第3話 姉妹

 盗賊を追おうと走り出した少女のうち、年下の少女が急に立ち止まると、右手を逃げる盗賊たちに向けて突き出した。

 突き出された右手が急速に魔力を帯びて行く。


 瞬間、俺自身の能力を疑った。

 魔力を練り上げる速度も精度も、騎士団で活躍する第一線の魔術師並みだ。


 あの距離で有効な魔術を使えるのか?

 盗賊よりも少女が放とうとしている魔術に興味が移った。五百メートルの距離を馬で駆ける標的に対して有効な魔術を十二・三歳の少女が放つ。


 次の瞬間、年上の少女が魔力を帯びた年下の少女の右手に自分の左手を重ねる。

 年下の少女が練り上げた発動寸前の魔力が瞬時に霧散した。


 心臓が大きく脈打つ。口元が緩む。知らずに声を出して笑っていた。

 おい、本当かよ。何でそんな事が出来るんだ?


『魔力視』、魔力の流れや性質を読み取る能力。便宜上そう呼んでいるが、歴史を振り返ってもそんな力を持った者の記録はない。恐らくは俺だけが持つ力。

 この能力のせいで子どもの頃は苦労したが、成人してからは戦闘や人材の確保に重宝している。

 

 俺は逸材を目の前にした興奮を抑えて、盗賊を仕留める事に意識を切り替えた。

 

「任せろ!」


 立ち止まった二人の少女に向けて、彼女たちを追い越しざまに言い放つ。


 馬の速度を上げる。距離が詰まる。

 盗賊との距離は三百メートル。荷を積んだ馬を無理やり牽いているが、積まれた荷物が見た目よりも軽いのか、かなりの速度が出ている。


 よりによって、衛兵や護衛の冒険者のいない隙を狙いやがって!

 内心で毒づき、『収納の指輪』でストレージに収納してあったクロスボウを取り出す。


 同時に、視界に一騎の騎馬が飛び込んで来た。

 街道の左側から現れたその騎馬は街道を斜行して二人の盗賊を追う。荷を積んでいないその騎馬の背には、十代半ば――少年と呼んで差し支えないような年齢の若者が乗っていた。


