第2話 男爵家次男、殺害事件
北門に到着すると群がる野次馬を、騎士団員と衛兵が追い払っているところだった。
それを見たバーナード・ノーランが近くの衛兵に聞く。
「まさか、死体がまだそのままなのか?」
「いえ、早々に詰め所に運び込みました」
早々に運び込んだ?
被害者が男爵家の次男だから、死体を人目にさらしたくないのは分かるが……
「死体が
「畏まりました」
人だかりをかき分けて進む途中、ニールが聞く。
「ノーラン大隊長、事件があるといつもこんな風に人が集まってくるんですか?」
「事件そのものが少ない街なので、何かあると注目を集めるのは確かです。しかも、今回は被害者に男爵家の次男がいました。殺され方も
答えるノーランも、なかなか道を空けない人たちに
人だかりを抜けると先導していた衛兵が振り向く。
「あちらです。あの岩の横に七人の死体が並べられていました」
示した先は大きな岩を囲うようにロープが張られていた。
既に綺麗に片付けられた後か。
血の跡一つ残っていない。事件を知らなければ何時間か前まで、あそこに七つもの死体が並べられていたとは気付かないだろうな。
念のため魔力視で探っておくか。
『魔力視』、魔力の流れや性質を読み取る能力。
便宜上そう呼んでいるが、歴史を振り返ってもそんな力を持った者の記録はない。恐らくは俺だけが持つ力だ。
残留魔力から手掛かりが掴めるかもしれないと期待したが、魔力の痕跡は見つからなかった。
「随分と綺麗に片付けたものだな」
「はい。男爵家の次男ですので、噂にならないよう速やかに片付けました」
若い衛兵の言葉にノーランが
それに気付かない衛兵に聞く。
「先程、並べられていたと言っていたな」
「はい、そうです。死体の損傷は酷いものでしたが死体そのものは綺麗に並べられていました」
ニールが考え込むように口にする。
「死体を並べるのに何か意味があるのでしょうか?」
「さあな。犯人を捕まえられたら聞いてみるさ」
これ以上ここにいても時間の無駄だ。
ノーランも同じ考えのなのだろう。視線で北門の横にある衛兵の詰め所示す彼に向かって、俺は無言でうなずく。
俺たちは衛兵に案内されて詰め所へと向かうことにした。
◇
石造りの門を潜ると訓練場を兼ねた広場と三階建ての石造りの建物が目に入った。
「随分と広い訓練場ですね」
広場を見回しながらニールが軽い驚きの声を上げた。
外部の人間に対応することが多いのだろう、ノーランはニールが国境の街に不慣れなのだと察してすぐに説明する。
「外国からの駅馬車隊と留め置くことが多くあります。なので、どうしても広い敷地が必要になるんです」
「なるほど、国境の街ならではの事情なんですね」
「あちらです」
そう言って衛兵は建物に程近い広場の一画を指した。
俺たちが目を向けると、
「騎士団の方にお願いして氷魔法で腐敗が進まないようにしてあります」
そう説明をしてくれた。
何てことだ、死体に追加で魔法を使ったのか。今回は魔力視も役に立ちそうにないな。
俺は天を仰ぎたくなる気持ちを抑えて聞く。
「発見されたのは今朝だったな?」
「はい、そうです」
「すると、夜のうちに都市の外に運び出されたことになるが、昨夜と今朝の門の開閉はいつも通りなのか?」
「それは……」
「別に責めている訳じゃないんだ。そう受け取ったなら謝ろう。すまなかったな」
「あ、いいえ、とんでもありません。違います、大丈夫、です」
衛兵は二言三言意味不明の言葉を口にしてから話し始めた。
「大門は定刻で閉じ、定刻で開けました。通用門は詰め所の敷地内ですので侵入者がいれば気付きます。死体を運び出した者は防壁を越えたと考えます」
死体を担いで防壁越えねえ。
俺なら遠慮したいな。警備の隙を突いて通用門を抜ける方が遥かに楽だ。
衛兵と会話をしているうちに回収した死体の前に到着した。
「これは、かなり酷いですね」
ニールの言葉を引き継ぐように衛兵が死体の状況を説明しだす。
「よほど恨みがあったんでしょう。殺した後にこん棒のようなもので何度も殴りつけたり、ナイフや剣で繰り返し刺したりした痕跡があります」
