第1話 連隊、始動

 パイロベル市の南門付近に設けられた第七国境騎士団の砦。

 第三連隊の待機室で今後の方針について思案していると、ニールがもの言いたげに視線を投げかけてきた。


「どうした?」


「マクスウェルさん、本当に良かったんですか?」


 ニールはそう言うと半ば諦めたような顔で、左胸に付けた大隊長の徽章きしょうを指で弾く。


「問題なかっただろ?」


 第七国境騎士団、エリアス・オブライエン団長は二つ返事でニールの大隊長就任を許可した。

 当然と言えば当然だ。

 俺の指揮する連隊の人事権は俺にある。極端な事を言えば犯罪者どころか、教会関係者を騎士爵の身分に取り立てるのも自由だ。


「ええ、前歴も何も明かしていないのに、あっさりと入団が認められるとは思ってもいませんでした」


「今日から貴族だぞ」


 騎士爵なので最下級、領地もなければ年金も出ない名ばかりの貴族だけどな。


「それにしてもいきなり大隊長ですか?」


「先着順だ」


「適当ですね」


 苦笑するニールにヒルダとシビルが差し入れてくれたクッキーを薦めながら返す。


「公平だろ? 何といっても悩まなくていい」


「公平かどうかは意見の分かれるところですが、悩まなくていいというのには賛成です」


 ニールは『頂きます』と口にしてクッキーに手を伸ばした。


「今朝、ヒルダとシビルが差し入れてくれたものだ」


「変わった、味ですね」


 クッキーを一口かじったところでニールの手が止まった。

 表情一つ変えない辺りは大したものだ。


「彼女たちの名誉のために言っておくが、失敗作じゃないからな。疲れを取る効果がある薬草クッキーだそうだ」


「魔道具職人になるつもりだと聞きましたが?」


「薬師としての技術や知識も並行して学習しているそうだ」


 彼女たちの祖母、アイナ・ファーリーさんは魔道具職人としてだけでなく薬師としても一流だ。

 ファーリー姉妹の話を聞く限り、彼女たちの祖母は己の持っている技術や知識を二人に叩きこむつもりなのだろう。


「なるほど。これはその成果の一つ、ということですね。クッキーを作ってすぐにマクスウェルさんに届けるあたり、可愛らしいですね」


「まあ、そうだな」


 後でアイナ・ファーリーさんに、何か言われやしないかと気が気じゃないことは伏せておこう。


「気のない返事ですね」


 訝しむニールに『そんなことよりも』、と話題を逸らす。


「当面の仕事だが、二人では何もできない。だが、何もしない訳にも行かない」


「そうなると、当面の仕事は騎士団員の勧誘ですか?」


「増やさないと仕事に差し支えるからそうなるが、まあ、のんびりと増やすさ」


 質が大切なので急いで増やすつもりはない。それに後二人の団員候補は既にオブライエン団長に申請してある。

 当面は四人で活動だな。


「それでは何をするんですか?」


「街に慣れなきゃならんかなあ。街中と都市周辺の巡回に同行することになる。同行する大隊は現在深刻な人手不足に見舞われているバーナード・ノーランの隊だ」


「アロン砦防衛の指揮をした大隊長ですね。彼の隊なら勉強になりそうです」


 扉をノックする音がし、続いて若い男の声が届く。


「マクスウェル連隊長、オブライエン団長が団長室でお待ちです」


「分かった、すぐに行く」


 連隊の待機室にニールを待たせ、俺は団長室へと向かった。


 ◇


「マクシミリアン・マクスウェル、入ります」


 団長室の扉を開けると真っ正面にある机の向こうに、中肉中背の男性が背中を向けていた。


 エリアス・オブライエン第七国境騎士団団長。

 確か年齢は五十六か七だったはずだ。


 団長は植木に水をやる手を止めてこちらを振り返った。


「マクスウェル君、呼び付けてすまなかったね」


 そう言って身振りでソファーを薦める。

 俺は薦められるままにソファーまで移動し、オブライエン団長が着席するのを待った。


 好々爺こうこうや然とした外見に騙されそうだが、王国でも指折りの魔術師だ。

 先の戦争でも師団を指揮して十分な功績を上げている。魔の森と接する国境を任されるだけの人物であることは疑いない。


「マクスウェル君、君のおじい様から手紙が届いたよ」


 祖父さん、どこにでも手紙を出すなあ。


「ご迷惑をお掛けしたようで申し訳ございません」


「お孫さんを心配される気持ちは十分に分かるよ。私の孫も今年十歳になるんだ。やんちゃな盛りでね」


 そう言って穏やかな笑い声を上げた。

 十歳の子どもと同列に扱わないで欲しいな。


「ところで、君からの報告書を読ませてもらった」


 先日の『ゴブリンの集団暴走』とそれに関与していると思われる、エンリコ・カイアーノとダリオ・マイヤーに関する報告書だ。

 もちろん、ロイ・ベレスフォード一級神官に対する疑惑も記載してある。


「バーナード・ノーラン大隊長からも報告を受けている」


 団長は俺が提出した報告書をテーブルの上にそっと置いて話を続けた。


「もっとも、ノーラン君からの報告にはエンリコ・カイアーノやロイ・ベレスフォード神官に関する記載はなかったがね」


「記載があっては不味いということでしょうか?」


「外部に漏れることはないが、万が一という事もある。教会に対する嫌疑は明記しないように頼むよ」


 俺は目の前に置かれた報告書を手に取りながら言う。


「では、教会に関する部分を削除した報告書を改めて提出いたします」


 満足げに首肯する団長に『再提出はいたしますが』と前置きして言う。


「教会、それもロイ・ベレスフォード神官が、『ゴブリンの集団暴走』に関与しているのは疑いようがありません」