 恰好と様子からして、駅馬車隊が雇った護衛の一人のようだ。

 追いつくだろうが、二対一。分が悪いな。


「少年! 敵二人は俺が仕留める! 君は馬を止めてくれ!」


 聞こえているかどうかは分からないが、そう叫んで馬を走らせながらクロスボウの狙いを定める。


 硬度の異なる複数の金属板を重ねて作った弓がひとりでにしなり、弦が引き絞られた状態で設置された。

 矢をセットすると、風魔法で矢の軌道を作り出し、引き金を引く。


 しなる弓と引き絞られた弦が元に戻る力に加えて、火魔法で小さな爆破を起こし、矢が撃ち出される瞬間の速度を上げる。

 小さな爆発音を伴って矢が放たれた。


 先ず一人。

 腰の骨をつらぬかれた盗賊が悲鳴と共に落馬した。


 対象指定、土魔法発動。

 クロスボウの弓と弦が魔力の力で形状を変えて動き出す。


 弦を張った状態に戻ったクロスボウに矢をつがえると、落馬した仲間を助けずにそのまま馬を走らせる、盗賊の片割れに狙いを定める。

 引き金を引くと一人目と同様、矢は吸い込まれるように、盗賊の腰の骨を貫いた。


 ◇


 盗賊たちが乗っていた二頭の馬と盗まれた荷物を積んだ馬を、先程左側から馬を駆けさせた少年が取り押さえていた。

 あやつり手を失った三頭の馬を、見事な手際で大人しくさせた少年に声を掛ける。


「見事な手綱さばきだ。馬の扱いも手馴れている。瞬く間に大人しくさせたのには驚いたよ」


「ありがとうございます」


「ところで、君は?」


「アラン・リオットです。駅馬車の護衛を請け負ったパーティーの一人で、万が一の見張りとして残っていました」


「そうか、お陰で被害が出ずに済んだ。礼を言うよ」


「いえ、お礼を言うのはこっちです。見事な腕ですね。それに――」


 俺の手にしたクロスボウに興味深げな視線を向けた。だが、それが不躾ぶしつけな事と思ったのか、慌てて視線を外した。


「――いえ、何でもありません」


「初めて見たのか?」


 クロスボウを掲げて見せる。


「え? あ、はい。初めて見ました。知らない武器です」


「クロスボウと言って、王都で手に入れた最新式の武器だ。まだ出回って半年も経っていないから、知らないのも無理はない」


 集団戦で使うならともかく、個人で使う飛び道具としては連射性に欠ける。

 こんなものを持っているのはもの好きか、特性を理解していない大馬鹿者くらいだろうな。或いは俺の様に改造して独自の使い方をするか、だな。


「衛兵が来ます」


 アランの視線の先へ目を向けると、二人の衛兵と一人の冒険者風の男がこちらへ走って来るのが見えた。

 その向こうへ視線を移すが、広場に居た三十人の怪しい連中に動きはない。


「じゃあ、盗賊は衛兵に任せて、我々は馬と荷物を持ち主に返しに戻ろうか」


「え? せめて犯人の拘束をしないと……」


 こちらへ向かう衛兵と倒れた盗賊とを交互に見やりながら口ごもる少年に、


「腰の骨を射抜いている。馬を失った今、彼らが光魔法でも使えない限り逃亡は無理だ。それに――」


 馬を盗まれたときに悲鳴を上げた二人の少女、彼女たちからは見えないように親指で示す。


「――可愛らしいお嬢さん二人が、自分たちの馬が戻るのを待っているぞ。あの二人に感謝されるのが俺一人でいいのなら、君はここに残れ」


 俺はアランにウィンクをしながら口元を綻ばせた。


 ◇


 盗まれた馬と盗賊たちの乗っていた二頭の馬を引き連れて戻ると、淡い若草色の髪をなびかせて二人の少女が駆け寄って来るのが見えた。

 気のせいか? 年上の少女がアランの事を睨んだ気がしたが……


「アラン、あの娘たちを知っているのか?」


 走って来る二人の娘に視線を釘づけにされたアランが慌てて振り向く。


「え? い、いえ、知りません」


 気のせいか。


「すまない、変な事を聞いたな」


 息を弾ませて駆け寄って来た二人の娘の声が重なる。


「ありがとうございます」


「ありがとうございます――」


 年下の少女の言葉は止まらず、瞳を輝かせてなおも言う。


「――凄く弓が上手なんですね。あんな離れたところから命中させる人は初めて見ました!」


「俺の腕じゃない、クロスボウという武器のお陰だ――」


 年下の娘にそう言って軽くウィンクをし、年上の娘に話しかける。


「――俺はマクシミリアン・マクスウェル。あの駅馬車でパイロベル市まで行く。もしかして、お嬢さん方も同じ駅馬車かな?」


「私はヒルデガルド・ファーリー。この子は妹のシビルです――」


 ヒルデガルド・ファーリーと名乗った少女が、年下の少女に視線を向ける。

 遠目には二人とも淡い若草色の髪だが、近くで見ると姉の方の若草色がわずかに薄い。加えて微妙に金髪が交じっている。若草色とわずかに交じる金髪とのコントラストが人目を惹く。


「――お二人とも、本当にありがとうございました」


 ヒルデガルドが深々とお辞儀をすると、ファーリー姉妹に見とれていたアランが慌てて馬から飛び降り、


「僕は、あ、いや、俺はアラン・リード。え、駅馬車隊の護衛の一人だ、です」


 しどろもどろで自己紹介をした。


 若いねぇ、それに未熟すぎだ。

 アランの視線はヒルデガルドとシビル、二人の姉妹の間を行ったり来たりしている。


 ヒルデガルドはそんなアランから俺へと向きなおると、可愛らしい笑顔を伴って再びお礼の言葉を口にした。


「本当にありがとうございました。私たちもパイロベル市が目的地です。道中、よろしくお願いします」


「さっきオーガを倒した人ですよね?」


 シビルと紹介された少女がそう言いながら一歩踏み出すと、ヒルデガルドの叱責しっせきが飛ぶ。


「あんたもちゃんとお礼を言いなさい!」


 苦笑する俺と見とれるアランの前で、神妙な顔つきのシビルが改めてお礼の言葉を発する。


「二人とも、本当にありがとうございました」


 顔を上げるシビルの向こうに、ニールとロザリーが駆け寄ってくるのが見えた。


「お嬢さん方、連れが来たんで俺はこれで失礼する」


「ありがとうございました」


「は、はい。ありがとうございました」


 ファーリー姉妹のお礼の言葉を背にその場を離れると、入れ替わる様に彼女たちの周りに大勢の人たちが集まって来る。

 

「ヒルダちゃん、シビルちゃん、良かったね、無事に荷物が戻って来て」


「ご心配をお掛け致しました。ありがとうございます」


「ダイアナおばさん、ありがとうございます」


 年配の女性にお礼を言う彼女たちに、他の者たちも次々と声を掛けた。


「盗賊を追い掛けて行くから驚いたよ」


「大切な荷物なのは分かるけど、もっと慎重に行動しなさいよ」


「そうそう、街の外は危険がいっぱいだからな」


 見送りに来ていたのだろう、ファーリー姉妹は知り合いと思しき人たちに瞬く間に囲まれた。

 会話の様子からして二人が魔術師だってことは知らないのか?


