第2話 訴え
爆裂系火魔法の一撃で吹き飛ばされた人たちが衛兵の詰め所へ担ぎ込まれて行く。ここから見る限りでは命に別状はなさそうだ。
ワーウルフとオーガが完全に絶命して、土煙が収まると人々が集まりだした。
真っ先に声をかけて来たのは対オーガ戦で援護をしてくれた冒険者たち。
「スゲーな、あんた」
「オーガもそうだが、ワーウルフの上位種を一撃で仕留めるなんて滅多に見られるもんじゃねぇや」
「本当だ、スゲーもの見せてもらったぜ」
ニールとロザリーにも感謝と賞賛の声が送られる。
「兄さんと嬢ちゃんも魔術師か? 助かったよ」
「兄さんも凄腕だな。
「嬢ちゃんもスゲーな。ワーウルフの上位種の剣をまともに受け止めるんだもんなあ。俺じゃ吹き飛ばされてるところだ」
死者が出なかったこともあって集まってきた護衛や冒険者たちに笑顔が見える。
「さっきのオーガを仕留めたのは土魔法か? 初めて見たよ、こんな使い方……」
「俺の知っている土魔法と違うが……あれ、土魔法だよな?」
声をかけてきた彼らにお礼の言葉を伝え、
「ありがとう。援護をしてくれて助かったよ。特に
握手を交わし、先程の魔法が土魔法であることを告げる。
「オーガを仕留めた魔法は、ちょっと変わって見えるが土魔法だ」
「あんなに発動の速い魔法なんて初めて見たぜ!」
「発動の速さには自信があるんだが、効力範囲が狭いのが欠点でね。魔術師なのに毎度、敵を特等席で見ることになる」
そう苦笑すると、一人の衛兵が近づいて来た。
「失礼致します」
「遅いぞ、カール!」
「そう言うなよ――」
援護をしてくれた冒険者の一人とそんなやり取りをしながら、俺に向かって軽く会釈をした。
「――被害を最小限にとどめて頂き、感謝します」
「
「申し訳ありませんが、身分証明書のご提示をお願い致します。それと……――」
衛兵が言葉を濁して困ったような顔を見せると、先程真先に逃げ出していた男たちにチラリと視線を向けた。
「――エンリコ・カイアーノ様から、そこのワーウルフとオーガの賠償を求める訴えがこちらに来ております」
ワーウルフとオーガの持ち主ということは、奴隷商人か。
この短時間で訴えたのか。口頭での訴えだとは思うが、素早いな。
「本当かよ……」
それだけ口にして絶句する俺に代わり、何人かの冒険者が衛兵に詰め寄った。
「はあ? 感謝の言葉なら分かるが、何で賠償なんだよ?」
「大体、馬車の賠償をしなければならないのはあいつらだろ!」
「こっちは命懸けで被害を未然に防いだんだ、礼の一つも言えってんだ!」
冒険者の言葉に衛兵も困り切った表情で口を開く。
「周囲に被害が出れば彼らにも責任が生じますが、幸いにして被害は馬車一台だけです。それも彼らの馬車です」
「おい、カール! それだって、この旦那のお陰だろ」
「分かっているって――」
どうやら気安い仲なのだろう、詰め寄る冒険者の一人にそう返すと、衛兵は俺の方に向き直る。
「――そうは言ってこれも規則でして。申し訳ありませんが、手続きの書類作成にご協力お願い致します」
口では『お願い』とか言っているが、断れないよなあ、これ。
「あと一時間もしないうちに、あの駅馬車で出発する予定なんだ――」
俺の
「エンリコ・カイアーノ様も駅馬車に同行する予定です。そこでご相談なのですが――――」
予想はしていたが、相談でも何でもなかった。
訴えの書類と
行先はどちらもパイロベル市なので、パイロベル市に到着したら、そこの騎士団にエンリコ・カイアーノと共に出頭して欲しいという事だ。
「なあ、聞いてもいいか? ――」