 エンリコ・カイアーノたちを一瞬にして仕留めた高温の火球。それがベレスフォード神官が放ったものであることを俺は知っている。


「証拠はあるのかね?」


「乱戦のなかでしたが、ベレスフォード神官が放った火球が、エンリコ・カイアーノたちをとらえるのをこの目で見ました」


 これは嘘だ。

 実際に火球を放ったところは見ていない。しかし、エンリコ・カイアーノをしとめた火球がベレスフォード神官の放ったものでることを、俺は視た。


 本来不可視の魔力を可視化することができる、俺だけが持つ能力、魔力視。

 それによって知ることができた。

 だが、それを正直に伝える訳にはいかない。


「ベレスフォード神官は先の大戦での英雄だ」


 赴任して三日、団長が初めて苦々しい顔をみせた。気持ちを落ち着けるようにわずかな時間目をつぶると再び口を開く。


「『神の盾』を君の目撃情報だけで有罪にはできんよ。加えてアロン砦の攻防でも目ざましい活躍をみせた。信者だけでなく住民の間でも崇拝する者がでてきている」


「それは良かった。騎士団のなかにまで崇拝する者がでてきやしないかと心配していました」


「でてきているよ。特にノーラン君の隊の若い騎士からね」


 団長はさらに苦々しげな表情を浮かべ、ソファーの背もたれに体重をあずけた。

 よけいなことを言ってしまったようだ。


「困りましたね」


「だが、君のお陰で街の雰囲気が教会側に傾かずにすんでいる。マクスウェル君、街は君とベレスフォード神官の噂で持ち切りだよ」


 困ったものだ。

 教会に感づかれないよう、秘密裏に人身売買の調査をするのが難しくなってきた。


「迷惑な話です」


「ともかく、いま教会と衝突するのは不味いというのは理解してくれたかね?」


「理解いたしました」


 落胆して答えると団長はにこやかな笑みを浮かべ、『では、一切遠慮が必要ない商人の話をしようか』そう言って切りだした


「ダリオ・マイヤーにエンリコ・カイアーノ。どちらもこの都市に出入りしている大商人だった」


「そのようですね。資料には目を通しました」


「どちらも領主と繋がりはあったが、それは幾らでも黙らせられる。教会との関係に触れない限り存分に調査をしてくれて構わん。『ゴブリンの集団暴走』の真相を究明したまえ」


 教会との関係に触れずに真相究明?

 無理だろ、それ。


「難題ですね」


「重要参考人も証人も死んでしまっているから、難航するだろうね」


 あからさまに話を逸らしたな。

 まあ、言っても仕方がないか。それよりも、いまできることを考えないと。


 いや、まてよ。全員死んだわけじゃない。


「一人残っています。我々が乗ってきた駅馬車隊の護衛が保護した人物がいたはずです」


「死んだよ。昨日の夕方、馬車にかれて死亡したそうだ」


 先手を打たれたか。

 俺が押し黙っていると、団長が再び念を押した。


「彼を轢いた馬車は教会の信者だが、既に事故として処理をした」


 蒸し返すな、ということか。

 俺は首を縦に振って承知した旨を伝え、話を戻す。


「『ゴブリンの集団暴走』、物証があまりにも少なすぎます。できる限りのことはしますが、真相究明は難しかもしれません」


「中央での君の手腕は聞いている。期待しているよ」


 そのとき、扉をノックする音がし、聞き覚えのある男の声が扉の向こうから聞こえた。


「バーナード・ノーランです」


「どうした? 急用か?」


 団長が扉の向こうに声をかけた。


「お耳入れておいた方がいいと思われる事件が発生いたしました」


「入りなさい」


 オブライエン団長にうながされてバーナード・ノーランが団長室に入ってきた。


「今朝、十人の遺体が発見されました。全員、マクスウェル連隊長と同じ駅馬車隊でこの街へきた人たちです――――」


 バクスター商会の会長と副会長でるバクスター兄弟が自宅の寝室でそれぞれ死体で発見されたことを告げると、続いてテイラー男爵の次男たちの惨殺死体について報告された。


「――――テイラー男爵の次男とその仲間が六人、それと駅馬車隊の護衛が一人。七人の惨殺死体が北門の外に晒されていました」


「その駅馬車隊の護衛というのは十六、七歳の少年か? 名前は分かるか?」


 俺の質問にバーナード・ノーランは手にした資料を確認する。


「はい、おっしゃる通りです。十六、七歳の若者です。名前はアラン・リオットです」


「ターナー男爵の次男とその少年は何か関連があるのかね?」


 オブライエン団長の疑問に即答する。

 

「ついひと月前まで、アラン・リオットはターナー男爵の次男がリーダーを務めるパーティーに所属していました」


 調べればラムストル市で事故として処理された、違法薬物を使用した事件に行きつくだろう。

 そうなればファーリー姉妹にたどり着くのは時間の問題だ。


「この件、俺に担当させてもらえませんか?」


 オブライエン団長がバーナード・ノーランを振り返る。


「主担当はノーラン君の部隊なのか?」


「はい、そうです」


「マクスウェル君をオブザーバーに迎えてくれ」


「畏まりました」


 バーナード・ノーランはオブライン団長に向かって敬礼すると、すぐに俺に向き直って再び敬礼をした。


「マクシミリアン・マクスウェル連隊長、ご一緒できて光栄であります!」


「ノーラン大隊長、よろしく頼む」


 俺は立ち上がると、バーナード・ノーランに向けて右手を差しだした。

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