが捕らえた二人の盗賊ですが、賞金が懸かっていました――」


 衛兵は冒険者証を返しながら、


「――すぐにお渡ししたいのですが、手続きがありまして」


 言い難そうに言葉を切った。

 俺は衛兵と一緒に来た護衛の冒険者と会話しているアランを視線で示す。


「賞金は護衛の仕事を終えて帰って来たら、アラン君に全額渡してください。俺の方は、彼らが乗っていた二頭の馬をこの場で貰えれば十分です」


 俺の言葉と衛兵の『どうする?』、と問い掛けるような視線に戸惑ったアランが口を開く。


「え? いえ、頂けません。そんな俺、僕は何もしていませんから」


「アラン君、俺としてはここで足止めをされる方が迷惑なんだ。助けると思って受け取ってくれないか?」


「こちらとしては、それで構いません」


 衛兵はそう言ってアランを見やる。すると、


「何やってんだ、こういうときは素直に貰っとくもんだ――」


 一緒にいた護衛の冒険者がアランの頭を突然叩いた。


「――旦那、ありがとうございます。アラン、ほら、お前もお礼を言え」


「あ、あの、旦那さん、ありがとうございます」


 頭を下げるアランと俺とそう年齢の違わない冒険者の男を目にして疑問が湧きあがる。

 何で『旦那』なんだ?


 ◇


 衛兵との会話が済むと、茶色の髪をした四十代半ばに見える体格のいい男性が話しかけて来た。

 先程、盗賊の腰の骨を治療していた男だ。


「見事なクロスボウの連射でした。あれ程の早業を見たのは初めてです」


 灰色の思索的な目が真っすぐに俺を見つめる。


 あの連射が尋常じゃないって事が分かるのか。

 まだ種明かしには早いよなあ。


「ありがとうございます。連射の技については奥義なので秘密です。失礼ですが……」


「これは申し訳ない。私はロイ・ベレスフォード。パイロベル市の教会へ赴任する神官です」


 おい、資料に無かったぞ。

 選りによってロイ・ベレスフォードだあ? しかも、パイロベル市の教会関係者ときたよ。参ったなあ。


「私もパイロベル市へ向かっています。道中、よろしくお願い致します」


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 丁寧に挨拶を返すベレスフォード神官と握手を交わしながら、十日ほど前に交わされた、中央騎士団団長室での上司との会話を思い出した。


 ▽

 ▼

 ▽


 団長室に入ると、ティム・ネルソン第一騎士団団長が執務デスクの向こうから鋭い視線を投げ掛けて来た。

 五十歳を過ぎて、なお筋骨たくましい身体。椅子に腰かけていても迫力がある。


 その団長が無駄に鋭い眼光を俺に向けて口を開いた。


「マクスウェル君。この長期の休暇願、正気かね?」


 俺が提出した休暇願の書類が無造作にデスクに放り投げられた。

 そこには二年間の休暇と休暇期間中の所在地として、パイロベル市に住む予定である事が書かれている。


「至って正気です。団長もご存じのように、私は師匠の遺言を――」


 俺の言葉を遮って、


「君の事情も十分に理解しているつもりだし、私もランドール団長には世話になった身だ――」


 中央騎士団ティム・ネルソン第一騎士団団長。

 ランドードル師匠が俺に残した遺言というか、今際いまわきわの頼み事。裏の事情まで含めて知っている数少ない者の一人。


「――個人的には、彼の遺言を実行しようとしている君を邪魔するつもりはない。むしろ助けたいと思っている」


 そう言って、新たに二通の書類をデスクの上に置いた。

 それは第七国境騎士団への配属辞令と怪しげな命令書。


「私の要求は休暇願ですが?」


 配属辞令と怪しげな命令書を団長へと押し返す。


「そんな顔をせずに読んでみたまえ」


 再び、押し返された。


「ではまあ、読むだけですよ――――」


 そう前置きをして、怪しげな命令書に目を通す。

 嫌な予感がしたので、あれこれとわが身に降りかかるであろう不幸を予想したのだが、予想を遥かに超える衝撃が俺を襲った。


「――――正気ですか? ネルソン団長」


 自分の声と口調に驚く。とても上司に対する声でもなければ口調でもない。

 多分俺はもの凄く嫌そうな顔をしているんだろうな。


 書かれていた内容を思い返す。



 パイロベル市にて不正な人身売買の疑いがあり、厄介な事にこれを主導しているのが教会の可能性がある。

 任務の第一項は、教会が関与しているかの真偽を確かめる。

 第二項は、第一項で教会が関与していない場合、現地の国境騎士団と連携して人身売買組織の壊滅を速やかに行う。

 第三項は、第一項で万が一教会が関与していた場合、可能な限り直接の手出しをしないこと。協会が関与している動かぬ証拠を掴み、中央の騎士団へ連絡。さらに、教会の操る末端の組織のみを速やかに壊滅させる。ただし、教会関係者にこちらの動きを察知された場合、教会との直接戦闘も已む無しとする。