ろくなことをしていなかったようだから、恨みは買っていそうだな。
「魔法による攻撃の
「ありませんでした」
魔法が使われていれば容疑者を絞り易い。攻撃魔法を使える者が少ない上、使われた魔法の属性が判明すれば絞り込みはさらに早まる。
その期待もあえなく霧散した。
時間が経ち過ぎていたか。
「死体のなかには顔の損傷が激しく、個人の特定が難しいものもありました」
「どうやって特定した?」
「所持品と駅馬車隊の責任者たちの証言から本人を特定しました」
まあ、そうなるよな。
ジェフリーとマーカス辺りが引っ張られてきたのかな? 朝早くから気の毒に。
「これは難航しそうですね」
死体を覗き込んでいたノーランがそう口にすると、衛兵が笑顔で答える。
「ダミアン・テイラーが最近雇い入れた『輝く炎』というパーティーを、容疑者として拘束してあります」
「死体の確認が終わったら、その気の毒な容疑者に会うとしようか」
「は?」
「何でもない、こっちの話だ。まずはダミアンの死体から見よう」
俺たち三人は別々に死体の確認を始めた。
最初に見たときから予想はしていたが、死体となった後で執拗に痛めつけている。
さながら怨恨による犯行だ。
「これは門の外に運び出してから死体に損傷を与えていますね」
「ここまでするということはよほどの恨みを買っていたんでしょうな」
他の死体を観察するニールとノーランの会話が聞こえてきた。
「ニール、ノーラン、ちょっときてくれ」
「どうしました、マクスウェルさん」
「何か見つかりましたか?」
駆け寄るニールとノーランにダミアン・テイラーの左肩口を示す。
「ダミアン・テイラーの致命傷はこれだ。短剣だと思うが、左肩口から突き立てられ心臓に達している」
「綺麗な傷口ですね」
「ああ、かなりの手練れだ。それに比べて他の死体はどれも切り口に鋭さがない。ダミアン・テイラーを殺した人物と他の者を殺した人物は別人だ」
傷口の見事さに感心するニールのそう告げると、ノーランが不思議そうに聞き返す。
「これだけの殺害事件です。複数人の犯行で間違いないと思いますが?」
「手練れが手を下したのはダミアン・テイラーだけだ。他の死体の傷口から判断して複数人が同時に切り掛かっている」
この殺し方は知っている。
背後から忍び寄り、目標が声を立てる間もなく一撃で仕留める。暗殺者の殺し方だ。
だが、他の死体は違う。
同時に切り掛かっている。盗賊が冒険者を襲うときのやり口だ。
「ダミアン・テイラーが襲われた屋敷には、人を向かわせているのか?」
俺の質問に衛兵が即答する。
「はい、騎士団の中隊長の方が指揮を執られて、衛兵数人を伴って向かわれました」
「この青年は別の場所に泊っていたはずだ。そっちへも誰か向かわせているな?」
アラン・リオットの死体を示す。
「はい、向かっております」
気の毒な容疑者たちとの面会は後回しだ。先にダミアン・テイラーの屋敷を見ておくとするか。
『ダミアン・テイラーの屋敷に向かう』、ニールとノーランにそう告げようとした矢先、詰め所の門の付近から若い女性の叫び声が聞こえた。
「騎士様ーっ! こちらに騎士様がいらっしゃるとうかがいました! お願いです、お嬢様をお助け下さい!」
視線を向けると詰め所に入ろうとしている女性を衛兵たちが押しとどめているところだった。
髪も服もボロボロの女性が、悲壮感ただよう表情でなおも訴える。
「駅馬車が盗賊に襲われました! どうかお嬢様を救出してください!」
「マクスウェルさん、ただ事ではなさそうですよ」
「死者よりも生きている可能性のある者だ。あのご婦人の訴えを優先させる」
「え?」
間髪容れずに返ってくるニールとノーランの『了解』の声と衛兵の声が重なる。
衛兵をその場に残し、俺たちは詰め所の門で足止めさせられている女性に向かって駆け出した。
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