第5話 出発

「マクスウェルさん、こちらが出頭命令書です」


 そう言って書類を差し出したのは、俺の要望通りオーガ騒動の際に対応した衛兵だった。


 駅馬車隊は出発の手続きを終えて、東門の外で出発前の最後の点検と乗客の乗り込みの真最中。

 それもあって、書類を東門の外で受け取る事にした。


「わざわざ門の外まで来てもらって済まない。カール、だったかな? 俺の事はマックスと呼んでくれ」


 馴れ馴れしい俺の言葉にカールはわずかに眉をしかめたが、すぐに笑顔で対応を続ける。


「では、マックスさん。こちらが、今回の騒動の報告書の写です」


 一通はむき出しの出頭命令書、もう一通は封印されている報告書だ。


 俺はカールから封印された報告書だけを受け取ると、ストレージから移動辞令を取り出して、カールの差し出した出頭命令書の上に重ねた。

 出頭命令書を確認する振りをして、俺の移動辞令を見せながらカールに話し掛ける。 


「そこに書かれているのが俺の本当の身分だ。今は任地へ赴くと同時に極秘任務の最中さなかにある――」


 気安く『マックス』、と呼ばせた直後に身分を明かすというのも気が引けるな。

 直立不動の姿勢になおり、敬礼をしようとしたカールを小声で叱りつけてさらに続ける。


「――ここで身分がバレる訳には行かない。君の同僚や上司にもこの事は秘密だ。分かったか?」


「は、はい。か、かしこまりま、した」


 カールは蒼ざめて声を震わせていた。

 無理もない。国軍の国境騎士団となれば、このラムストル市に駐留する騎士団よりも格は上だ。ましてカールは衛兵で、騎士団の下部組織に当たる。そりゃあ、緊張もするよな。


「驚かせて済まない」


「いえ、め、滅相も、ご、ございません」


「書類を説明している振りをしろ。そして今から俺の質問に答えるんだ――」


 短く『はい』と答えたカールに質問を投げかける。


「――受け取った報告書の写しだが、これと同じものを例の奴隷商人も持っているんだな?」


 封印された報告書を軽く掲げて見せる。

 双方が報告書の写しを所持し、国境騎士団に報告書と出頭命令書を持って出頭する。嫌というほど知っている手順だ。


「か、彼の名前は、エンリコ・カイアーノ、様です。マクシミリアン・マクスウェル様と同様に、カイアーノ様もう、写しを持っています」


「次の質問だ。報告書に書かれた内容は事実が書かれているのか? エンリコ・カイアーノに都合のいい様に改ざんをされているんじゃないのか?」


「お察しの通りです。『薬で弱っていた、およそ周囲に被害を及ぼしそうにないワーウルフとオーガを、過剰な攻撃で死に至らしめた』と記載がされております――」


 落ち着いたのか、大分口調がしっかりしてきた。


 それにしても、あれだけの数の目撃者が居たにも関わらず、容易く改ざんしてくるとは驚いた。

 つまりは同様の事が今までも行われていたし、通用してたという事だ。中央から離れれば離れるほど、教会の力が強くなっているだけでなく横暴さも増している。


「――さらに魔法攻撃によりカイアーノ商会の馬車もマクスウェル様が破壊した事になっております」


 あきれたものだな。


「改ざんしたのは誰だ?」


「衛兵隊の隊長です」


「カイアーノ商会の力か? それてとも教会の力か?」


「両方であります」


「教会と繋がっている、或いは影響を受けているのは衛兵だけか? それとも――――」


 その後も手短にいくつかの質問を重ねたが、カールから得た情報はどれも頭の痛いものばかりだった。


「――――今回の件に関して口止めされている情報はあるか?」


「オーガを入れてあった檻の鍵は壊されたのではありませんでした」


「誰かに開けられた形跡けいせきでもあったのか?」


 言い難そうにしている衛兵に小声でそう告げると、小さくうなずいて口を開いた。


「はい。何者の仕業かは分かりませんが、鍵が開けられていました。正規の鍵でなく何か細くて硬い鉄の串のようなもので、鍵を開けた形成がありました」


 開錠の道具を使ったな。


「鍵の中が傷ついていたのか?」


「はい、結構乱暴に開けたようで、傷だらけでした」


 慌てていたのかもしれないが、開錠の熟練者という訳ではなさそうだな。


「この事は他に誰が知っている?」


「駅馬車隊の責任者と護衛隊長、そしてカイアーノ様には既に伝えてあります」


「ありがとう、それで、誰が開錠したのか目星は付いたのか?」


「犯人の目星はまったくついていません」


 怨恨か、それとも他の目的があるのかは分からないが、カイアーノのオーガを解き放って騒ぎを起こしたヤツがいる事は確かだ。