 注意事項として、パイロベル市の教会では、現在、神官長と副神官長との間で勢力争いが勃発中である事が書き添えられていた。



「団長、これは私の勘なのですが、第三項の可能性が高いのではないでしょうか?」


「そんな事は分からん。それを確認するのが君の任務だ」


 真っすぐに俺の目を見つめ返している。揺るぎない信念と力強さを感じる目だ。


「これ、教会との直接戦闘が前提ですよね?」


「可能な限り避けるように書いてあったと思うが? 違ったかね?」


「教会相手に、こちらの動きを察知されずに証拠を掴むのは非常に困難だと判断致します」


 こっちの動きを察知されずに証拠を固めて、末端の組織を壊滅させるとか、どうやったら出来るのか教えてくれ。


「君なら出来る。いや、君以外の誰にそんな事が出来ると言うのだ?」


「パイロベル市潜入のメンバーの選出はいつまでに行えばよろしいでしょうか?」


 断れないよな、これ。

 半ば諦めて、道連れ、もとい。少しでも優秀な者を同行させる事に意識を切り替えた。


「残念なことに長期の休暇願を出して来たのは、君一人だけだ」


「休暇のついでではなく、任務として命令しましょう」


「パイロベル市は国境の街だ。そんなところに数人とはいえ『中央から国境騎士団に移動してきた』、などという事になれば怪しまれるとは思わんかね?」


「思いません。優秀なメンバーが必要です」


「君も知っているだろう。中央でも教会が台頭してきている」


「どうあっても、私一人ですか?」


「必要な人員は現地で採用したまえ。その権限は与える」


 これまでか。

 とはいえ、現地で必要な人材を自分の配下に迎えられるのは僥倖だ。


「マクシミリアン・マクスウェル、第七国境騎士団への配属及び特殊調査任務、拝命いたします」


 ネルソン団長は俺が了承した事に満足げにうなずくと、『ところで』と話題を変えた。


「参考までに聞きたいのだが、第三項の可能性が高いと考えた根拠は何かね?」


「根拠は、団長の目です」


 この人が嘘をつくときや厄介ごとを他人に押し付けるときは、必ず相手の目を真っすぐに見て視線を外さない。

 俺の返答に眉をしかめると、咳払いをして抑揚のない口調で告げる。


「マクシミリアン・マクスウェル連隊長、健闘を祈る」


「私は中隊長ですが」


『どういう事でしょうか?』との言葉を呑み込む。

 最早もはや、嫌な予感しかしない。だいたい、国境騎士団の連隊長といったら、ノイローゼになったり、過労死したりする人間が一番多いポジションじゃないか。


「第七国境騎士団に着任と同時に連隊長へ昇格だ。二年後、中央に戻って来たときには、中央の騎士団の大隊長以上の席が約束されている、はずだ」


 嘘つけ、信用出来るかよ、そんなの。それに今、『はずだ』とか聞こえたぞ。

『休暇を無駄に消費せずに済んでよかったじゃないか』などととぼけた事を言っている団長に向けて、


「戻って来たあかつきには、楽そうな近衛連隊なんか良さそうですね」


 と自然な口調で希望を口にしたが、俺の希望など聞こえなかったように、とどめの一言が発せられた。


「第七国境騎士団に配属にはなるが、特務部隊中隊長としての籍と権限はそのままだ。存分に働いてくれ」


「それは『二つの騎士団に所属して、二つの仕事をこなせ』、という事でしょうか?」


「第七国境騎士団の団長としては君に第七国境騎士団の仕事をこなす事を期待するだろうな――」


 ネルソン団長は普段あまり吸わない葉巻に火をつけると、煙を大きくくゆらせる。

 漂う煙を目で追い、自然な形を装って俺から視線を外した。


「――同様に、私としても特務部隊の仕事さえ、つつがなく熟してくれれば不満はない」


「給料は両方の分が出るんでしょうね?」


「表の顔と裏の顔を使い分ける正義の味方。正義感溢れる少年たちが聞いたら、憧憬しょうけいと尊敬の眼差しを向けられる事、間違いないな」


 団長は椅子から立ち上がると満面の笑みを見せた。

 裏の顔なんてそこらの少年どころか、同僚にも知られちゃいけない事だろうが。


「給料分しか働きませんからね」


「本当に給料分しか働かなさそうだな、お前――」


 団長はそこで言葉を切るとしばしの間、俺の顔を見つめていたが、大きなため息と共に白旗を上げた。


「――分かった、給料は上に掛け合おう」


「マクシミリアン・マクスウェル、只今より特命を受けて、第七国境騎士団へ赴きます」


 納得は出来ないが、取り敢えず一矢報いた。


 △

 ▲

 △


 ロイ・ベレスフォード一等神官。噂通りならバリバリの武闘派で改革派だ。しかも、教会騎士団に所属していて腕も立つ。

 その彼がおよそ不正人身売買に関わっているとは思えないような、さわやかな笑顔を俺に向けた。


「貴方のような腕の立つ方がご一緒と思うと、心強い限りです」


「神官の方と一緒とは、我々の方こそ心強いです」


「そう仰って頂けると嬉しいですが、私たちがお役に立てるのは病気や怪我をされた時だけです。本当はお役に立つ機会がない方がお互いにとって幸せな事です」


 パイロベル市までの半月余り、教会の神官と一緒か。

 さて、運がいいのか悪いのか。


 俺は差し出された手を取り、ベレスフォード神官と握手を交わした。

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