俺の不満を読み取ったのか、衛兵はもの凄く聞きたくなさそうな顔をしている。
「――予想される被害を未然に防いだ場合、普通は加害者になったかもしれない者から謝礼が貰える、と記憶しているんだが。記憶違いだったかな?」
「おっしゃる通りです」
「別に謝礼が欲しいとは言わないが、その辺りの事を衛兵さんから説明して、訴えを取り下げる様に言ってもらえないかな?」
周囲に集まって来た者たちが俺の言葉にうなずき、衛兵に責めるような視線を投げかけている。
「既に説明しましたが『薬が効いていたので簡単に取り押さえられた』、の一点張りでして……――」
衛兵はあからさまに俺から目を逸らし、しきりに汗を
「――そのう、我々の一存で訴えを受け付けない訳には行かない方でもあります」
なるほどね。
権力者に人脈を持っている面倒な商人って事か。いきなり貧乏くじを引いたな。いや、ここへ向かう前からか。
「分かった、書類は受け取ろう。パイロベル市に到着したら騎士団にも出頭する。約束するよ――」
なおも何か言いたげな衛兵に向かって告げる。
「――逃げも隠れもしないで、ここで待っているよ。出頭命令書が出来たら持ってきてくれ。出来れば君が持ってきてくれると助かるんだが」
俺は最後に『それくらいはいいだろう?』と付け加えると、衛兵はしぶしぶと承諾して奴隷商人の方へと歩いて行った。
◇
駅馬車隊の停車しているところへ戻ると、ロザリーとニールが駆け寄って来た。
「旦那ー、やっぱり、凄腕だったんじゃないですかー」
「
「まった、またー。旦那ったら、謙遜しちゃってー」
「オーガを瞬殺だなんて、初めて見ましたよ! それと、さっきの魔法は土魔法ですよね?」
俺の腕前に感心して騒ぐロザリーと違って、ニールは土魔法に興味を向けた。
「ああ、ちょっとばかり特殊に映るかもしれないが土魔法だ」
「やっぱり特殊なんですね」
「地面からニョキニョキって、槍みたいな岩が生えてくるのなんて、初めて見ましたよ。落とし穴は見た事あるけど、あんなに発動が早いのなんて見た事ありませんよー」
何か納得したような表情のニールと、はしゃぐロザリーに向けて魔術の話を打ち切ろうと話題を変える。
「ほら、魔法の話よりも出発準備だ。とっとと済ませてのんびり休もうか」
二人をうながして駅馬車隊の停車場へ戻ろうとすると、
「マクシミリアン・マクスウェルは君か?」
突然背後から聞きなれない声が響いた。
振り返ると身なりのいい、商人風の男が護衛を引き連れて、こちらへ歩いて来るのが見えた。
遠目に見たときよりも若く見える。三十歳を超えたくらいだろうか? 身体も引き締まっているし帯剣しての動きを見る限り、多少なりとも剣を使えるようだ。
「ああ、そうだ。俺がマクシミリアン・マクスウェルだ」
続く俺の『君は?』との問い掛けが気にいらなかったのか、あからさまに眉をしかめると、
「私はエンリコ・カイアーノ、先程君が駄目にしてくれたワーウルフとオーガの持ち主だ。別に罪に問うつもりはないから安心したまえ。ただし、賠償はしてもらうからな――」
そう言って口元を綻ばせる。
「――間違っても、逃げようなどとは考えるなよ」
「参考までに聞かせてくれ。逃げたらどうなるんだ?」
「追手の恐怖に怯えて、眠れない日々を送ることになるだけだ――」
奴隷商人は弱者をいたぶるような残忍な表情を見せると口角を吊り上げた。
「――夜、安心して眠れるというのがどれほど幸せか、思い知ることになるだろうよ」
「追手は
「貴様! ――」
奴隷商人が目を剥いて叫んだ。