 ワーウルフが解き放たれたのは計算外、と言ったところか。


 ◇

 ◆

 ◇


「マクスウェルの旦那ー、寂しいよー」


「ロザリー、元気でな」


「あー、旦那。それは幾らなんでも、冷たすぎやしませんか?」


 俺はロザリーの抗議の声に後押しされるように、最後尾の駅馬車に乗り込んだ。すると、先客のベレスフォード一級神官が話しかけて来た。


「先程の女性はお連れさんだとばかり思っていました」


「ロザリーとニールとはここへ来る駅馬車で一緒だったんですよ。偶然、目的地も同じパイロベル市だったので何となく一緒に行動しています」


 と言っても、泊まった宿屋も違うし、この都市に滞在していた三日間、一度も顔を合わせていない。


「『何となく』は酷いですね。『気が合うから一緒にいる』くらいは言ってくださいよ」 

 

 馬車の中にニールの声が響く。


「やあ、ニール。君とは縁があるようだな。よろしく頼む」


「今度も一緒の馬車ですね。こちらこそよろしくお願い致します」


 ニールと握手をして、彼の隣の席に座る。

 馬車の左側の席に奥からベレスフォード一級神官とニール、そして俺。右側の席に同じく奥からベレスフォード神官の連れの女性、中央にシビル、俺の正面にヒルデガルドが腰かけていた。


「お嬢さん方、一緒の馬車だな――」


 ファーリー姉妹に軽くウィンクをして挨拶をし、ベレスフォード一級神官とその連れの少女、最後にニールへと視線を巡らせる。


「――改めて自己紹介させてもらおう。俺はマクシミリアン・マクスウェル。マックスと呼んでくれ。今まではレッドフィールド領で冒険者をやっていた。所用でパイロベル市へ行く途中だ」


 本当は休暇を取り下げられ、無理やり面倒な任務を押し付けられた上、激務の任地に赴くところなのだが、それは内緒だ。


「ヒルデガルド・ファーリーです。五日前に十五歳になりました――」


 隣に座った、彼女と同じ淡い若草色の髪をした、少し気の強そうな少女の背中に手を当てる。


「――この娘は妹のシビル。十三歳です。二人で祖母の住むパイロベル市へ行くところです」


 ヒルデガルド・ファーリーに続いて、ベレスフォード一級神官が口を開く。


「ロイ・ベレスフォードです。教会の神官を務めさせて頂いております。そして、――」


 向かいに座っていた十代半ばと思われる少女を示す。

 この大陸には珍しい、紺色の目と紺色の髪だ。


「――妻のシルビアです。彼女も私と同様、教会の神官です」


「え?」


「うそ?」


 ファーリー姉妹が重なるように驚きの声を上げた。ニールは辛うじて声を出さなかったが、顔には驚きの色を浮かべている。


 ベレスフォード一級神官が照れたような顔で、


「実はここへ来る道中も父娘おやこと勘違いされましたが、れっきとした夫婦です」


 言いづらそうにするベレスフォード一級神官の向かい側で、シルビアさんが恥ずかしそうにほほ笑む。


「先月、十五歳になるのを待って、ロイと結婚をしました」


 本人は口にしなかったが、神官は四十歳のはずだから、二十五歳差だ。神官ってのは信者の若い女性を嫁さんに出来る特権でもあるのだろうか。

 ベレスフォード神官がもの凄く気まずそうな顔をしているが、誰も何も言わない。


「私はニール・ライリー。魔道具職人兼商人です。年齢はマクシミリアンさんと同い年で三十三歳です」


「え?」


「同い年?」


 再びファーリー姉妹が声を上げ、


「見えない」


 失言と思ったのかシビルが口に手を当てた。そして三人揃って、隣り合う俺とニールとを見比べている。

 年齢よりも若く見えるニールと年上に見える俺が並べば、同年とは信じられないのも分かる。分かりたくはないけどな。


 予想通り三人の反応に、ニールがいつもと違った軽い口調でフォローを入れる。


「私は落ち着きがないので、どうしても年齢よりも若く見えちゃんですよ。逆にマクスウェルさんは落ち着いていますから」


 ヒルデガルド、シビル、ベレスフォード夫人の三人が、


「すみません」


「あ、あのごめんなさい」


「申し訳ありません」


 バツが悪そうな顔で謝罪の言葉を口にする。

 俺は口元に余裕の笑みを浮かべ、


「なあに、気にするなって。大人の男というのは、若い女性が思うほどに外見なんざ気にしていないものさ」


 困った表情の三人に向けて、おどけた様にウィンクをしてみせる。

 すると、駅馬車隊のリーダーが発する『出発』の掛け声に続いて、馬車がゆっくりと動き出した。

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