「ヒルダちゃんは守ってくれるいい人を早く見つけないさいよ」


「いえ、そんな私なんて……」


 頬を染めて言いよどむヒルデガルドに向けて、


「二人が街を出て行くって知って、ガッカリしている若い衆が大勢いるんだから、その気になればすぐに見つかるわよ」


 満面の笑みをたたえた女性はそう言うと、大きな声で笑い出した。


「そうそう、変な男や悪い男にだけはだまされんじゃないよ」


「二人なら貴族の側室にだってなれるさ」


「狙うなら貴族の側室よりも大商人の正妻にしな」


「軍人はやめときな。給料は安いし、遠征でしょっちゅう家を空けて、肝心なときにいやしないんだ。本当、何の役にも立ちゃしないよ」


 その意見には同意するよ。

 だが、騙されたり側室になったりするくらいなら、俺の部下になってくれないかな。


 あの魔術師としての才能は魅力だ、が……

 まあ、そんな訳にもいかないんだがな。


 俺は年配の女性たちの声を聞きながらその場を離れると、駆け寄って来たニールとロザリーに声を掛ける。


「陽動かと思ったが、ガラの悪い連中は動かなかったようだな」


 苦笑しながら『取り越し苦労だったようだな』と続けてこぼす俺に、ニールは広場で屋台の準備を進めている男たちに視線を向ける。


「実際にあれだけ素早く対処されたら、陽動に使う予定だったとしても、動くに動けなかったでしょうね 」


 ニールに続いてロザリーが同意を示す。


「そうそう、何事も起きなかったのは旦那が素早く動いたからですよ」


「そうだな、そう思う事にしておこう」


 二人のセリフに自分を励ましていると、ニールが『ところで』と話題を変え、ロザリーもそれにならう。


「凄い腕ですね。あの速度と距離で命中させるだけでも凄いのに、素早い連射! 本当に驚きました」


「マックスの旦那ー、今の武器はなんですか? あたし、初めて見るんですけど」


「クロスボウという武器で最近手に入れたばかりの新兵器だ」


「へー、新しい武器なんですか? 旦那、見せてもらってもいいですか?」


「クロスボウは私も撃ったことがありますが、あれほどの飛距離が出せるタイプは初めて見ました」


 クロスボウそのものに興味を示して騒ぐロザリーと違って、ニールはクロスボウを連射した俺の技と飛距離に興味を向けている。


「こいつは特注だ。普通のクロスボウは、こいつの五分の一くらいの射程距離しかない――」


 特注というのは嘘じゃない。だがあの飛距離と速度を出したのは、金属で出来た弓の力と火魔法で小さな爆破を起こして加速しているからだ。


「――それに、俺は武器を他人に見せるのが好きじゃないんだ。すまないな」


 クロスボウに興味を示すロザリーにそう言って、早々にクロスボウを『収納の指輪』でストレージに収納する。


「ですが、彼らはその見慣れない武器とマクスウェルさんの腕を、相当厄介なものと受け止めたようですよ。先程のオーガ騒動で土魔法を見たとき以上に顔色が変わっています――」


 珍しく意地の悪そうな笑みを浮かべて、屋台を組み立てていた人相の悪い連中に視線を向けた。

 こちらにチラチラと盗み見ながら、慌ただしく動いている。


「――これで昼間、それも見通しのいい場所で仕掛けて来るような事はなさそうです」


「ふーん。見通しのいい荒野じゃ、近距離の土魔法よりも、遠くから攻撃されるクロスボウの方が怖いのね」


悪戯いたずらに警戒心をあおった結果、戦力を増強されそうだな」


「そうなったら、そうなった、ですよ」


 俺の不安にニールが肩をすくめてそう返すと、ロザリーが弾む口調で付け加える。


「そうそう、仕掛けて来る時間や場所が絞れる方が、対処もし易いでしょ?」


「とはいえ、もう少し人数が欲しいところですね」


 ニールのいう通り、もう少し人数が欲しい。

 敵があそこにたむろしている連中だけならこの三人でも十分だろうが、カモフラージュの意味も含めて、もう二・三人欲しいな。


「さて、その話は後にしようか」


 衛兵と護衛の冒険者たちが近づいて来たのが見えたので、俺は強引に話を打ち切った。

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