当てずっぽうだったんだが、あの檻の中には子どもたちも交じっているのかよ。
「――道中は私の護衛がお前の動きを監視している。少しでもおかしな動きをすれば拘束するから、そのつもりでいろ!」
「ちょっと、勝手に拘束なんて出来る訳ないでしょう! 頭がおかしいんじゃないの? ――」
ロザリーが奴隷商人に向かって一歩踏み出す。すると、奴隷商人とロザリーとの間に彼の護衛が二人割り込んだ。
たたらを踏みながらも、ロザリーが二人の護衛に向けて言い放つ。
「――オーガ相手だと主人と一緒に真先に逃げ出すくせに、女相手だと凄むのね」
「小娘がっ! ――」
俺は護衛の言葉を遮るようにロザリーと護衛との間に入ると、二人の護衛隙間からわずかに見える奴隷商人を見据えた。
「逃げも隠れもしないさ、仲良く国境騎士団に出頭しようぜ」
口元に浮かべた笑みが気に入らないのか、奴隷商人の顔が歪む。だが、声を荒げたのは護衛の方だった。
「貴様、喧嘩を売っているのか!」
言葉と共に距離を取って剣を抜き放った。
ロザリーの次は俺かよ。手当たり次第に噛みつくヤツだな。
「お前さんが先ほどのワーウルフやオーガを仕留められる程度に腕が立つなら、相手になってやってもいい。だが、逃げ出さなきゃならんような腕なら、口をつぐむんだな」
一瞬で顔色が変わった。まさか俺がワーウルフとオーガを倒したのを忘れていたんじゃないだろうな、こいつ。
抜き身の剣を手に怯む護衛から奴隷商人へと視線を移すと、奴隷商人は
「剣を収めろ。別に喧嘩をしに来たわけじゃない――」
護衛に向けてそう言って視線を俺へと戻す。
「――マクシミリアン・マクスウェル。お前の言葉を信用しよう。ただ、これだけは憶えておけ。私は教会に顔が利く。口と態度には気を付ける事だな」
まいった、教会と繋がりがあるのかよ、こいつ。
しかも行き先がパイロベル市だ? こいつも監視対象とは泣けてくるぜ。
天を仰ぎたくなるのを
「奴隷商人、忠告は感謝するが、『口と態度に気を付けるように』ってのは、この二十年間言われ続けている事でね。今更直るとは思えないんだ。すまんが、大目に見てくれ」
奴隷商人は一瞬足を止めたが振り返る事無く立ち去った。
◇
「旦那ー、挑発するじゃないですかー。ワクワクしちゃいましたよー」
ロザリーの弾んだ声に続いて、ニールがあきれた様な口調で言う。
「いいんですか? パイロベル市までの道中、何かと絡んできそうですよ」
「別に構わんよ。ああいう連中ってのは何もしなくても絡んでくるものさ」
相手にしないとならないのは面倒だが、大人しくしていたら本当に拘束されかねない。そっちの方が困る。
「教会関係者というのが気になりました」
「ああ、面倒そう――」
俺が口を開くとすぐに、
「キャーッ!」
「ど、泥棒! 誰か捕まえてー!」
若い女性の叫び声が辺りに響いた。
俺は馬に飛び乗りながら、悲鳴のする方向へ視線を巡らせる。大勢の住民に囲まれた
彼女たちの視線の先には三頭の馬が並走している。中央に荷物を積んだ馬。その馬の手綱を
盗賊で決まりだな。
「ロザリー、お前はニールと一緒にこの場にいろ!」
俺に続いて馬に飛び乗ったロザリーを制して、馬の速度を上げた。
護衛が外している時を狙った。広場にいる三十人の怪しい連中の事を考えれば、あの二人の盗賊がこの場に居る戦える者を引きはがす、陽動の可能性もある。
これは時間を掛けずに飛び道具で仕留めた方が良さそうだな。
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